予定の変更
夏休み最後の日曜日であり、花火大会当日の朝を迎えた。
と言っても、俺達はいつもと変わらずに朝食を一緒に食べていた。
「ゆーくん」
「なに?」
「食べ終わって片付けも済んだら、私1回部屋に戻るね」
「わかった。15時半くらいに下で待ち合わせでいい?」
花火の打ち上げが19時開始なので、移動時間などを加味して16時の電車に乗れば良いだろう、という話になっていた。
「それなんだけど、出かける時間を早くしたいなって思って」
「まあ、いいけど。何時くらい?」
何か済ませたい用事か、行きたい場所でもあるだろうか?
どちらにしても、時間にこだわりがあるわけでもないので、断る理由が無かった。
「…10時くらい」
「早っ!?」
今が8時くらいなので、食べ終えて片付けたらすぐに家を出ることになるだろう。
いくらこだわってないとはいえ、あまりにも予想外の時間を提案されて驚いてしまった。
「だめ…?」
倖楓本人も、さすがに自分の提案が急だと思っているのだろう。少し申し訳なさそうな顔をしている。
「花火の場所取りしたいとか?」
「ううん。見る場所は正直どこでも」
「じゃあ、何するの?」
「えっとー…」
俺の疑問に、倖楓は思案顔で数秒だけ答えに迷った様子だった。
「何も聞かずに付いて来てほしいの!」
「えー…」
怪しいなんてもんじゃなく、100%何かあるやつだ…。
今まで何度、倖楓の作戦にハメられたことか。
「お願い!」
しかし、頼み込んでくる倖楓の顔はいつものような悪戯っぽさはなく、純粋にお願いしてきているのが伝わってきた。
俺も、もっと倖楓を信頼すべきなんだろうし、そうしたいと思えた。
「いいよ」
返事をするのに、自分で思った以上に迷わなかった。
しかし、俺のスムーズな返答とは反対に、倖楓は目をパチクリさせてフリーズしていた。
そして、数秒経ってからようやく正常に動き出す。
「えっ…?…いいの?」
正常に動き出したとは言っても、まだ状況は飲み込めていなかったらしい。
「いいって言っただろ?」
「ほんとに…?」
倖楓はまだ信じられないと言った顔をしている。
こうも驚かれると、逆に心外だ。
「…やっぱり止めとくか」
「あー!ダメです!1回いいって言ったら覆せません!」
「はいはい」
元々、覆すつもりもなかったので、俺は苦笑いする。
「ゆーくん」
倖楓が改めて俺の名前を呼ぶ。
「ん?」
それに合わせるように、俺も改めて倖楓の顔を見た。
「…ありがとう!」
倖楓は照れたように嬉しそうな顔をしていた。
それが俺にはとても眩しくて、すぐに目を逸らした。
「べつに、大したことしてないし…」
「もうっ、こういう時は“どういたしまして”でいいんだよ?」
「………」
「ほーら、さんはいっ」
「…どういたしまして」
「うん!」
この後の俺は、倖楓の顔をまともに見れなくなってしまって食事のペースが上がり、すぐに朝食を食べ終わった。
ほどなくして倖楓も食べ終わり、片づけをした後に各々出かける準備のために一端別れた。
約束の10時を迎え、俺はマンションの出入り口の近くで待っていた。
まだ待ち始めて1分も経っていないのに、すでに暑さにうんざりし始めてしまった。
「今日もあっついなー」
小さく呟いたのとほぼ同時に、待ち人がやってきた。
「ごめんね、お待たせー」
謝りつつ出てきた倖楓の格好は、Tシャツにショートパンツと軽装だった。
「平気だよ。…で、どこ向かうの?」
疑っているわけではないが、行き先が気になるのは仕方がない。
「とりあえず駅に行って、電車に乗るよ!」
「わかった」
そこは当初の予定と変わらないのか。
まっすぐに駅へ向かい、改札の中へ。
電車に乗って移動し、駅に着いてからバスでさらに移動する。
そして、倖楓はようやく立ち止まった。
「目的地到着です!」
「まあ、乗った電車が花火大会とは逆方面な時点で、なんとなくそんな気がしてたけどさ…」
―――そこは、ついこの間まで戻っていた、俺達の実家の前だった。
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