思わぬ再会?

 ―――月山香蓮。

 俺がレンと呼ぶその子とは、祖父母の家から近くにある小さな公園で初めて出会った。

 きっかけは正直、よく覚えていない。

 でも、すぐに仲良くなって、帰省している間はほぼ毎日会って遊んでいた。


 それも3年目の夏を迎えたある日、レンから突然の別れを告げられる。


「引っ越すことになったんだ」

「え?」


 俺は最初、レンの言葉を上手く理解出来なかった。

 その当時は、周りで転校や引っ越しをする同級生がいなかったからだ。


 だから、俺は自分の知っている引っ越しの認識をレンに確認した。


「それって、どこか遠くに行くの?」


 俺がそう言うと、レンは少し困ったような顔をする。


「うん、そう。ここからずっと遠くに行くんだ」

「そうなんだ…」


 俺の中にはそれを認めたくないという気持ちがあったが、それを言ったところで何も変わらないことは、さすがに理解できた。

 だから、受け入れる事しか出来なかった。


「もう、会えないの…?」

「うん、たぶん無理だってお父さんが言ってた」

「そっか…」


 俺が落ち込んでいるのを見たからなのか、レンは笑顔を作る。


「寂しくなるけど、泣いたりしたらダメだよ?」


 からかうように言うレン。


 本当は泣きそうだった。

 だけど、俺は強がった。


「泣かないよ!」

「そっか。…わたし、向こうでもいっぱい友達作るから、心配しないでいいよ!」


 そう言うレンの声は少し震えていた。

 それをレン自身も自覚したのか、すぐに言葉を続けた。


「じゃあ、もう帰らないと!…バイバイ!」


 最後まで笑顔でいようとするレンに負けじと、俺も笑顔で返す。


「うん、バイバイ!」


 俺達はお互いが見えなくなるまで、手を振り合って別れた。






 そして、現在―――。

 あんな風に別れて、もう戻らないと言っていたレンが目の前にいた。


「えっと、今更だけどカフェオレ持って来てくれたってことは、ここでバイトしてるの?」

「うん、そうだよ」


 昔、レンが住んでいた地域でバイトをしている。

 それが意味することはつまり―――、


「戻ってきってこと?」

「今年の春からね」


 少し恥ずかしそうにレンが笑う。

 こうして少ない会話をするだけでも、レンの面影を感じる。


「そっか、元気そうで良かった」

「悠斗もね」


 俺達はお互いに笑顔で再会を喜び合う。


 すると―――、


「ん゛っん゛っ」


 なんともわざとらしい咳払いが、俺の前の席から聞こえてきた。

 そこには、ものすごく不機嫌な顔をした倖楓。


 そんな倖楓を見てレンも仕事中なのを思い出したのか、接客の口調に戻った。


「失礼しました!改めまして、カフェオレです」


 俺と倖楓の前にグラスを置くと、レンが申し訳なさそうな顔をする。


「彼女さんとの時間を邪魔してごめんね」

「あ、いや…。彼女ではないから…」

「あ、そうなの?それでも、やっぱり邪魔してごめんね、仕事戻る。ごゆっくりどうぞ」


 丁寧にお辞儀をして、レンが下がった。


 改めて前方に顔を向けると、そこにはやっぱり不機嫌な倖楓の顔があった。


「えっとー、カフェオレ来たし、食べようか…?」


 恐る恐る、倖楓に尋ねる。

 しかし、倖楓は腕を組んで俺に無言の圧をかけるのをやめない。


 こういう機嫌の悪さは前にもあった気がする。

 一先ず、物で釣ってみよう。


「あー、ケーキもう1個食べる?もちろん、俺が出すから…」


 俺は、なんとか笑顔を作って倖楓のご機嫌を窺う。


「…ロールケーキ」


 一応、釣れた。

 でも、はじめにマンゴーのケーキを置いた時のように機嫌が戻りそうな予兆もない。


 俺がまだ倖楓の機嫌を窺うようにしていると、倖楓の目が鋭くなり、ケーキの注文カウンターを指差した。『早く行け』ということだろう…。


「すぐ行きます!」


 待たせた倖楓の機嫌がさらに悪くならないように、急いでロールケーキを注文しに行き、受け取って席に戻る。


 皿を持って席に向かって歩いていると、倖楓が目線だけチラチラとこっちに向けていた。


 丁寧にロールケーキの乗った皿を倖楓の前に置いてから、自分の席に座った。


「先に食べてても良かったのに」


 俺がそう言うと、倖楓が頬を膨らませて怒った。


