倖楓の弱点
「…で?」
開口一番、明らかに不機嫌そうなレン。
今もジト目で睨まれている。
「えっとー、この通りサチも無事でした…」
「そうだね、こっちに気付くまで楽しそうだったもんね?」
どうやら、放って置かれたことにご立腹な様子。
それはたしかに怒っても仕方ないと思う。
でも、倖楓もそうだけど、笑顔で圧をかけてくるのはやめてほしい…。
「ていうか、あれは俺が始めたわけじゃないから!」
「あー!私に責任押し付けるなんて酷い!」
「でも、実際にサチが―――」
「ねぇ…、ちょっと?」
レンが目元をピクつかせながら、俺と倖楓の言い合いに割って入った。
怒っている本人を置いて言い合いをするなんて軽率なことした、とすぐに気付いた。
それは倖楓も同じなようで、2人で打ち合わせをしたかのように揃って謝る。
「「ごめんなさい…」」
「はぁーーー」
レンは少し間を置いてから、長いため息をついた。
それから倖楓の方を見る。
「それで、遊佐さんは本当に大丈夫だった?」
「あ、それは本当に大丈夫です。ゆーくんが来てくれたのが、声をかけられてからすぐだったから」
「そっか、それなら良かった」
今度は優しい笑顔を倖楓に向けるレン。
怒りつつも心配はしてくれていたらしい。
いや、むしろ心配していたからこそ怒ったのか。
それから、なんとか機嫌が直ったレンと3人で何をするかの相談を始めた。
ここには普通のプールだけでなく、流れるプールやアスレチックのあるプール、ウォータースライダーなどのアトラクションなどもある。
こういった遊園地に近いプールにくるのは3人共初めてで、何からするべきなのかわからなかった。
「んー、やっぱり体力のあるうちに激し目のやつに行っとく?」
「たしかに後からだと、疲れたからもういいやってなりそうだし、いいんじゃないかな」
「………」
レンの提案に、すぐ賛成した俺。
それに対して、もう1人がやけに静かだった。
「遊佐さんはどう?」
「うっ…」
名前を呼ばれてビクつく倖楓。
べつにさっきまで怒られていたことを引きずっているわけじゃない。
倖楓がどうしてこうなっているのか、思い当たる記憶が俺にはあった。
「サチ、まだ絶叫系とか苦手?」
「え、そうなの?」
まだ倖楓と家族ぐるみで付き合いがあった頃、水本家と遊佐家で遊園地に何度か行ったことがある。
姉ちゃんはああいう人なので、もちろんジェットコースターやらフリーフォールやらが大好物で真っ先に乗りに行こうとし、俺もそれに付き合わされるのだが、倖楓は決まって「…怖い、行かない」と拒否していた。
それでも「1回だけ!」と姉ちゃんに子ども向けのジェットコースターに連れて行かれた時は、動き出す直前から大号泣で俺にしがみ付いて、終わってからもしばらく離れてくれなかったのをよく覚えている。
あれから数年経ったが、どうやら克服は出来ていない様子だ。
数少ない倖楓の“弱点”と言えるだろう。
「まあ、苦手な物は誰にでもあるしな」
「そうだね。それなら、激し目のは抜きで―――」
「だ、大丈夫!」
倖楓を気遣った方針を固めようとしたレンの言葉を、倖楓自身が遮った。
だが、その声は若干上擦っていた。
「大丈夫って、明らかに無理してるだろ…」
声もそうだが、顔も引きつっている。
誰が見ても無理しているのが丸わかりだ。
「そうだよ、私達も絶対に行きたいわけじゃないし…」
レンも俺に合わせて倖楓を止めようとしてくれる。
「も、もう高校生だよ?それくらい平気になってるに決まってますわよ!」
最後の方、キャラがおかしいことになってるし。
これで無理させて、また泣き付かれるのもなぁ…。
「泣いたりしないもん!」
そう言って倖楓は俺の腕を叩く。
考えている事がバレバレだったらしい。
「でもなぁ…」
あの頃の記憶がある身としては、いまいち信用できない。
「まあ、本人がこう言ってるわけだし、1回行ってみてもいいんじゃない?」
「レンはサチの絶叫系嫌いを知らないから簡単に言うけど、前にTシャツの袖をビシャビシャにされた身としてはなぁ…」
「そ、そんなにしてないよっ!」
いや、あまりにも涙で濡らされて、現地でTシャツを買ってもらって着替えた記憶がハッキリと残っている。
「悠斗、過保護だよ?せっかく挑戦しようとしてるんだから見守ってあげたら?」
レンは苦笑気味に俺を諭す。
過保護なんて初めて言われた。
そう言われると、そんな気がしてくる。
たしかに倖楓も高校生だ、本人が決めたことを頭ごなしに否定するのは良くないだろう。
「…じゃあ、無理はしないようにな?」
「う、うん、任せて…」
すでに緊張しているのか、倖楓の体はわかりやすく力んでいる。
不安だ…。
「よし!それじゃあ行こ!」
レンはそれを見ても気にせずに、ウォータースライダーへ足を進め始める。
俺もレンに合わせて数歩進んでから後ろを振り返ると、倖楓はまだ1歩も動けていなかった。
さすがに放って置けずに倖楓に近付く。
「ほら、行くんだろ?」
俺は倖楓の手を取る。
すると、倖楓は力強く手を握り返してきた。
力の入れ過ぎか恐怖からなのか、その手は少し震えている。
「が、頑張る」
「はいはい、歩くぞー」
もう止めないと決めたんだから仕方ない。
俺は倖楓を引っ張って連れて行くのだった。
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