自業自得

 1歩1歩が重い倖楓を引き連れて、やっと俺達はウォータースライダーに辿り着いた。


 やはり目玉なのだろう、順番待ちの人がたくさんいる。




「おー、結構大きいな」


「だね、楽しそう!」


「そ、そうだね…」




 相変わらず倖楓はビクついている。




 その時、ウォータースライダーの利用客の楽しそうな叫び声が聞こえてきた。




「ひっ!」




 それが聞こえると同時に倖楓も怯える。


 さっきから、これの繰り返しだ。




 一応、確認しといてあげるべきだろう。




「サチ、今なら辞められるけど、本当に行くんだよな?」


「も、もち、もちろん?」




 さっきよりも悪化しているような気がする…。




「まあまあ、滑り出したら一瞬だよ」


「そうかもしれないけど、そもそも滑り出せるかが問題だしなぁ…」




 そして、順番が回ってきた。


 俺達の中ではレンが最初に滑ることになった。


 倖楓が滑る前を俺が、滑り終えてからをレンがフォローする体制だ。




「じゃあ、先行くねー」




 軽く言い残し、サラッと滑って行くレン。




「きゃーーーーっ!」




 お手本のような、楽しんでいるレンの悲鳴が聞こえてきた。


 すぐに聞こえなくなったことからも、すぐにプールに着いたことがわかる。




 いよいよ倖楓の番が来る。




 当の本人はと言うと―――。




「…大丈夫大丈夫、死なない死なない、怖くない怖くない―――」




 誰かを呪おうとしているのかと思ってしまいそうなほどの剣幕でボソボソと呟いている。




「おーい、サチの番だぞー」


「へ!?もうっ!?」


「さっきから、あと何人?って聞いてきてたのはサチだろ?」




 もう自分が何を言ってたかもわかっていなかったらしい。


 苦手なのはわかっているが、思わず呆れてしまう。




「やっぱり今からでも係の人に言って止めた方が…」


「うぅ…」




 倖楓が折れそうになったその時―――。




「2人一緒に滑っていただいても大丈夫ですよ?」




 係の女性が俺達に笑顔で提案をしてきた。




「え?」




 俺は驚いたが、親子で滑っているところをさっき見たのを思い出した。




「いや、でもそれは…」




 俺が躊躇っている理由は簡単で、2人で滑るということはどちらかが抱き着いた状態で滑るということだ。


 水着の状態でそれは、俺としては中々にハードルが高かった。




 しかし、女性係員はそんな俺の心境を無視してしまう。




「さっ、お兄さんが前に座ってもらって…」


「え?あの、ちょっと!?」




 俺は肩を掴まれ、強制的に座らされる。




「で、お姉さんはしっかりと抱き着いてくださいねー」




 余裕の無い倖楓はされるがままに俺の背中に抱き着く。


 あっという間に滑る体勢が出来上がってしまった。




 背中に倖楓のやわらかさを普段以上に感じて、今度は俺が余裕を失くしてしまう。




「あの、やっぱりこれは…」




 俺が辞退しようとすると、女性係員が俺の耳元に顔を近づけた。




「男は度胸ですよ?」


「そうだよ!ゆーくん!」




 係員の予想外の発言に、さっきまでの様子が嘘のように倖楓が乗っかってきた。




「おい!急に元気に―――」


「はい、行ってらっしゃーい」




 俺の抗議は、最後まで言う事が出来なかった。




 スライダーは直線ということもあって、本当に一瞬で滑り終えてしまった。


 そして俺と倖楓は水面から顔を出す。




「ぶはぁっ」




 とりあえず息を整え、倖楓の様子を確認する。




「サチ、どう?生きてる?」


「………」




 返事が無い。


 だが、滑る直前と変わらずに力強く背中に抱き着いてきているので、生きてはいるはずだ。


 まさか、気絶してたりしないよな…?




「おい、大丈夫だよな?返事くらいしてほしいんだけど…」


「…生きてるよ」




 やっと返事が返ってきた。




「それなら良かった。とりあえず離してくれない?」




 大変よろしくないこの状態を一刻も早くどうにかしたかった。


 だから倖楓に頼んだのだが…。




「…やだ」




 短く一言で断られた。




「なんで」


「それは、ほら、足がすくんじゃって」


「いや、普通に立ってるし」




 俺がそう言うと、急に倖楓が体重をかけてきた。


 明らかに嘘だ。


 そして滑る直前に、倖楓が元気になっていたことを思い出した。




「まさか、最初から演技だったとかないよな…?」


「ず、ずっと怖かったのは本当だよ!」


「その言い方だと、今は平気ってことだろ?」


「………」




 急に黙る倖楓。


 これは認めたも同然だろう。




「おい!」


「普段引っ付かせてくれないんだから、こういう時くらい良いでしょ!」


「逆に良くないわ!」




 ていうか、普段も腕とかに引っ付いてきてるだろうに…。




「とにかく、しばらく離れないからねっ」


「あのな、移動が出来ないだろ」


「このままでも出来るよ!」


「周りからの目が恥ずかしいんだって!」


「私は気にしないもん」


「俺のことを気にしてほしいんだけど!?」




「そうだね。今すでに周りから注目されてて、私は凄く恥ずかしいかな?」




 ヒートアップしていた俺達に、冷ややかな声が突き刺さる。


 そこには氷の笑みを浮かべているレンが立っていた。


 2人して一瞬で動きが固まってしまった。




「「すみませんでした…」」




「まったく!どうしてすぐに2人の世界を作るのかな!?もしかして、わざと?わざとやってるの?」


「いや、俺はどちらかと言えば毎回被害者なんだけど…」


「遊佐さんを制御出来てない悠斗も同罪です」




 なんて理不尽なと言いたかったが、今言ったらどうなるかなんて目に見えていた。




「遊佐さんも遊佐さんだよ!どうせ家に帰っても一緒なんだから今くらい我慢できないのかな!?」


「ご、ごめんなさい…」


「本当に悪いと思ってる?」


「お、思ってます!」




 さすがの倖楓も反省しているようで、レンの言うことを素直に聞いている。




「それなら、他のスライダーにも付き合ってもらうからね?」




 レンが人の悪い笑みを浮かべる。




「へっ!?まだ行くの!?」


「1回滑ったんだから、2回も3回も変わらないよね?」


「四捨五入したら0なわけで…」


「じゃあ、あと3回は行けるね!」




 最近どっかで聞いたやりとりだ…。


 因果応報というやつだろうか。




 俺は倖楓に少し同情しつつも、自業自得だと考えて口を出さなかった。




 その後、俺達はしっかり数種類のウォータースライダーを体験して楽しんだ。


 倖楓はというと、初めはめちゃくちゃ怯えていたが、最後の方は壊れたように笑って滑っていた。


 荒療治って本当に効くんだなと、俺は他人事のように感心していた。

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