「一緒に来てるんだから、そんなのいやっ!」

「…ごめんなさい」


 座ったままではあるが、倖楓に頭を下げて謝る。


 ゆっくり顔を上げつつ倖楓の様子を見ると、まだ倖楓の鋭い視線が俺に向けられていた。


「で?」


 と、すごく冷たいトーンで倖楓が発した。

 まるで茉梨奈さんみたいな冷たさだ…。


 どうやら、お嬢様は説明をご所望らしい。

 とは言っても、あまり語ることもないので、簡単に説明を済ませた。


「―――て感じ。それ以来会えなくなって、まさに今、再会したんだよ」

「ほんとにそれだけ…?」


 そんな風に疑いの目を向けられても、本当にこれ以上何もない。

 そもそも、何を疑っているのかわからない。


「ていうか、サチにも話したことあると思うんだよなぁ…」


 たぶん、夏休みに何があったとか、何をしたとか、日常会話の中でレンのことを言ったような記憶がある。


「えー、そんなこと…。あったような…?」


 倖楓もハッキリ思い出せないらしい。

 まあ、体験した本人も今日まで忘れていたのだから責められない。


「とにかく、これで全部だけど、満足した?」

「…今は許してあげる」


 口ではそう言ってるが、顔に『納得できません』って書いてある。

 ていうか、“今は”ってなんだ。後が怖い…。


 俺の不安を余所に、ケーキを食べる倖楓の顔が幸せそうだったので、「まあいいか」という気持ちにさせられる。




「美味しかったぁー」


 食べる前の不機嫌なお嬢様はどこへやら。すっかり満足そうな倖楓。


「それは良かった…」


 俺は疲労感を隠せずにそう言った。

 なにせ、また例によって“あーん”を強要され、いつもと違って有無を言わさないという圧があったので、少しの抵抗も出来なかった。

 周りの人からの視線が辛かった…。


「じゃあ、みんなのケーキ買って帰ろっ」


 倖楓は上機嫌で席を立つ。


「俺がトレイ片付けとくから、先にケーキ見てて」

「わかった!」


 俺はテーブルの皿などをトレイにまとめて持ち、返却口に持って行く。


 すると、突然声をかけられた。


「ありがとうございます。そちら、お預かりしますね」


 声の方向を見ると、そこにはレンが立っていた。


「え、あ、どうも」


 ただでさえ久しぶりに会って接し方がわからないのに、店員という立場も混ざって、言葉に詰まってしまった。


 俺は素直にトレイをレンに渡す。


 すると、レンがトレイを台に置いて、ポケットから小さく折りたたまれた紙を渡してきた。


「これ、私の連絡先」

「え?」


 俺が戸惑うと、レンが俺の手を取って連絡先の書かれた紙を握らせる。


「せっかくまた会えたんだから、連絡先くらい知りたいでしょ?」

「ああ、たしかに」


 そう言われて納得した俺は、手に握った紙を財布の中にしまった。


「あと、私のバイト19時までなんだけど、いつも遊んでた公園で会わない?」


 突然の誘いに驚いたが、すぐにどう返事をするか考える。


「俺は良いけど、一応帰省中だから、家族に確認取らないとわかんないな」

「そうだよね。じゃあ、わかったらメッセージ送ってね」


 レンが連絡先の入った財布を指差して言う。


「了解」

「ちゃんと連絡してよ?しなかったら家まで押し掛けるから」


 と、レンが悪戯っぽく笑う。


「わかった、わかった」


 そんなことするのは倖楓だけでお腹いっぱいだ…。


「じゃあ、後で」


 俺はそう言ってその場を離れ、倖楓の待つケーキ屋のカウンターへ向かった。






 帰宅後、意外とあっさり家族から了承を得た俺は懐かしい公園に来ていた。

 すると、入り口から小走りで寄ってくる人影が見えた。


「ごめーん!お待たせ!」


 レンが少し息を切らせながら手を合わせて謝ってきた。


「いや、そんなに待ってないから気にしなくて良いよ」


 俺がそう言って迎えると、レンが顔を上げる。


「ところで…」


 と、俺に向けていた視線をずらした。


 そこには――――


「カフェでも会いましたけど、はじめまして!ゆーくんの“幼馴染”の遊佐倖楓です」


 ものすごいビジネススマイルの倖楓がついて来ていた。

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