勉強会

「うーん…。ダメ、わかんない。倖楓先生!」

「はい、香菜ちゃん。倖楓先生に任せなさい!」


 俺の部屋のリビングに教師と生徒の声が響く。正確には同級生の2人なのだが。


 朝の疲労感(?)からなんとか脱却した俺は、倖楓と一緒に明希と槙野を迎えに行った。


 現在は、リビングのテーブルで4人揃ってテスト勉強をしている。

 やはり倖楓の首席という肩書は伊達ではなく、どの教科でも聞いて問題ないと本人から言われている。


 そんな勉強会もすでに始まって2時間程経過していて、もうすっかりお昼時。

 明希もそう考えていたのか、伸びをしながら口を開いた。


「みんな、そろそろ昼にしないか?」

「たしかに、それがいいかも。倖楓と槙野はどう?」


 俺と明希の提案に、2人はすぐに頷いた。


「そうね、あたしもそろそろ集中力が落ちてきたし…」

「だね。じゃあ香菜ちゃん、この問題だけ終わらせよ!」

「うぅ…。頑張る…。」


 珍しく弱った槙野を見て、俺と明希が思わず笑ってしまう。


「がんばれよ、香菜」

「槙野、お昼はすぐそこだから頑張れ」

「もー!わかったから!」


 なんとか槙野のやる気が戻ったようだ。

 槙野の問題が解けるまでの時間で、俺と明希は昼食をどうするか話し合う。


「悠斗、昼どうする?買って来るか、食べに行くか、作るかで選択肢はいろいろあるけど」

「うーん。作るのは片付けとかも時間かかるし、勉強会の時間が減るのを考えると無しかなぁ…」


 俺がそう言うと、槙野に教えている倖楓から思わぬ話が飛んできた。


「実は、私がお昼の準備をしてあります!」

「え?サチいつの間に?」

「流石は遊佐先生だな」


 それは先生関係無いんじゃないか?と思っていると、倖楓が俺の疑問に答え始めた。


「なんのために朝早くからゆーくんの部屋に来たと思ってるの?」

「え、朝ごはん食べに来たんじゃないの?」

「それは日課なので理由になりません」

「いや、朝来た時にめっちゃ朝ごはんの時間気にしてたじゃん…」


 俺がツッコむと、倖楓が明後日の方向を見て口笛を吹いている。誤魔化す気が無いのが丸わかりだ。


 倖楓に俺が呆れていると、槙野がノートに向けていた顔を上げる。


「水本、あんた倖楓ちゃんと朝ご飯一緒に食べるのが日課だったのね…」


 すごくニヤニヤしている。

 しまった。迂闊にも槙野の前で話してしまった。


 俺はもう誤魔化せないだろうと諦め、開き直ることにした。


「近所だし、朝ごはんを一緒に食べるなんて当たり前なんだよ」

「あんた、大丈夫?」


 ダメだった。心配されるのが一番ダメージある。


 俺が精神的痛みに耐えていると、隣に座ってる倖楓が俺に寄ってきた。


「当たり前なんだ、じゃあこれからも毎日ね?」

「………」


 無言を貫くことが今の俺の精一杯。


 それにしても、本当に倖楓に強く言い返せなくなってしまったと我ながら呆れる。


「それで遊佐さん、お昼の準備ってどうするの?」


 状況を見かねた明希が話を元に戻してくれた。


「もう準備はほとんど終わってるの。お昼はサンドイッチです!」

「「「おー」」」


 倖楓の、普段は変なところで出るドヤ顔も、今は様になっている。


「冷蔵庫に具材が入ってるから、あとは挟むだけ!」

「倖楓ちゃん、手際の良さが完璧すぎる!」

「香菜もこれくらい料理の手際が良ければな…」

「なぁに?明希」

「あ、いや…」


 せっかく話が進んだのにまた脱線しそうだ。


 俺は明希と槙野の痴話喧嘩を放って、倖楓とサンドイッチの準備を始めることにする。


「サチ、俺達はサンドイッチ作っちゃおう」

「ゆーくんは2人と待ってていいよ、すぐ終わるから!」

「そう?…じゃあ、待ってようかな」


 俺が大人しく待つことにすると、今まで騒いでいた槙野から声がかかる。


「それにしても水本、変わったわよね」

「なにが?」


 急に、槙野が真面目な顔をして言うので俺は驚く。


「中学の時は人当たりはいいけど、どこか消極的というか。それこそ、女子と深い仲になったりとかしてなかったでしょ?一応、たちばな先輩がいるけど、普通とはちょっと違う感じだし」

「そもそも悠斗は、素で話すやつがほとんどいないしな」

「べつに興味なかったし…」


 2人の言葉に、俺が控えめに返すと、槙野が今度は少し楽しそうな顔をしながら話す。


「それが今じゃ、中学の時には考えられないほどの目立ち方をしてて、まるで別人みたいよ」

「不本意だよ…」

「目立つと言っても、悪目立ちではないと思うわよ?女子の中じゃ、倖楓ちゃんがあれだけ一緒にいるから良い男説みたいなの出てるし。実際、最近は人当たりの良さが発揮されてて高評価みたいよ?」

