すとらてじー「とら!とら!とら!」

「もう着いたのか」


 俺がそう言ったのは、駅の改札が目に入ったからだ。

 さっきまでファストフードにいた俺たち4人は、そろそろいい時間だということになり帰宅することにした。俺は電車を使わないので見送る側というわけだ。明希と槙野が俺の言葉に応える。


「店、すぐ近くだったしな」

「こういう時、家が近いと羨ましいわね」


 槙野の正直な感想だったのだろう、特に嫌味っぽくなかった。


「そんなに遠いってわけでもないんだし、気にするほどでもないだろ。それに通学時間がそれなりにあると、その日の余韻とかに浸れて良いと思うし」


 俺がそう言うと、3人が俺を見て固まっていた。


「なんだよ?」

「今日はいろいろあったもんな…。悠斗、早く寝ろよ」

「うん、たしかにあたしも今日は強く言い過ぎたかなって思ってた。ゆっくり休みなさいね」

「大丈夫だよ!ゆーくんが素敵な考え方が出来る人だってこと、私は知ってるからね!」


 明希と槙野からは心配されて、倖楓からは励まされた。俺はそんなに変なことを言ったつもりなかったのにちょっとショックだ。


「もういいからお前ら早く帰れ!」

「はいはい、それじゃあまた明日ね」

「それじゃあな」

「また明日!」


 別れの挨拶を交わして、2・人・が改札を通り人混みに飲まれていくのを見届ける。


「…で。なんでお前はまだここにいるんだ?」

「え?」


 そう、なぜか倖楓が残っている。倖楓の実家方面なら2人と同じ電車のはずだから一緒に行けるはずなのに。もしかして2人に気を使ったのだろうか?


「だって私、電車で帰らないよ?」


 全然違った。


「いやだってケーキ屋の帰りは改札まで送って別れただろ?」

「たしかに改札前でお別れしたけど、私電車で帰るなんて言ってないもん」


 俺はその日を思い出して、たしかに言ってなかった気がした。なんて紛らわしいことをするんだ。


「じゃあ何使って帰るんだよ、バス?それとも迎えが来るとか?」

「歩きだよ?」

「はい?」


 倖楓の実家まで電車で30分はかかる。それを歩くとなると、どれだけ時間と体力を使うことになるか想像もできない。つまり、それが意味することは―――――


「…サチ」

「なに?」

「お前今どこに住んでるんだ」

「ん?この近く」


 予想通りで最早ため息すら出ない。今朝俺の通学路で待ち伏せ出来たのも納得できた。

 それと同時に不安が俺を襲った。それを解消するために倖楓に問う。


「どっち方面」

「あっち」


 俺と同じ方だった。非常にまずい。一緒に帰ってマンションの場所を知られることだけは、なんとか阻止しなければならない。というか、改札で別れて帰った意味が益々わからなくなった。


「それなら、なんであの日ここで解散したんだよ」

「私だって見られたくない買い物したりするんだよ?ゆーくんがどうしても見たいって言うなら、人があんまりいないとこでなら見せてあげてもいいけど…」


 倖楓がうつむきがちに両手で頬を押さえながら言う。どうやら地雷を踏んだらしい。


「いや、いい」

「もうっ!」


 こんな話を続けてたらあっと言う間に夜遅くになってしまう。本当に今日は疲れたしもう帰ることにする。


「ほら、もう帰ろう。途中までは一緒に帰ってあげるから」

「そうだね。どうせなら家に来てお茶でも――――」

「さ、そうと決まったら行くぞ。バカなこと言ってると置いてくからなー」

「あ!待ってよー」


 この時間から他人の家に行くほど俺は非常識じゃない。それにこれ以上疲労したら明日寝込む自信が俺にはあった。とにかく早く帰るに限る。俺と倖楓は揃って歩き始めた。




 まずい、もうすぐで俺のマンションに着いてしまう。ていうかもう外観は見えている。ここまで来たのに、一向に倖楓と道が分かれない。なんとかして倖楓を先に帰さなければならない。


