再びの実家

 花火大会に行くはずが、何故か実家に連れて来られてしまった。


「ここまで着いて来ておいてだけど、花火大会は…?」

「もちろん行くよ?」


 倖楓は「何を言ってるの?」という表情を浮かべる。俺がおかしいのだろうか…。

 いや、今はそんなことよりも、もっとわからないことがある。


「…で、結局何しに帰ってきたわけ?」


 途中でどこに向かっているのかを察することは出来ても、その目的は皆目見当がつかなかった。

 いくら信頼しようと決めたとはいえ、この間の件もあるし、また俺の知らない所で何かしらの話が進行しているんじゃないかと不安を隠しきれない。


「まあまあ、とりあえずお家入ろっ」


 俺の不安を知ってか知らずか、倖楓は曖昧に笑って俺の背中を後ろから押して、家の中へ進ませようとする。

 もう、なるようになればいいか…。


「お邪魔します!」

「ただいま…」


 俺と倖楓が挨拶をしてすぐ、リビングから母さんが出迎えに来た。


「倖楓ちゃん、いらっしゃい!…悠斗、家に帰ってきたっていうのに、その元気の無さはなんなの?」

「夏バテってことで許してください」

「まったく、もやしっ子に育っちゃって」


 帰るなり軽口を交わす俺と母さんを、隣で倖楓が笑顔で見ていた。


「それじゃあ奈々さん、ゆーくんのことお願いします!」


 家に来て早々、俺を置いて倖楓はどこかに行くような口ぶりだ。


「はい、任されました」


 母さんもその流れに戸惑いを見せることなく受け入れた。

 出迎えの反応で薄々わかってはいたが、やっぱり倖楓と母さんの間で何かしらの話があったらしい。


「…サチはどこ行くの?」

「寂しい?」


 このタイミングでその返しは完全にからかっているのがわかる。

 俺は無言で倖楓を見続けた。


「私が悪かったから怒らないで」


 倖楓が苦笑いで謝ってきたので、ため息を吐きつつ話を元に戻す。


「それで?」

「私は自分の家に帰って準備するから、また後で家の前で待ち合わせしよ?」

「準備?」

「じゃあ、また後でね!」


 俺の疑問に答えることなく、倖楓はそそくさと俺の家から出て行った。


 呆気に取られていると、母さんが手を叩いた。


「さっ、とりあえず上がって、ちょっと早めのお昼にしましょ」

「あれ、そういえば何時に家の前にいればいいんだ…?」


 花火大会の時間を考えれば大体の時間を逆算出来るが、そもそも倖楓の準備というのがどのくらいかかるものなのかがわからない。


「13時くらいのつもりでいればいいわよ」

「あ、はい」


 母さんからあっさり答えが返ってきた。

 どこまでも倖楓と母さんの手の上ということか…。これはもう、ジタバタせずにされるがままにしてよう。




 早めの昼食を終えて一息ついていると、母さんから次の指示が出される。


「じゃあ、悠斗の部屋に行きましょうか」

「え、なんで?」


 意図が全く読めない指示に困惑する俺。

 しかし、母さんはそんなのお構いなしだ。


「ほら、早くしなさい」


 すでに諦めている俺は、これ以上何も言わずに自分の部屋へ向かった。


 俺が先に入って少し待っていると、すぐに母さんも入って来た。


「お待たせ」


 その手には綺麗に畳まれた、和風な柄の布のようなものが抱えられている。

 さすがにいろんなヒントがあったので、それが何かはすぐにわかった。


「俺の浴衣なんて、いつの間に用意してたの?」


 今まで、浴衣なんて小さい頃に一度着たことがあるか無いかで、今の背丈に合う浴衣を持っていた覚えは無い。


「この間帰省した時にね、お義母さんが持たせてくれたのよ。お父さんのお古だけど、綺麗なままだからって」

「そうなんだ」


 父さんのお古と言っても、デザインは薄い灰色を基調とした無難な物で悪くない。

 そのため、いきなり「着ろ」と言われても抵抗感は無かった。


 俺は姿見の前に立たされた。

 浴衣を自分で着たことが無かったので、着付けは母さんに手伝ってもらいながら進む。

 母さんが、手際よく着付けをしつつ口を開いた。


「倖楓ちゃんとはどう?」

「“どう?”って言われても」


 ついこの間、母さん達の前にいた時から特に変わってはいないので、言う事が無い。


「まあ、2人きりで花火大会に行くくらいには、順調ってことよねー」

「自己完結してるじゃんか…」


 息子をおちょくって、そんなに楽しいのだろうか…。


「悠斗」

「…なに?」


 直前までのやりとりがあったので、返事はぶっきらぼうになった。

 それでも母さんは不満な顔はせず、むしろ優しく微笑んでいた。


「今、楽しい?」


 が、今この時間を指しているわけではないことはすぐにわかった。

 そういえば、ついこの前この部屋で倖楓に同じことを聞かれたばかりだ。

 あの時は「楽しいんだと思う」と曖昧な言い方しか出来なかった。それは倖楓の前だったからというのもある。

 ―――でも、今は素直に口にすることが出来る気がした。


「―――うん。楽しいよ」


 自分で思った以上にスッと出てきた。

 そのことに俺は少しだけ驚いたが、母さんは全くそんな素振りが無かった。

 最初から俺がどう答えるかわかっていたような、でもどこか安心しているような表情。


「そう、良かった。…はい、おしまいっ」


 母さんはそう言うと、俺の腰をパンッと叩いた。

 気付かない間に着付けが終わったらしい。あっと言う間とはこのことだ。


 姿見で自分の浴衣姿を改めて確認した。

 着慣れないので着心地はちょっと変な気がするが、意外と違和感が無い。


「こうして見ると、若い頃のお父さんに似てるわね」


 母さんは顎に手を当てて鏡の中の俺をじっくり値踏みするように見ている。

 一応褒め言葉なのだと思いたい。

 俺は半信半疑でお礼を口にしておく。


「ありがとう…?」

「思い出すわー、お父さんと初めて花火を見に行った時のこと!」


 急に熱く語り始めた。


「まだ2人共若くってね、それはもう一気に距離が近づいて―――」

「着付けありがとうございました!行ってきます!」


 両親のデートエピソードなんて聞いてられるか!

 俺は話を遮るように声量を大きくしてお礼と外出を伝えて部屋を後にした。

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