倖楓のストレス

「「「終わったー!」」」


 俺と明希と槙野の3人が同時に歓声を上げる。 同じような喜びの声が教室内のあちこちでも聞こえている。


 そう、ようやく高校最初の定期考査の日程が終了したのだ。


「少しは気が楽になったねー」


 そんな俺達3人を見て、倖楓が安心した声を出した。なんだかんだ言って倖楓も気負っていたのだろう。


「今日家に帰ったらグッスリだろうな…」


 俺が一気に脱力すると、それを見た倖楓が笑う。


「ゆーくん、目のクマがすごいもんね」


 一夜漬けというわけではないが、やはりテスト直前になると入念に勉強してしまう。どうせ寝ようとしても不安で寝れないだろうから、それなら勉強で寝不足の方が良いと思う。


「じゃあ、悠斗は真っ直ぐ帰るのか?」


 明希の言葉に俺が考え込むと、突然声をかけられる。


「あのさ!この後、この4人とカラオケで打ち上げしようってなってるんだけど、遊佐さん達4人も一緒にどう?」


 声の方向に顔を向けると、関本が男子1人と女子2人を引き連れて立っていた。


 俺は、どうするのか意見を求めて、倖楓達の顔を見る。


「あたしは他の3人が良ければ」

「俺も、悠斗と遊佐さんが行くならかな」

「えっと…、ユウが行くなら…」


 最終判断が俺に回って来てしまった。先に言えば良かった。

 見た所、明希と槙野は関本がいることで倖楓に気を使っているようだ。倖楓は他に3人も引き連れてることで断りにくく感じているらしい。


 どう答えるか考えながら関本の顔を見ると、俺を見る目が鋭かった。たぶん、「来い」って圧だろうな。


 どうしたものかと頭を悩ませていると、関本の後ろにいた女子が前に出てきた。


「水本君も行こうよ!絶対楽しいよ!」


 たしか、名前は千草ちぐささん。ショートカットで、元気が一番って感じの女子だ。


「せっかくのテスト明けだし、ダメかな?」

「水本達と遊んだことないし、いい機会だと思うんだよ」


 ポニーテールが特徴の永野ながのさんと、少し髪の色が明るい男子の田島たじまも、千草さんの言葉に続いて歓迎のムードを出してきた。


 ここまで言われて断るのは良くないか。


「疲れてるから、1時間だけでも良ければ行かせてもらおうかな」

「って水本は言ってるけど、遊佐さん達はそれでいい?」


 俺の言葉に続いて倖楓達に話す関本の顔は、別人かと思うほどの笑顔だった。俺にもその顔で対応してもらいたい。


「…ユウがそう言うなら」

「あたしは意義なし」

「俺もかな」


 倖楓が少し遅れて返事をしたのに続いて、明希と槙野が同意したことで、8人で打ち上げをすることに決まった。




 カラオケ店に着いて通されたのは、8人で入っても余裕のある大部屋だった。


「いやー、広い部屋空いてて良かったな!」

「だな!やっぱ関本持ってるわ!」


 部屋に入るなり、関本と田島がテンション高いやりとりをする。2人は軽音部で一緒らしい。だから2人とも髪染めたのかと、偏見かもしれないが納得してしまった。


 俺達はL字に設置されたソファに男女で分かれて座る。


「じゃあ最初の1曲は誰が歌う?」

「俺が誘ったし、俺から入れようかな」


 田島の呼びかけに、関本がすぐ答えた。


 まあ、筋は通ってるし軽音部だし、歌には自信があるのだろう。これも偏見かもしれないけど。


 それから関本から時計回りに歌う順番を回すことになり、打ち上げのカラオケがスタートした。




 20分くらい経ってから関本が提案をしてきた。


「席替えしない?」

「良いね!」

「うん、わたしも賛成!」

「うちも!」


 田島、千草さん、永野さんの順で、賛成の声が続く。

 それならということで、俺達4人も同意。


「1~8の数字を書いた紙を用意して、元々の4人グループで奇数と偶数で分けて1人1枚引く。後は、数字順にソファに座るっていうルールでどう?」


 関本がすらすらと説明する。

 まあ、普段と違うグループと交流するのが目的なのだから、理にかなってると言える。

 倖楓達と集まって紙を引くと、俺の数字は7だった。


 いざ席替えをすると、倖楓は1番だったらしく、最初に座った。しかし、次が問題で2番は関本だった。


「よろしくね、遊佐さん!」

「あ、はい…」


 かなりまずい席替えになったのが、最初からわかってしまった。しかも、フォローをしようにも俺の数字が後ろ過ぎて、俺達のグループの中で一番遠い。頼みの綱であった槙野も5番だったので距離がある。一番近い明希では、倖楓のフォローは少し難しいだろう。