「男子も最近はそれほど目の敵にしてる奴は周りにいないなぁ。香菜も言ってるけど、話して見たら良い奴だったって言う奴もいるし」

「なんだそれ…」


 俺の知らないとことで、そんな風に評価されているとは知らず、俺は複雑な気持ちになっていた。


 そういえば、最近は周りを気にする事が減った気がする。それだけ倖楓に意識を向けているということだろうか。


 ――本当にそれでいいのか。


「水本、どうかした?」

「悠斗?」


 少しボケッとしてしまったらしい。2人から心配されてしまった。


「なんでもないよ。やっぱりサチのこと手伝ってくるから、2人は待ってて」


 俺は、逃げるようにキッチンへ向かう。


「サチ、やっぱり手伝う」


 俺がそう言ってキッチンを見ると、サンドイッチに挟むための具材がたくさん並べられていた。これだけの準備を朝ごはんと一緒に進めていたという事に驚く。

 作業を進めていた倖楓が、俺の申し出に笑顔で答える。


「ほんと?なら、お願いしよっかな!」

「何すればいい?」

「じゃあ、たまごサンド作って!」

「わかった」


 俺は倖楓に言われるまま、サンドイッチを作り始めた。


 作業に集中し始めたところで、倖楓が横から話かけてきた。


「2人となんの話してたの?」


 俺は、ざっくりとした概要だけを教える。


「俺のクラスでの評価がマシになったとかそういう話」

「ふーん…」


 思ったより反応が薄かった。あまり興味がない話題だったのかもしれない。

 俺がそう思うと、倖楓が再び口を開く。


「ねぇ、ゆーくん」

「ん?」

「もう、私が一緒にいても嫌じゃない?」


 倖楓が、どういう気持ちなのかわからないトーンで聞いてきた。


 俺は少し戸惑いながら返答をする。


「…元々、嫌とは言ってない」

「えー!口にはしてなかったけど、顔にすごく出てたよ!」

「出てない。それは困ってただけだよ」

「困るってなにそれ!ひどーい」


 倖楓が拗ねた様に抗議してくる。本気で怒ってるわけではなさそうだ。


 拗ねた様子のまま、倖楓が俺の名前を呼ぶ。


「…ゆーくん?」

「なに?」

「クラスの女子に人気が出たからって、デレデレしたらダメだからね!」


 急に変な事を言ってきたので、俺は呆れてしまう。


「あのな、誰かにデレデレしたことなんてないし、これからもするつもりもないから」


 俺の答えを聞いた倖楓が、今度はちょっと本気で不機嫌になった。


「なんでよ!してよ!」

「いや!どっちだよ!」


 不機嫌になった倖楓を宥めながら、俺はサンドイッチを作り続けたのだった。




 俺達はリビングでサンドイッチを食べながら談笑していた。

 今は学校での話題になっていたのだが、槙野が少し不満そうに話題を出してきた。


「ところでさ、最近の関本君、倖楓ちゃんにしつこくない?」


 関本とは同じクラスの男子のことだ。以前、倖楓に冷たくあしらわれていたのも記憶に残っている。


「あー、あいつなぁ…」


 コミュ力が高い明希にしては、珍しく困ったような顔をしていた。


「あれだけ倖楓に断られてめげないのは、最早尊敬するけどな」


 俺がそう言うと、倖楓が足で抗議してきた。少し不謹慎だったかもしれないと反省。

 槙野も少し怒ったように俺を見る。


「あんた、他人事みたいに言ってるけど、倖楓ちゃんとの時間に割り込まれようとしてて不満に思わないわけ?」

「いや、実際に一緒に何かしたことないしさ。全部倖楓が断ってるんだから、これ以上俺が何か言うのは無理だよ」

「「はぁー…」」


 女性陣から同時にため息が出る。急に居心地が悪くなった。


「まあ、関本の場合は、悠斗が何か言っても逆効果に思えるなぁ」


 明希はよく理解してくれているようだ。助かる。


「そういうこと」


 俺が明希の意見に同意すると、2人は納得したようで、この話題はこれで終わった。




 なんだかんだ時間が過ぎるのは早かった。

 俺達は勉強会を終えて、今は明希と槙野を見送りに改札前まで来ていた。


「それじゃあ、香菜ちゃんと久木くん、またね!」

「2人とも気を付けて」

「倖楓ちゃん、水本も送ってくれてありがとう、またね」

「悠斗達も気を付けて帰れよ」


 俺と倖楓は、2人が人混みの中に消えていくのを見届けてから、家路に着いた。


「ゆーくん、今日は楽しかったね!」

「うん」


 隣で歩く倖楓が声を弾ませている。

 これだけ嬉しそうなら部屋を提供した甲斐があったと思い、俺は少し頬が緩む。


「ゆーくん、どうしたの?」


 倖楓がまた楽しそうに聞いてきた。

 俺はなんだか少し恥ずかしくて、誤魔化してしまう。


「なんでもない」

「えー!絶対嘘!教えてよ!」

「なんでもないったら」

「もー、しょうがないなー」


 そう言う倖楓の横顔を見ながら、ふと昼のやりとりを思い出した。


 自分の中の考えを改めて倖楓に伝える。


「サチ」

「なに?」

「今は、サチが傍にいて良かったと思うことも増えたよ」


 すると、倖楓の瞳が大きく開かれた。どうやら、驚いているらしい。

 しかし、すぐに嬉しそうな笑顔を俺に向けて、


「そっかぁ!じゃあ、また約束して良かったね!」


 と俺の腕に寄り添いながら言う。

 倖楓の顔を見ないように、俺はその言葉に同意する。


「そうかもね」

「ふふっ、そうだよ!」


 今度は俺の手を握って、倖楓が少し前に出てる。


「ほら、早く帰ろ!」

「わかったから、引っ張るなって!」


 幼い頃のようにじゃれ合う2人を、夕日が優しく照らしていた。

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