謝罪と親睦と予言

 倖楓と一緒に歩いて約束の場所である定番のファストフード店の前にやっと着いた。待たせた槙野のお小言が怖い。

 俺と倖楓は注文より先に、待たせてる2人と合流することにした。レジをスル―して階段を上って3階へ。見回すと角のソファー席に2人の姿が見えた。


「おー、お疲れ」

「遅い!ハンバーガ―4つも食べちゃったじゃない!そんなに内容盛りだくさんで日誌書いてたの?」


 近付く俺たちに気付いた2人がそれぞれの反応を見せる。やっぱりお小言を言われた。槙野が義理の母になるお嫁さんに同情したくなる。というか、お前の食欲を俺のせいにするなと言いたい。


 槙野は結構食べるというか、俺と明希よりも多く食べることが多い。味の好みも男寄りだったりするので明希と3人でいても食べるとこで揉めたりしなくて助かる。


「悪かったよ。ちょっと榊先生に長話されてたんだよ」

「ごめんね、槙野さん。私がゆーくんをもっと早く連れて来られたらよかったんだけど」


 俺は素直に謝罪して、倖楓は謎の責任を負っていた。


「いや!遊佐さんは悪くないから!どうせ水本が榊先生にデレデレして話を切り上げなかっただけよ」

「あー、それはあるかもな」


 またこの2人はテキトーなことを言ってくる。お前らは俺で遊ばないと死ぬ病気なのかと聞きたくなる。


「へー、デレデレしてたんだ」


 倖楓が横目で見てくる。なんで一緒にここまできたのに騙されてるんだ。


「そんなわけないだろ。それに教師から話しかけられてるのに、約束があるのでもう終わりにしてください、なんて言えるわけないだろ」

「ふーん…」


 まだ見てる。そんなに俺は信用がないか?―――――あるわけないな、倖楓との約束を破ったんだから。


「…ゆーくん?」


 倖楓が心配そうに呼んでくる。失敗したなと俺は反省する。


「なんでもないよ。注文どうしようか考えてただけ」

「…そっか!」


 本当に勘が良くて油断できない。1人で注文しに行って落ち着こう。


「俺が買ってくるから座って待ってていいよ。何にする?」

「んー、いつもので!」

「行きつけのバーみたいに頼むな。わかるわけないだろ」


 これで全然違うもの買ってきたらどうするつもりなのか。むしろそうしてやろうかと考えていると倖楓が悪い顔をする。嫌な予感しかしない。


「それじゃあクイズ!間違えたらゆーくんの懐かしエピソードを2人に披露します!」

「は!?絶対やめろ!そんなクイズやらないからな」

「ちなみに拒否したり、何も買ってこなくても話します」


 どうしてこの子はこうも悪知恵が働くのか。倖楓のお父さん、お母さん、娘が悪い育ち方をしてますよ。叱って真っ当な道を進ませてください。

 とはいえ、実は思い当たるものがあるので俺の話が暴露される心配はそれほどしていない。


「あー、わかったよ。間違ってても文句言うなよ」

「ゆーくんなら大丈夫だよ。正解だったら一口あげるね!」

「いらない」

「えー」


 えー、じゃない。すぐ俺に餌付けしようとするのやめてほしい。しかも毎回「あーん」を強要してくるのだから余計にたちが悪い。


「じゃあ買ってくるから」

「いってらっしゃい」

「あ!あたしもハンバーガー買ってきて!」

「…わかった」


 全員が「お前まだ食べるのか」と間違いなく思ったに違いない。




 注文した商品を受け取って3人の待つテーブルに戻る。


 テーブルには楽しそうに会話をしている3人の姿があった。うまく馴染めたみたいでよかったと俺は安心する。俺に気付いたようで倖楓がこっちに手を振ってきた。


「お待たせ」

「おかえり。さあ、正解発表の時間です」


 そう言ってスマホを操作したと思ったら、ドラムロールが鳴り始めた。芸が細かい。ちなみに俺が倖楓に買ってきたのは、てりやきバーガーとナゲットとオレンジジュースの3つ。昔、倖楓と親に連れられて来た時によく頼んでいた記憶があった。