 俺がなんとも言えない顔をしていると、両隣から話しかけられる。


「水本君、よろしくね!」

「うち、水本くんとちゃんと話してみたかったんだよね!」

「そ、そっか、よろしく」


 千草さんと永野さんのテンションが、今の俺とは温度差がありすぎて言葉に詰まってしまう。


 席替えも終わり、カラオケがまた再開される。


 両隣と話しながら倖楓の様子を見ていると、時間が経つほどに倖楓の顔が沈んでいくのがわかった。

 どうにかしようと考えると、テーブルに置いてある自分のコップに目が留まった。

 俺は残り少しだった中身を飲み干して、ソファから立ち上がる。


「サチもコップの中身少なくなってるけど、何か持ってこようか?」


 とにかく一度、関本との会話の流れを切りたいという一心での行動だった。

 声をかけられた倖楓の顔が一気に明るくなった。


「あ、えっと、私も一緒に行く!」

「そう?なら他の人のも2人で持って行くか」

「そうだね!」


 俺と倖楓は、他にも飲み物を入れたい人のコップを預かって部屋を出る。関本の顔が不満そうだったが、全く気にしない。




「ゆーくん、ありがとう」


 廊下を歩いていると倖楓に感謝をされる。

 俺の考えはバレバレだったらしい。なんか恥ずかしくなってきた。


「…なにが?」

「ふふっ、なんでもない!」


 倖楓が楽しそうに笑うので、俺はさらに恥ずかしさを感じてしまう。


 ドリンクバーに到着した俺は、グラスに飲み物を注ぎながら、次の手を考える。このまま戻っても、状況が元に戻ってしまう。




 飲み物を補充して部屋に戻った俺はすぐに作戦を決行した。


「また席替えしない?」

「まだ早いだろ」


 俺の提案を、関本がすぐ拒否してきた。


「でも、もう部屋の時間も30分切ってるだろ?端の席の人は、近くで話せる人も限られるし、いいだろ?」

「…まぁ、たしかに」


 それらしい正論を並べて関本を納得させたことで、全員が俺の意見に乗ってくれた。どうにか状況を改善出来て、一安心だ。


 その後も席替えを行ったが、倖楓と関本の席が近かったのは、最初の1回だけだった。




「楽しかったねー!」


 カラオケ店の外に出ると同時に、千草さんの満足そうな感想が響く。


「この後、ファミレス行こうと思うけど、どうする?」


 関本の呼びかけに、俺は倖楓の顔を見る。すると、俺の背に隠れて小さく首を振った。


「俺は最初言ってた通り、疲れたから今日は帰るよ」

「私も疲れてしまったので、今日は帰らせてもらいます」


 倖楓は、関本に対して敬語が抜けない。やっぱりかなり苦手らしい。


「俺と香菜も明日から朝練あるし、今日は早めに帰るわ」

「ごめんね、またね」


 ここで当初のグループで行先が分かれることになり、俺達4人は駅に向かって歩き出した。


「倖楓ちゃん、大丈夫だった?」

「うん、途中でゆーくんが助けてくれたし」


 関本達のグループが見えなくなったところで、槙野が心配そうな声を上げた。


「あれは悠斗のファインプレーだったな」

「そうね。なんだかんだ言って、倖楓ちゃんのこと放っておけない性質たちなのね」

「ゆーくん、私のことずっと気にしてくれてたもんね?」


 俺としては恥ずかしいと思っているのに、掘り返すのは勘弁してほしい。


「対角線上に見えてたし、視界に入ってるのに無視するなんて誰も出来ないでしょ」

「悠斗、ちょっと苦しくないか?」

「素直じゃないわねー」

「そこも、ゆーくんの良い所だと私は思ってます!」


 なんかこの感じも久しぶりだな。いや、全然無くていいけど。


「それにしても、関本のしつこさにはそろそろ限界ね」

「うん…」

「でも、どうやって止めるんだ?遊佐さんが、あなたと関わりを深く持つつもりはありません、なんて言えないだろ?」


 明希の意見はもっともだ。


「1回は一緒に遊んだんだし、しばらく断っても角は立ちにくいんじゃないかな」

「うん、そうだね…」


 俺の予想に、倖楓は小さく返事をしただけだった。


 その顔はまた沈んでいて、少しでも負担が減ってくれればと思わずにはいられなかった。




 翌日の昼休み。クラスメイトも各々席を立ち、誰かと教室を出たり、机や椅子を動かして昼食を食べる準備を始めていた。


 俺もバッグから弁当箱を取り出して、どこで食べるかを考え始めた。いつもその日の気分や状況で決めている。中庭のベンチは使用する人も増えてきたので、今はたまにしか使っていない。最近は、屋上へ出る扉のある踊り場で食べるのがお気に入りだ。何が良いかと聞かれたら、静かであること。これが何よりも大きい。うちの学校は、屋上が解放されていないので誰も近づかない。わざわざ人気のない場所を探す人もいないからか、今まで誰かと遭遇したことはない。


