いざプールへ

「ごめん!待たせた!」


 俺と倖楓はなんとか集合時間にギリギリ間に合い、俺はすぐに手を合わせてレンに謝った。


「遅刻したわけじゃないし、私は気にしてないよ」

「そう言ってくれると助かる」


 これが槙野だったらお小言の一つや二つが浴びせられるところだ。

 そう考えるとレンが聖人のように思える。

 …いや、これが普通だ。

 槙野を基準に考えるのがおかしいんだ、うん。


「でも、本当にギリギリでごめんなさい。ゆーくんがなかなか起きてくれなくて…」


 少し後ろで乱れた息を整えていた倖楓が、申し訳なさそうに軽く頭を下げた。


「ううん。本当に気にしてないから、その…謝らないで?」


 昨日の2人を見ていた俺からしたら、驚くほどに落ち着いた会話だ。

 とは言っても、2人ともどこかぎこちない。

 お互いに昨日のことを気にしているのかもしれないが、歩み寄っている証拠だと考えよう。

 それにしても、昨日の今日でこんなに変われるのは素直に凄いと感心してしまう。

 女子は関係構築が複雑だと聞くし、これは女子特有の切り替え方なのかもしれない。


 感心していると、バスがやってきた。


「あ、これこれ。乗ろっ」


 レンが先に歩きだし、手招きする。

 俺と倖楓はすぐに追いつき、3人でバスに乗り込んだのだった。






「おぉ、想像よりも大きいな」


 バスから降りて少し歩き、施設の外観が見えると同時に、俺は驚きの声上げた。

 すると、俺につられたように倖楓も驚く。


「ほんとだね、びっくり」


 俺と倖楓が揃って立ち止まっていると、横から手を叩く音が聞こえた。


「ほら、時間がもったいないでしょ!早く行こ!」


 俺と倖楓の手を掴んで歩き出す。

 よほど楽しみだったのか、バスの中でも「まだかなー」とソワソワしていた。


「わかったから、引っ張るなって!」

「月山さんっ、危ないよ!」


 レンに手を引かれながら入口に向かい、入場券は予めスマホで購入していたのでそのまま中へ。


 中に入ると、沢山の利用客で溢れていた。


「流石は夏休みだな…」


 人混みが好きじゃない俺としては、その光景を見るだけでも疲れそうだった。


「まだ営業始まったばっかりだから入口に人が多いだけだよ!たぶん…」

「ゆーくん、プールに着くまでの我慢だよっ!たぶん…」


 2人揃って自信がなさそうに俺を励ます。


「まあ、ここまで来て帰るわけにもいかないしな」

「そうそう!こういうのは楽しんだもの勝ちだよ、悠斗」


 すでに楽しそうなレンが言うと説得力がある。

 思わず笑ってしまう。


 すると、倖楓が俺の肩を叩いて呼ぶ。


「ゆーくん、水着売り場あったよ」


 そう言う倖楓の指す方向を見ると、水着が並ぶ一角が目に入った。


「ほんとだ。1人で買っとくから、先に行って着替えてていいよ」


 俺がそう促すと、倖楓は不満そうな顔をする。


「どうかした?」

「私の水着選んでもらったんだから、ゆーくんのは私が決めたい!」

「え、悠斗が選んだの!?」

「いや、見せられただけで選んでないから!」

「なんだ、ビックリした…」


 どうして事実を堂々と捻じ曲げるのか。

 危うくレンに誤解されるとこだった…。


「それに男の水着なんて選び甲斐そんなにないだろ?」


 専門店とかいうわけでもないのだから、正直今日買う水着もその場しのぎ程度でしか考えてない。


「えーーー」


 不満さを前面に押し出した表情と声。

 こうなると説得するのが軽く面倒だ。


「ほら遊佐さん、女子更衣室は混むだろうし早めに行っておこう?」


 レンが助け舟を出してくれる。

 たしかに納得の理由だ。


「うーん…。そう言われると…」


 かなり揺れている。

 これはもう一押しだろう。


「じゃあ、また今度ちゃんと買う時について来ていいか―――」

「わかった!」


 食い気味で返事をする倖楓。

 本当に現金なやつめ…。

 まあ、今日たまたま水着を着る機会が出来ただけで今年はもう無いだろうし、来年には忘れてるだろう。


「じゃあ、私と遊佐さんは先に行ってるね」

「ゆーくん、また後でね」

「ん、後で」


 微妙な距離感を保ったままの2人を見送って、俺は水着コーナーで無難なデザインを探して購入し、更衣室に向かうのだった。

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