“幼馴染”

 倖楓と部屋割りで少し揉めた(?)後、1階へ下りた俺は昼食の時間を迎えていた。


「はい、ゆーくん。からあげ」

「…ありがと」


 倖楓がテーブルに大皿で並べられたおかずを俺の取り皿に乗せて、目の前に置いてくれる。

 不思議なことに、さっきから俺の次に取ろうと思っているおかずを正確に当てて、タイミングも完璧に取ってくれる。

 倖楓と一緒にご飯を食べるようになってから、今まで大皿でおかずを取り分けるような形式をした事はなかったので、初めての事に俺は少し戸惑っていた。


 正直、エスパーみたいでちょっと怖い…。


「はい、お水」

「あ、うん…」


 たしかにコップの水が減っていたので、これは偶然だと思う。

 たとえ丁度、水を飲もうと思ったタイミングだったとしても、偶然のはずだ、うん。


 とは言っても、常に何かしら世話を焼かれるのも落ち着かない。


「あの、サチ?」

「ん?どうかしたの?」

「べつに俺の事は気にしないで、食べてていいよ?」

「ゆーくんのお世話は息をするみたいなものだから、気にしないでいいのっ」


 止めたら死ぬのか。

 いや、冗談だろう。…冗談だよな?

 そんな恐ろしい思考に至った頭を振って、倖楓が注いでくれた水を飲もうとする。


 すると、家族の視線が俺達に集まっていることに気が付いた。


「え、なに…?」


 俺が恐る恐る尋ねると同時に、各々が視線を離して食事に戻った。


「私たちにも、あんな頃がありましたねぇ」

「懐かしいなぁ…」


 祖父母が自分達の思い出を振り返ってる中、両親は、


「あなた、高校生の息子に夫婦力で負けてるってどう思う?」

「奈々、それは口に出すともっと辛くなるから止めよう…」


 2人揃って落ち込んでいた。


「はぁー、なんで食べ物以外でお腹いっぱいにならないといけないのかしら…」


 姉は1人、天を仰いでいる。


 …おかしい、さっきまで普通の食卓だったはずなのに。

 そもそも夫婦力ってなんだ、そんなものを鍛えた覚えは一度もない。


 ふと気になって倖楓を見たが、1人で気にせず食べていた。

 俺の視線に気が付いたのかチラッと俺を見ると、すぐに目線が下に行った。


 すると俺の小皿を手に取り、ポテトサラダを盛って俺の目の前に戻した。


「野菜もちゃんと食べなきゃダメだよ?」

「あ、はい」


 俺が返事をすると、倖楓はすぐに自分の食事に戻った。

 