「あー、サチの家はもう近いの?」

「ん?やっぱり家に来る気に――」

「なってない」

「もうっ、最後まで言わせてよ」

「で、近いの?」

「うん、もうすぐ」


 どうやら本当に近所らしい。うっかり休みの日に出くわすなんてことにならないことを切に願う。そんなに近いならもう1人で帰れるだろうと思い、俺はある考えを実行することにした。


「そっか。もう1人で大丈夫だよな?俺コンビニで買いたい物あるから先に帰ってて」


 そう、自然に先に帰すことでマンションを特定させないという完璧な作戦だ。弱点は何度も連続で使えないという点のみ。


「え?それくらいなら待つよ?」


 ダメだ、まだ弱点あった。打つ手なしかと思われた俺の頭に、この場を切り抜けられる案が降ってきた。これはリスクでしかないし、出来れば使いたくない。しかし、こうでもしないともう無理だと悟った俺は、身を切る思いで倖楓に説明をする。


「俺だって見られたくない買い物したりするんだよ」


 これだ。さっきはこれで俺も引き下がったのだから上手くいくだろう。精神的ダメージが大きくて2度と使いたくない。


「…ゆーくん。やーらしー」


 最悪だ、1回目でも無理だった。死にたい。


「…うるさい。わかったら早く帰ってください」

「ふーん…」


 倖楓の俺を見る目が痛い。もう行ってくれ…。


「じゃあ先に帰ってあげます。またね、ゆーくん」

「ありがとうございます。またな、サチ」


 なんとか致命傷で済んだだろうか。俺は先へ行く倖楓を横目に見つつコンビニへ入った。




 さて、本当は特に買う物などないのでコンビニに入ったのはいいが、俺は店内を当てもなく歩き回っていた。これで何も買わずに出るというのは気が引けるのでテキトーにアイスと飲み物を買ってコンビニを出た。


 すぐに辺りを見回す。店内にいた時間は5分程度だったので、さすがにいないと思うが油断が1番の敵だと俺は身を持って知っているので警戒を怠らない。大丈夫そうだ。俺は安心して自分の部屋に帰った。




 俺は部屋に着いてすぐシャワーを浴びていた。とにかく、まずはリフレッシュしたかった。


「あ゛ぁ゛―、疲れた」


 すごい声が出て自分でも驚く。まるでもう1週間経ったかのような疲労感。これでまだ1日目なのだからインフレにもほどがある。


 浴室から出て着替えや髪を乾かすなどを済ませてリビングのソファに身体を沈める。


「そろそろ夕飯の準備しないと」


 こういう時、実家に住んでいる人は親に用意してもらったりするのだろうが、俺は今1人暮らしだ。そもそも俺の家庭は共働きなので、昔から夕飯は姉と一緒か交代で作っていた。なので疲れていても夕飯の仕度をするというのはよくある日常だった。小学生の時はたまに遊佐家で食べさせてもらっていたなと思い出して、俺は驚く。


「中学の時は全然そんなこと思い出さなかったのに…」


 中学に上がってから俺は遊佐家との関わりが全く無くなったので、家でごちそうになるなんてことは無かった。だから最初の1年くらいはその記憶を懐かしんだが、そのうち思い出さなくなった。いや、正確には考えないようにした。それが今になって自然と思い出したのだから、自分の中で遊佐倖楓という存在がまた大きくなったことを俺は自覚する。


「単純なやつだな、俺も…」


 自嘲気味に笑って、ため息をこぼす。そろそろ夕飯の準備を始めようとソファから立ち上がったのと同時にインターホンが鳴った。呼び出し音はエントランスからではなく、俺の部屋のドアからだった。俺の部屋のインターホンはエントランスからの呼び出しならカメラで誰が来たのか見えるようになっているが、部屋の前にはカメラをつけていないので誰が来たのかは応答しなければわからない。


「こんな時間に誰だ?中からってことは隣の人とか?」


 先にドアの覗き穴で確認しようかと思ったが、面倒だったので素直に通話を繋ぐことにした。


「はい」


『きちゃった♪』

「なんで来れるんだよ!!帰れ!!!」


 俺の夕飯どきに、遊佐倖楓が奇襲してきた。

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