お披露目
水着を購入後、更衣室で着替えを済ませた俺は、プールサイドにあるベンチに腰を下ろして倖楓とレンを待っていた。
中は入場口で思った以上の人の多さだったが、施設の広さのおかげでそれほど気にならない。
むしろ目の前で遊ぶ子供連れの家族が目に入り、和んでしまっているくらいだ。
「平和ってやつだなぁ…」
思わず呟く。
軽い寝不足と朝のバタつきですでに疲労感があった俺は、ベンチでうとうとし始める。
すると突然―――、背後から両肩を掴まれる。
それと同時に耳元で俺を驚かす声が響いた。
「わっ!」
うとうとしていた俺は、当然その不意打ちを見事に食らってしまう。
「うぉっ!?」
俺は飛び上がりそうになったが、両肩に乗せられた手に抑えられてそうはならなかった。
心臓をバクバクさせながら俺は後ろを向く。
すると、そこには人の悪い笑みを浮かべているレンが立っていた。
「あははっ!悠斗、良いリアクションするね!」
見事に引っかかった上に、ここまで笑われるというのは素直に悔しい。
「あのなー、子どもじゃあるまいし…」
「そんなことよりさ」
「お前なぁ」
「ほら、どう?」
そう言ってレンは2歩後ろに下がり、両手を後ろに回した。
もちろんレンは水着姿だ。
色は白で、髪色が薄い紫なのもあってかよく似合っている。
ただ、普通のビキニと違って胸元というか首元まで布があった。
そういえば、倖楓と茉梨奈さんに付き合わされた時はこういうの持って来なかったな。
「そういう水着もあるんだな」
「ん?あー、ハイネックの水着初めて見る?」
「へー、水着でもハイネックって呼び方するのか」
俺が知らない知識に感心していると、レンがクスクスと笑いだした。
「悠斗、意外と知らないんだね」
「意外ってなんだよ、男で詳しい方が珍しいんじゃないか?」
「だって、遊佐さんが水着選ぶ時に手伝ったんでしょ?」
「ほんとに、ただ見せられただけだから」
今思えば、レンが来ているような布が多い水着をほとんど持って来なかった気がする。
もしかしなくても、遊ばれていただけなのかもしれない。
「ところで、まだ感想貰ってないんだけど?」
「似合ってると思うよ」
「それだけー?」
「他に言いようがないだろ…」
「まあいっか。遊佐さんの時はちゃんと感想言わないとダメだよ?」
呆れながら言うレンの言葉で気付いたが、倖楓がまだ来ていなかった。
「そういえば、一緒に来なかったの?」
「うん。私の方が先に準備出来たら、先に行っててって言われて」
「そっか」
俺は自然と出入り口に目を向けていた。
本当は私も準備が終わっていたのに、嘘を吐いてしまった。
彼女―――、月山さんの水着姿を見て気後れした。
お洒落で肌は綺麗、その上かわいい…。
―――自分でも気付いている、月山さんと出会ってからの私は変だ。
茉梨奈先輩と初めて会った時とは違う。
あの時は茉梨奈先輩と張り合えると思えた。
それは、茉梨奈先輩は“先輩”で、私は“幼馴染”っていう立ち位置の違いがあったから。
もちろん、関係性でも負けないと思った。
―――でも、今回は違う。
月山さんは、私と同じでゆーくんの“幼馴染”。
幼馴染だからって、ゆーくんが私と月山さんを同じように想ってるわけじゃない、それはわかってる。
でも、私以外の幼馴染という初めての存在に、私の中で不安が膨れ上がっていく。
そして、もう1つの理由。
月山さんのふと見せた表情に、私は見覚えがある。
あれは―――。
「…そろそろ行かないと」
いい加減に2人の所に行かないと心配をかけてしまう。
私はモヤモヤを晴らすように頭を振って歩き出した。
プールサイドに出ると同時に、ベンチに座るゆーくんと楽しそうに話す月山さんの姿が見えた。
私は思わず2人から見えないように隠れてしまった。
「何やってるんだろ、私…」
自分でも、どうして隠れたのかわからない。
ため息をつきながら2人の下に向かおうとすると―――、
「ねぇねぇ、君1人?」
