”幼馴染”の顔合わせ
―――今から数時間前に遡る。
ケーキを買って帰宅し、俺はすぐに外出の確認を家族にした。
「―――てことなんだけど、良い?」
まず両親の顔色を窺うと、悪くない印象だった。
しかし、みんな苦笑いしていた。
「えっとー、母さんは悠斗に任せようかなって」
「父さんも関知しないことにする」
「私とおじいちゃんも悠斗君に任せるね」
了承は得られたのは良いが、どうも腑に落ちない。
すると、姉ちゃんがテーブルに頬杖をつきながらため息をついた。
「はぁー。あんたって子は、ほんっとに…」
「え、なに?」
俺が疑問を口にすると、肩に強い衝撃を受ける。
そこには倖楓の手が置かれていた。
その手は次第に、ミシミシと音を立てるかのように肩を掴む力が増していった。
「さ、サチ?肩がすごく痛いんだけど…」
俺がそう言うと、倖楓の顔が怖いくらい優しい笑顔になった。
「ゆーくん、ちょっとこっちでお話しよっか♪」
倖楓はそう言うと、同時に俺の首根っこを掴んだ。
「いや、ちょっと待った!」
「やだっ、待たない♪」
これは何を言っても聞いてくれそうにない。
何をされるか、わかったもんじゃない!
慌てて家族に助けを求める。
「死ぬ!たぶん死ぬから!助けて!」
しかし、誰1人として目を合わせてくれない…。
「健一、血は争えないものだな…」
「親父、悠斗は間違いなく水本家の血を継いでるよ…」
男性陣は遠い目をしている。
この状況のどこを見たら血のつながりを感じるのか、わけがわからない…。
「あなた、何か言った?」
「おじーさんも、何か言いたいんですか?」
「「いえ、何でもありません…」」
妻2名の笑顔を向けられた夫2名が、声を揃えて首を横に振る。
ダメだ、大人は役に立ちそうにない…。
ならばと姉ちゃんの方を見るが、ケーキに舌鼓を打っていてこっちに興味が全く無いという様子だ。
「ゆーくん、いつまでも駄々こねてると…」
「え、なに!?そこで止められると怖いんだけど!」
「じゃあ大人しくしててね♪」
倖楓が再び手に力を入れて、俺を引っ張ってリビングを出ようとする。
俺はそれに大人しく従うしかなかった…。
連れて行かれたのは、俺と倖楓の部屋。
倖楓は出入り口を塞ぐように立ち、俺はその前で正座をさせられている。
「えっとー、サチ?」
とりあえず状況の整理をするために倖楓に声をかけた。
「なあに?私に隠れて別の“幼馴染”と密会しようとしてる、ゆーくん♪」
笑顔や声のトーンは変わらないのに怒りが伝わってくる。
「密会なんて人聞きの悪い言い方をするなって、そもそも家族にも話してるし秘密じゃないし…」
「言い訳は聞きたくありません!」
言い訳じゃなくて事実なのに…。
「そもそも、いつ連絡先をもらったの?ケーキ食べてる時には連絡先も知らないって言ってたよね?嘘だったの?」
倖楓から笑顔が消える。
どうやら、嘘をついてると思っているからここまで怒っているらしい。
「待った、それは嘘じゃない。その後にトレイを片付けに行っただろ?」
「うん」
「その時に渡されたんだよ」
俺の説明を聞いた倖楓はため息をついた。
「はぁー。…わかった、信じてあげる」
納得してくれたらしい。とりあえず、命の心配はしなくて良さそうだ。
「じゃあ、もう良い?」
「それとこれとは話が別だよ!」
「別なの!?」
あまりの衝撃に大声を出してしまった。
そうなると、もう何を怒っているのかわからない。
こういうのは素直に聞いてしまった方がお互いの為だろうと考えた俺は、倖楓に尋ねる。
「ごめん。サチが何に怒ってるのか、わからないんだ。教えてくれないかな?」
倖楓は腕を組んで考え込む。
やがて、小さく呟いた。
「私も連れてって」
「え?」
俺が聞き返すと、今度はよく聞こえるボリュームで倖楓が叫んだ。
「だから、私も連れて行ってって言ったの!」
こうして倖楓の同行が決定したのだった。
―――そして、現在に至る。
「どうしてもついて来るって聞かなくて…」
俺はレンに対して申し訳ない気持ちを伝える。
すると、ここに来るまでずっと俺の手を握って離さない倖楓の手の握力が強くなる。
「なんで嫌そうなの…」
「そういうわけじゃ…」
俺は、また不機嫌になりかけている倖楓を鎮めるために笑顔で答えた。
すると、レンが倖楓の方へ体を向ける。
「お店にいた時は、悠斗しか目に入らなくてごめんなさい!悠斗から聞いてるかもしれませんけど、私が“幼馴染”の月山香蓮です」
レンも倖楓と同じように、久しぶりに会った俺でもわかるビジネススマイルをしていた。
さっきの倖楓もだったが、やけに“幼馴染”を強調して言っていた気がする。
挨拶をすると同時に、レンが倖楓に手を差し出す。
それを見た倖楓は俺の左手から右手を離し、握手を交わした。
一見、平和そうに見えるが、2人とも笑顔の目元がピクピクしている。
真夏なのに、夜だからか寒気を感じる…。
いつまでもお互いに見合って動かない倖楓とレンをどうにかするために、俺は話を切り変える。
「ここでいつまでも立ってるのもあれだし、とりあえず座らない…?」
俺の言葉に、2人がやっと手を離す。
「近くにファミレスあるけど、そこはどう?ここだと蚊とか気になるし」
「たしかに、そうしようか?」
「うん」
レンの提案に俺と倖楓が賛成し、俺達はレンに案内してもらいながらファミレスを目指して歩き出した。
―――のだが…。
「あのさ、この道を3人で歩くのは幅取るし、狭くない?」
俺達は今、歩道を3人並んで歩いている。
住宅街の道だ、そこまで広くないので自転車が来るだけでも邪魔になるだろう。
ていうか、前にもこんなこと言ったような気がする…。
「それなら私と悠斗が前を歩こうよ、久しぶりだから話したい事沢山あるし」
「ゆーくんの定位置は私の隣だからダメです!それに、それを話す為にファミレスに行くんですよね?」
「悠斗と私なら、それくらいの時間じゃ足りないほど話すことがあるんで心配いらないですよ」
「とにかく!ダメったらダメです!」
「ただの駄々っ子じゃないですか!ていうか、“定位置”とか、重すぎません?」
「はい!?全然、重くないですけど!?それを言うならバイト中に連絡先渡すとか、そっちの方が重いと思います」
「はぁ!?」
どんどん話すスピードもボリュームも上がっていく。
「…ここが住宅街ってこと忘れてないか?」
俺が真面目なトーンで言うと、2人がハッとした顔になる。
「「ごめんなさい」」
一応2人とも反省したようだが、まだ互いを睨み合っている。
「サチとレンが前、俺が後ろ。異論は認めない」
「「はーい」」
俺が方針を決めると、素直に従ってくれた。
しかし、前を歩く2人の雰囲気は最悪だった。
少し歩いてはお互いを見合って、
「「ふんっ」」
と、そっぽを向く。
どうして仲良く出来ないのか…。
こうして2人の“幼馴染”の顔合わせは、最悪のスタートから始まってしまったのだった。
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