「正解!流石ゆーくん、遊佐倖楓王の称号をあげます」


 今度はスマホから正解音が鳴った。便利だな。ていうかなんだその称号は、倖楓が王様みたいになってるぞ。


「なんだそれ、返上します」

「返品不可なのでずっと大切にしてください」


 称号じゃなかったのか、いつの間にか品物になっていたらしい。


「ほんとに2人は仲良しね、ちょっと羨ましいくらい」

「ほんと?そう言ってもらえると嬉しいな」


 倖楓が嬉しそうにしている。俺としては槙野と明希には言われたくないと思う。ずっと一緒にいるなんて簡単なことじゃないと知っているから。


「あのね、2人に本当は今日の朝に言おうと思ってたことがあって」

「そうなの?なに?」

「そういえばメッセには用事って書いてあったもんな」


 倖楓が改まって話し始める。


「一昨日はゆーくんを無理やり連れて、2人を置いて行ってしまってごめんなさい」


 頭を下げている倖楓を見て、2人が慌てて止める。


「いや、頭下げなくて大丈夫だよ!特に約束もしてなかったし!」

「そうだよ、謝ることじゃないから!水本のことはいつでもどこでも連れまわして好きにして構わないから!」


 いつから俺の所有権が他人の物になったのだろうと思うけど、ここで文句を言うとせっかくの流れを壊しそうだったので我慢する。


「2人もこう言ってるし、もう気にしなくていいと思うよ」

「うん。久木君、槙野さん、ありがとう」


 これで倖楓の胸のつかえが取れたことだろう。


「あのさ、あたしのこと名字じゃなくて香菜って呼んで!」

「それじゃあ、私のことも名前で呼んで!」


 このやりとりをきっかけにガールズトークに花が咲いて、俺と明希は置いてけぼりをくらったのは言うまでもない。


「ねぇ、ゆーくんのそれいつもの?」


 突然、倖楓が俺の注文した飲み物を見て訪ねてくる。


「サチが覚え違いしてないなら、たぶん変わってないと思うよ」

「あ、もしかしてクイズ?正解したら何くれるの?」

「違うし何もあげないから」

「えー。じゃあその白ぶどうジュース、一口ちょーだい」


 どうやら倖楓はちゃんと覚えていたらしい。それでクイズを提案してくるなんて本当にズル賢くなったな。


「自分の飲み物がまだあるだろ」

「じゃあ無くなったらくれる?」

「そんなことのために飲みきろうとするな」


 どんだけ飲みたいんだ、と俺は少し呆れる。


「いいじゃない飲ませてあげれば。減るもんじゃあるまいし」

「いや香菜、さすがにそれは無理があると思うぞ」


 珍しく明希がツッコんだ。それくらいの暴論だったから無理もない。


「じゃあ、新しく買って来るからそれ飲めよ」

「じゃあ、私が飲みかけのもらうね」

「いや、サチに買って来るんだけどな?」

「もういいじゃない。観念して一口あげなさいよ」


 なんか俺が悪いみたいな流れにされている。さすがに狭量なやつだと思われたくないので、そろそろ諦めるしかなさそうだ。


「わかったよ。ほら」

「ん。おいしい。ありがとう香菜ちゃん」

「どういたしまして」

「俺があげたのになんで槙野がお礼言われてるんだ?」

「なに?ヤキモチ?余裕が無い男はモテないわよ」

「そうだぞ、悠斗」

「いやなんでそうなったんだ。それに余計なお世話だ」


 明希に言われると説得力があって刺さるが、別にモテても仕方がないと思うので気にしない。


「そんなことじゃ高校卒業までに彼女出来ないかもよ?」

「んー、それは心配いらないと思うな」


 槙野の言葉を倖楓が否定する。2人共、何を根拠に言ってるんだ。


「なんだよ、占いでも身につけたのか?」

「違うよ!それじゃあ予言にしてあげる!近いうちに絶対かわいい彼女が出来るよ!」


 占いより胡散臭くなってる。クラスで浮いてるような俺にそんな未来が来るとは思えないんだけどな。


「その自信はどっから来るんだ…」

「秘密♪」


 倖楓が人差し指を口にあてて言う。ほんとに楽しそうだなこの子。


「はぁー、口から砂糖出そうだ」

「わかる、あたしも。明希、ハンバーガー買ってきて」


「「「まだ食べるの!?」」」


 こうして倖楓の謝罪の機会という名目の親睦会は、日が沈み始めるまで続いた。

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