 結局、俺は他に候補が思いつかず、屋上の踊り場を選択して席を立つ。


「ゆーくん、お昼行こ!」


 俺の横には、すでに弁当箱を持って移動の準備が万端の倖楓が立っていた。


 最近では、倖楓を昼食に誘うクラスメイトは全くいなくなっていた。俺は初め、倖楓が断り続けたことで、クラスメイトと溝が出来てしまったのかと危惧したが、授業間の休み時間などは普通に会話をしているのを見て、一安心した。


 それにしても、すっかり倖楓と一緒に教室を出ることに抵抗感が無くなっていて、俺も変わったなと内心で笑ってしまう。―――いや、戻ったと言うべきなのかもしれないな。


「最近使ってるとこでいい?」

「いいよ!ゆーくん、あそこお気に入りだね」


 そう言ってる倖楓も嬉しそうな様子だ。たぶん、倖楓も気に入ってくれてるのだと思う。基本的に俺がどこを選んでも不満を出さないのだが、最近は倖楓から踊り場を提案してくることも多い。


「じゃあ行くか」

「うん」


 俺と倖楓が目的地に向かおうとしたその時――――、


「遊佐さん!」


 ―――背後から倖楓が声をかけられた。


 昨日の放課後とよく似た状況。そして同じ声。


 振り返ると、予想に違わず関本が立っていて、引き連れているメンバーも全く同じだった。


「なんですか?関本君」


 少し困ったような、それでいて冷たさを感じる声で返事をする倖楓。


 これほどわかりやすく距離を感じる接し方をされているのに、関本は変わらぬトーンで話を続ける。


「お昼、俺達と一緒に食べない?昨日で少しは仲良くなったと思うし!」


 まあ、内容はわかりきっていたので驚かないが、完全に昨日ので味を占めたと言ったところだろうか。


 ただ昨日と違うのは、倖楓個人を誘ったという点。昼食の場を完全に自分のペースに持って行くためだろうか。

 しかし、昨日は俺も含まれた4人で誘われたから倖楓が勝手に断れなかっただけで、個人の場合なら断るのは簡単なはず。


 ―――俺が横を見るのと同時に倖楓が一歩前に出た。


「ユウと元々約束があるので、ごめんなさい」


 その言葉に関本の後ろの3人が残念そうな顔をする。これでとりあえず乗り切ったかと思ったが――――関本だけは諦めていなかった。


「じゃあ、次はいつなら空いてるの?」

「わ、私はそもそも大勢で食べるのが苦手なので…」


 倖楓も、ここまで折れない相手は珍しいのだろう。押され始めていた。

 関本もそれを感じているのか、まだまだ止まらない。


「じゃあ俺と2人でいいからさ!」


 ここまで来ると図々しいを超えてウザすぎる。


 倖楓もそろそろ限界なのか、力が入って肩が上がってきている。


 ―――さすがに、もう見ていられない。


 俺は倖楓の肩に手を置き、


「ごめん、その話また今度にしてくれない?」


 申し訳なさそうな顔を作りながら、会話の流れを切る。


 倖楓の肩に置かれた手に伝わる力みが落ち着くのを感じる。俺は少しだけ安心した。


 一方、俺の横やりが不快ったのだろう、関本が露骨にイラついた顔をしている。別に今に始まったことではないので気にならないが。


「なんでそんなことをお前に言われなきゃいけないんだよ」


 こいつは倖楓の話を聞いていたのだろうかと疑いたくなる。


 俺が内心で呆れていると、後ろの3人が目に入る。すごく申し訳なさそうな顔をしていて、田島なんて手を合わせて謝っている。どうやら関本だけがヒートアップしているらしい。


 …とりあえず、関本が異論を唱えられない理由を言ってこの場を去ろう。


「さっきサチが約束があるって言ってただろ?2年の先輩から呼ばれてるんだよ。だから、あまり待たせられない」


 先輩を出せば、少しは頭も冷えて落ち着くだろうと考えての発言だった。関本の顔が少し落ち着いたように見える。


「…わかった」


 これでも引いてくれなかったら、どうしようかと思ってたので一安心。


 ―――終わったと思って倖楓を見ると、今度はこっちが不満そうな顔をしていた。全く意味がわからない。さっきまで、明らかに困っていたはずなのにどうしたというのか。


「それじゃあ、私達行きますね」


 倖楓が関本達にそう言うと、強引に俺の腕を取って教室を後にした。

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