 それを見習って、俺も気にせずお昼を食べるのだった。




 昼食を終えてテーブルの片付けが進む中、俺と倖楓は祖父母と会話をしていた。

 初めは倖楓も片付けを手伝う気だったのだが、「祖父母の相手をしてほしい」と母さんと姉ちゃんに頼まれたので引き受けることにしたようだ。


「そうかそうか、悠斗はクラス委員を務めてるか」

「倖楓ちゃんと一緒にだなんて、2人は何でも一緒なのねー」

「はい、いつでも一緒です!」


 さっきから会話の内容は俺の学校での様子だとか、一緒にどこに行っただとか、俺が倖楓に何をしてあげたなんて会話だった。

 正直、昨日お好み焼きの時の会話よりも恥ずかしい内容だ。

 父さんなんて、最初は一緒に話を聞いていたのに、早々に片付けの手伝いに行ってしまった。

 まあ、聞かれないで済むのはありがたいけど。


「あのさ、もしかしてこの場に俺必要無いんじゃない?サチが全部話してくれるし…」


 俺がそう言って席を立とうとすると、倖楓がものすごい力で俺のTシャツの裾を掴んで無理やり座らせられた。


「何言ってるの、ゆーくん。必要に決まってるんだから、ちゃんと座ってて」

「そうだよ。悠斗も一緒にいないと意味ないからね」

「悠斗君、女の子に任せてばっかりじゃダメよ?」


 またしても俺の味方はいないらしい…。


「はぁー、わかりました…」


 結局、俺に何か聞かれることはなく、ずっと倖楓が語り続けた。

 『必要』とは…。


 一通り聞いて満足したのか、祖父母は嬉しそうだ。


「いやー、それにしても悠斗が楽しそうで良かった!」

「そうですね、中学校の時はあまり学校のことは話してくれなかったですからねぇ」


 祖父母には小学校での出来事は伝わっていない。俺が話す気が無いのを、両親が尊重してくれているのかもしれない。


「あー、そうだったかもね」


 俺は誤魔化すように、笑顔を作る。


 すると倖楓がテーブルの下で俺の手を握り、そのまま祖父母に笑顔を向ける。


「大丈夫ですよ、これからはいっぱい楽しい話を聞けますから!」


 その自信はどこから来るのかと言いたいが、倖楓がそう言うとそんな気がしてくるから不思議だ。


「やっぱり、幼馴染というのは特別なんだね」

「と言うより、悠斗君にとって倖楓ちゃんが特別なだけですよ」

「お二人とも、そんな、照れます」


 たしかに特別だけど、他の人に改めて言われると気恥ずかしくなる…。

 というか、倖楓が照れるから5割増しで恥ずかしい。


 俺が気恥ずかしさに目線を泳がせていると、祖父が何か思い出したような顔をした。


「おー、そうだった。“幼馴染”と言えば、悠斗。香蓮かれんちゃん覚えてるかい?」

「かれんちゃん?」


 祖父が出した名前を復唱する俺。

 しかしピンと来ない。


 すると、祖母が続けて思い出すためのピースを提示してくれる。


「ほら、小学校の低学年の頃までこっちに来たときは遊んでたでしょう?月山さん家のレンちゃん」


 その呼び方で一気に思い出が蘇る。


「あー!レンか!」


 たしかに夏休みや正月に帰省する度に遊んでいた女の子がいた。

 女の子とは言っても、今思い出しても男勝りでショートカットだったから、そんな感じはしてなかった。


 なぜ今まで覚えていなかったかというと、小学校3年生の頃にこの辺りから引っ越してしまったらしく、それから連絡を取ることも会うことも無くなってしまったからだ。


 俺が懐かしんでいると、左手がどんどん締め付けられるような痛みを感じる。


 ―――それは、ずっと俺の手を握っていた倖楓の手の握力だった。


「へー。私、初めて聞いたなー」


 俺の方を見て顔は笑っているが、声が笑ってない。

 あと、手がものすごく痛い。


「あ、あのー、サチ?手が痛いなーって…」


 倖楓の機嫌を窺うように俺が言うと、ついに倖楓の感情が爆発した。


「私以外に“幼馴染”がいるなんて聞いてないよ!」


 俺に迫る勢いで倖楓の猛抗議が始まった。


 いや、当時なら倖楓に話したことがあったような気がするんだけどなぁ…。

 そう思いながら、とにかく倖楓を落ち着かせることに力を注ぐ。


「ほら、世間では小学校が同じだけでも“幼馴染”って言うらしいから、みんな幼馴染だらけだ」

「それはちゃんと仲良しの場合でしょ!」


 ダメだ、収まってくれそうにない。


 こういう時は…。


「よし、食休みに散歩行こうかな!」


 俺は勢いよく倖楓手から逃れて席を立った。


「あ!ゆーくん、逃げるな!」


 リビングから出るドアまであと一歩の所で捕まってしまった。


 万事休すかと思われたが、祖母がアシストをくれる。


「散歩するなら、最近近くにケーキが食べられるお店が出来たのよ。2人で行って来たらどう?」


 その言葉に俺と倖楓はお互いを見合う。

 今までの気持ちの整理がまだつかないのだろう、どうするか決まらない。


「あー、わたしの分帰りに買ってきて。何があるかはメッセージで教えて」

「あ、お母さんもお願い」

「じゃあ、父さんも」


 そんな家族のお願いもあって、やっと倖楓が口を開く。


「ケーキ食べながら、ちゃんと聞かせてもらうからね」

「…はい」


 俺にしか聞こえないトーンだった。

 圧がすごい…。


 俺と倖楓はすぐに仕度をして、噂のケーキのお店へ向かった。






 噂のお店まで、歩いて10分くらいだった。


 お盆の次期なだけあって、人がそこそこ多い。


 店内をよく見ると、注文するカウンターが2つ、手前と奥にあった。

 手前のカウンターはカフェの店員の格好をした人が立っていて、その周りにはコーヒーを入れるための道具や機械がたくさん並んでいるが、奥のカウンターの横にはケーキが並んだショーケースがあり、立っている店員さんの格好はケーキ屋の人だった。

 どうやら、ここは1つの空間に2つのお店が入っているようだ。


 とりあえず、飲み物の注文からすることにした。


「サチは何にする?」

「…ゆーくんと同じの」


 どうやら、まだご機嫌は良くないらしい。

 まあ、話すまではこの調子なのだろう。


 俺はアイスカフェオレを2つ頼んだ。

 出来上がったら席に持って来てくれるようで、番号札をテーブルに置いて、その間にケーキを選びに行くことにした。


「ケーキも同じの?」

「…この、マンゴーのケーキ」


 そこは違ったらしい。

 俺はプリンを選んで、注文をする。


 今度はカウンターでケーキの乗ったトレイを受け取ってから席に戻った。


「はい、これサチの」

「わぁ!ありが―――。…ありがとう」


 ケーキで上がったテンションも、一瞬で我に返ってしまった。

 今回はなかなか手強そうだ…。


「あとは飲み物待ちか」


 俺がそう呟くと、タイミング良く女性の店員さんが持って来てくれた。


「お待たせしました。こちらカフェオレお2つですねー」

「ありがとうございます」


 俺が店員さんの顔を見てお礼を言うと、店員さんのカフェオレの持つ手が止まった。


「あの、どうかしました…?」


 不審に思い、俺が尋ねると店員さんは数回瞬きをした。


 すると、


「…もしかして、悠斗?」

「え?」


 急に名前を当てられて困惑する俺。


「やっぱり悠斗だよね!?私だよ!」

「ごめんなさい、どちら様ですか…?」


 改めて店員さんの顔をよく見る。

 髪は薄い紫のようなピンクのようにも見える明るい髪色。

 左耳を出していて、主張が強くないピアスが良く似合っている。

 顔は美少年に見えなくもない中性的な顔だ。

 いや、これだけ見ても全然ピンと来ない。

 詐欺ってこんな感じなのだろうか…。


 俺がそんなことを考えていると、暫定詐欺師の店員さんが自ら名乗った。


「レンだよ、月山香蓮つきやま かれん!」


 あまりにもタイムリーな登場に、俺は思わず大声で驚く。


「…え!?レン!?」

「久しぶり!」


 ―――旧友の月山香蓮が、昔と変わらない笑顔で現れた。

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