後ろから突然、声をかけられた。
またこの手の人か、と内心でうんざりする。
ただでさえ頭がいっぱいいっぱいなのに、付き合っていられない。
私は聞こえないふりをして歩き出そうとする。
すると、私の前に声の主が回り込んできた。
「待って待って!君に話しかけてるんだよ!」
見た目は大学生くらいに見える男の人だった。
茶髪でピアスが何個か付いている、いかにも遊び慣れてそうな印象。
「いやー、後姿見た時から思ってたけど、正面から見たらめっちゃかわいいね!」
ゆーくん以外の男の人に言われても、全く嬉しくない。
どうして一番言ってほしい人じゃなくて、どうでもいい人から言われなくちゃならないのだろう。
そのことが無性に腹が立ってきた。
とにかく、この手の人は会話をするだけでも煩わしい。
私は無視して通り抜けようとする。
でも、その人は諦めずにまた目の前に立つ。
「友達と来てるんだけど、みんな彼女連れでさー!俺だけ相手いなくて辛いんだよねー!」
この人の言葉の一つ一つが耳に入る度に苛立ちが増していく。
どうして、月山さんはゆーくんと話しているのに、私はこんな人に話しかけられているんだろう。
ゆーくんの声が聞きたい…。
私は、小さく彼の名前を呟く。
「…ゆーくん」
―――その時、誰かに手を引かれた。
「この子に何か用ですか?」
いつかの時みたいに、ゆーくんが私を庇うように前に立ってくれていた。
「もしかして友達?その子、俺に今日1日貸してくんない?」
男の人がそう言うと、ゆーくんが私の手を握る力を強くする。
ゆーくんが怒っているのが、顔を見なくてもわかった。
ああ、ゆーくんが私のために怒ってくれて、手を握って傍にいてくれている。
それだけでさっきまでの不快感や不安がどうでもよくなる。
私は本当に単純だ。
「俺の彼女なんで無理ですね」
「―――っ!?」
ゆーくんの突然の彼女宣言に、思わず声を上げそうになるのを必死に抑えた。
ここで驚いたら、嘘だとバレてしまう。
自分で嘘って思うのがこれほどムカつくとは…。
でも、ゆーくんが『彼女』って口にしてくれるなんて!
もしかして、これは遠回しな告白なのでは!?
そう考えたら、どうしても顔が緩んでしまう。
ナンパ男のことなんて、私の頭からはすっかり無くなっていた。
俺が倖楓を待って出入り口を見ていると、その視界の端に倖楓が映った。
しかし、その姿はすぐに男の背中で隠されてしまった。
その瞬間、俺は何も考えずに体が動いていた。
ナンパ男の『貸して』という倖楓を物のように扱う言い方に腹が立って、思わず声を荒げそうになったが、理性がなんとか働いてくれた。
とにかく早く退散してもらうのが一番だ。
だから、俺は一番効果的な言葉を選んで彼女だと言った。
「あー、そうなんだ。…じゃあ他を当たるねー」
思ったよりもあっさりいなくなってくれた。
逆ギレとかするタイプじゃなくてよかった…。
俺は安心して、長く息を吐いた。
そして、倖楓に振りかえる。
「サチ、平気?」
「へへっ、えへへ」
思った反応と違う。
なんというか、言葉を選ばなければ『アホ面』と言った感じだ。
俺が割って入る直前の顔はものすごく険しく不快そうだったのに、まるで違う顔になっている。
一体、どうしたのか…。
「えっと…、どうした?」
「ふへへっ」
ダメだ、全く聞こえてないらしい。
俺は正気に戻すために倖楓の両頬をつまんで呼びかける。
「おーい、サチ、大丈夫か?」
「ふ、ふぁいっ!?」
ようやく俺の目を見てくれた。
俺は倖楓の頬から手を離す。
すると、倖楓は自分の手で両頬を押さえる。
「どうして、ほっぺたつまんだの!?」
「だって、サチが呼んでも返事しないから」
「へ?」
どうやら自覚が無いらしい。
まあ、今はそんなことはどうでもいいか。
「で、サチ、平気?」
俺が見つける前に何かされたりしてないかが、とにかく心配だった。
「え、あ、うん。ゆーくんが来てくれたから何もされたりしてないよ!」
