第3章 記憶と想い
提案
ゴールデンウィークも終わり、5月も半ば。
俺は、なんとか5月病にならずに高校生活を過ごしている。
しかし、それでも憂鬱になってしまう出来事が近づいていた。そう、
――――中間テストだ。
俺の成績はそれほど悪くない、中学のテストでは学年20位周辺の成績だった。
それでもやはり、テストというのは気分が落ち込む。高校に入って最初の定期考査ともなれば、尚更だ。
そんな中間テストに憂鬱になる仲間が約2名―――、
「どうしてテストはやってくるのかしら…」
「俺達、高校入試っていう大きなテスト終えたばっかりなのにな…」
下校途中の道で、2人がぼやく。
今日からテスト期間に入って部活が休みのため、久しぶりに俺と
「ゆーくん、2人のため息が止まらないんだけど…」
「そうだな。…はぁー」
「こっちもダメだった!」
倖楓がお手上げだと声を上げた。たぶん、この3人の周りだけ幸運が大脱走していると思う。
実際、明希と槙野の2人も別に成績が悪いわけではない。槙野はうちの高校を受けるために結構頑張ったみたいだが。幼馴染との時間を得るために必死だったのだろう。涙が出る。
そんなことを考えていると、倖楓がなんとかしようと提案をしてきた。
「明日、みんなで勉強会しよう!」
「いいわね!流石、倖楓ちゃん!」
「主席の遊佐さんがいるなら心強いな!」
「まあ、たしかに」
忘れていたわけではないが、倖楓が首席である印象が最近は薄くなっていた。入学時点では学年で1番学力が高かったわけだから、これほど強力な助っ人はいないだろう。それに明日は土曜日なので、タイミングとしても申し分ない。
ちなみにテスト期間のバイトは、
俺は、受け入れると同時に浮かんだ疑問を口に出した。
「で、どこでするの?」
すると、槙野が案を出してくる。
「ファミレスとか、ファストフード?」
「香菜、最近は長時間の滞在にうるさいとこも多いし難しいと思うぞ」
「そっかぁ」
明希の反論に槙野も納得した。
そうなるとカラオケや図書館になるかと俺が考えていると、倖楓がまた提案をする。
「ゆーくんの部屋でやろうよ!」
「「それだ!」」
倖楓の提案に、明希と槙野が一斉に賛同した。
いきなりで俺は少し拒否感が出たが、一番現実的な案だったので受け入れることにした。
「わかった、いいよ」
「こういう時に1人暮らしの人間は便利よねー」
「人を便利ツール扱いするなよ…」
「そういえば、まだ悠斗の部屋行ったことなかったし丁度良かったな」
4人だけの時間も今では希少になっているので、そういう機会は取れる時に取っておこうと俺は考えていた。
「じゃあ決まり!明日の午前中から、ゆーくんの部屋ね!」
「「「はーい」」」
こうして休日の勉強会が決まった。
翌朝。俺はまだベッドで眠っていた。
「ゆーくん、起きないと2人を迎えに行けないよ?」
気のせいだろうか、1人暮らしの部屋で誰かから起こされている気がする。まさかな。
目覚めかけた意識を、俺は再び鎮める。
すると、耳元に何か近付いてきた気配を感じた。
「起きないと、写真撮って香菜ちゃんと久木くんに送っちゃうから」
あまりの声の近さと、とんでもない脅しに俺は跳び起きた。
「なんて恐ろしいこと考えるんだ!」
「起きないゆーくんが悪いと思う」
倖楓が呆れたように言う。
そして、目が覚めて脳が正常に活動し始め、真っ先に抱かなければならない疑問に俺は行きつく。
「ていうかサチ!なんで俺の部屋にいるんだよ!」
「インターホン鳴らしたけど、ゆーくん出てこないんだもん」
「そりゃ寝てるに決まってる!今何時だと思ってんの!?」
そう言って俺がスマホで時間を確認すると、7時と表示された。
今が7時ということは、倖楓は6時台にインターホンを鳴らしたはずだ。
「ほら見ろ、7時だ!迎えに行く待ち合わせは10時!どう考えてもまだ寝れる!」
「休みだからって、そういうのは良くないと思います!」
「休みだからこその起床時間もあると思う。それに今日は勉強するんだから…」
俺が抗議を続けると、倖楓の顔がどんどん不機嫌になっていく。
「だって!それじゃあ、ゆーくんと朝ごはん食べる時間無くなっちゃうじゃない!」
たしかに俺は、倖楓に一緒に朝ごはんを食べることを了承した。したのだが…。
「サチ。俺はたしかに一緒に食べるのを受け入れた。でも、たまにならって言ったんだ。…お前、あれから毎日来てるだろ!」
―――そう、ゴールデンウィ―クの看病で朝ごはんの話をしてから今日まで約2週間、毎日俺の部屋で朝ごはんを作って食べている。
俺も嫌ではないのだが、さすがに勝手に部屋に上がってくるとなると話は変わってくる。しっかりとした線引きは大事だ。
「でも、ゆーくん今まで怒らなかったでしょ!」
倖楓がベッドに手をついて拗ねたように反論してきた。
「あのな、朝から追い返すのにも―――」
俺が言い返そうとすると、視界に見てはいけないものが入り込んでいた。
倖楓の服装が部屋着なのもあって首元が緩く、倖楓が屈んでいるこの状況では胸元がよく見えてしまっている。
俺は、咄嗟に顔を逸らしてやり過ごそうとする。
すると、倖楓が怪訝な声で俺の名前を呼ぶ。
「ゆーくん?」
やがて短い間が生まれ、倖楓が近付いて来るのがわかった。
絶対に今、倖楓の顔を見ちゃいけない。ロクなことにならないと俺の経験則が言っている。
しかし、それも悪手だった。
「…ねぇ、見た?」
倖楓が俺の耳元で囁く。
ゴールデンウィークに囁くことを覚えてから、頻繁に使ってくるようになっていた。心臓に悪いので本当に勘弁してほしい。
俺は、とにかく誤魔化すように答える。
「…何が?」
そんな苦し紛れの抵抗も、倖楓の前では意味を成さない。
「今日ね、一緒に買った時の着けてるんだよ?」
そう言われた瞬間、意識しないようにしているのに良くない光景が頭に浮かんでしまった。
「今、想像したでしょ?…ゆーくん、やーらしー」
オーバーキルのカウンター。
ダメだ。完全にキャパオーバーだ。
俺はベッドに倒れ込んで、顔を布団に埋めた。
「さっ!朝ごはん作らなきゃ!」
満足そうな声を出して、倖楓が寝室から出て行く。
「今日、寝込もうかな…」
完全に燃え尽きた俺の言葉は、誰にも届かず布団に飲まれたのだった。
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