「そっか、それならよかった」
これで本当に一安心だ。
そろそろ戻らないとレンも心配してるはずだ。
そう考えた俺は、倖楓の手を引いてレンが待っているベンチまで行こうとしたが、一歩踏み出そうとしたところで腕が付いて来ず、前に進めなかった。
振り返ると倖楓がニヤついた顔で俺を見つめていた。
こういう時の倖楓は大体ロクな事を考えてない、俺の経験がそう言っている…。
「…サチ?」
「水着、似合ってるかな…?」
上目使いで感想を求めてくる倖楓。
そう言われたら、見ないわけにもいかない。
ショッピングセンターで見せられた中には無かった水着だった。
オフショルと呼んでた水着と違って、左肩には布があるので、ワンショルってことになるのだろうか、両肩が出てるよりも色っぽい気がする…。
そして、特に驚くのは色だ。
前に見せられた水着はすべて明るい色だったのに、今着ているのは黒だった。
倖楓の色白さに黒がよく映えていて、印象をより大人っぽくしている。
正直、破壊力が強すぎて、どう答えても下心が見えそうで困る…。
「その…、黒なのが意外だと思った…」
目を見て答えるのが気恥ずかしくて、倖楓から顔を背けて答えた。
「その答え方は良いのか悪いのか、わかんないよ?」
「ぐっ…」
「ほらっ、ちゃんと見て!」
なんと言えば満足してくれるのか…。
やむを得ず、もう一度だけ倖楓を見る。
もう一度見たことで、俺は余計なことに気が付いてしまった。
それは、倖楓の胸のボリュームが結構あるという事実。
着やせするタイプだったのか…。
いや!これは水着の感想じゃない!
俺は雑念を頭から振り払い、とりあえず似合っているということを伝える。
「似合ってるし、良いと思う…」
「んー、もう一声!」
「もういいだろ!こっちも恥ずかしいんだよ!」
「うーん、そっかー…」
やっとわかってくれたかと安心する俺。
「じゃあ、私が聞いたことに“YES”か“NO”で答えてねっ」
「続けるのかよ!」
「それじゃあ、1つ目!」
全然聞いてない…。
「かわいい?」
「………」
「か・わ・い・い?」
倖楓が一音ずつ強調しつつ、一歩近づいてきた。
お互いの体が引っ付きそうな距離。
観念するしかなさそうだ。
「…いぇす」
「そっか、かわいいんだー♪」
「もう終わ―――」
「じゃあ次!」
まだ続くのか。
「ゆーくんはこの水着、好き?」
嫌いなら、かわいいに対して“YES”と答えないだろうに。
こいつ、絶対にわかってて聞いてる…。
「…いぇす」
「うんうん、それじゃあ3つ目!」
「いつ終わるんだ…」
いつになく悪戯っぽい笑みを浮かべる倖楓。
完全に俺で遊んでるな…。
「今日は私の“彼氏”として一緒にいてくれるの?」
「そ、それはナンパ男を諦めさせるために…」
「答えは“YES”か“NO”だよ?」
本当に、こいつは人の気も知らずに…。
べつにあれは他意のない、ただ助けるために言ったことだ。
だから“NO”と答えればいいだけ、それだけのはずなのに躊躇ってしまう。
否定してしまったら、自分の気持ちはそうだと示してしまうようで。
そんなことはないと頭で理解してはいるのに―――。
かと言って、“YES”とも答えられない、どこまでもどっちつかずな自分に呆れる。
「はい、時間切れー!」
「え…?」
「今日はここまでにしておいてあげるねっ!」
「サチがそれでいいなら…」
「うん、だって…」
倖楓が視線を俺の後ろ方に向けて、苦笑いをしている。
俺も後ろを向くと、ベンチで待っているレンが腕を組んでこっちを見ていた。
さすがに待たせ過ぎたらしい、こっちまで圧を感じる。
「あー、怒ってるかな」
「私も一緒に謝ってあげるから、行こっ」
倖楓が俺の手を引いて歩き出す。
俺はどこかホッとしたような、モヤっとしたような、曖昧な気持ちを味わっていた。
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