幼馴染会?
険悪なムードの倖楓とレンにヒヤヒヤさせられながら、目的地のファミレスに到着した。
レンを先頭に、倖楓、俺の順番で入店するとすぐに店員さんが対応に来てくれた。
「いらっしゃいませ、3名様ですか?」
レンが後ろを振り返って、俺と倖楓を見てから不服そうな顔をする。
それから、すぐに店員さんに向き直った。
「残念ながら…」
「はい…?」
レンの返答に、店員さんは対応に困った顔をし、俺の目の前の倖楓は肩を震わせていて、顔を見なくても怒っているのがわかった。
俺は今にも暴れるんじゃないかと心配になる倖楓の両肩を押さえつつ、店員さんに改めて人数の返答をする。
「すみません、3人で大丈夫なので!」
俺が苦笑いでそう言うと、店員さんもようやくまともな返答が来た事に安心したのか、迎えてくれた時のように対応してくれた。
「あ、はい!こちらへどうぞ」
奥のボックス席に案内され、俺達は席に着いた。
店員さんが下がると、レンが最初に口を開く。
その顔は少し不満そうだ。
「少しも迷わずに遊佐さんの隣に座るんだ…」
今はテーブルを挟んで、俺と倖楓がレンと向かい合う形になっている。
倖楓と2人じゃない時は隣り合って座ることが、最近はすっかり当たり前になっていた。
だから、今も席に案内されてから座るのに何も考えずに倖楓の隣に座った。
それを素直にレンに言うのは少し恥ずかしかったので、それらしい理由で誤魔化すことにした。
「ほら、レンと喋りに来たわけだし、向かい合って座った方がいいかなって思ったんだよ」
俺がそう言うと、レンは少し唇を尖らせた。
「じゃあ、私が隣で話したいって言ったら、こっち来るの?」
「まあ、べつに―――」
「座ってからの席替えは認めません!」
倖楓が俺の言葉を遮った。
すると、レンが不服そうな声を上げる。
「どうして遊佐さんに決定権があるんですか!」
「決定権とかじゃないです、一般常識です」
「そんなわけないでしょ!」
また始まった…。
まだそこまで大きな声ではないが、放っておいたら店中に聞こえるほどの声量になるのは目に見えている。
俺は早めに2人を止めることにした。
「ストップ!その辺にしとかないと周りに迷惑がかかるし、俺も怒るからな?」
「「…ごめんなさい」」
2人揃って、申し訳なさそうに謝る。
こうやって一度は止まってくれるが、少ししたらまたすぐにヒートアップするに違いない。
釘を刺しておこう。
「まず、サチ」
俺が名前を呼ぶと、ビクついた。
怒られるとわかっているのだろう。
「次にレンと言い合いになったら、先に帰らせるからな」
「…うん」
さすがに俺が真面目に叱っているのがわかったのか、素直だ。
とはいえ、時間も遅いし倖楓にとっては慣れない場所だから、そういうわけにはいかないんだけども。
「次に、レン」
レンも倖楓と同じようにビクつく。
「今日の目的はレンと話すためだから帰れとは言わないし、元々2人の予定が変わって不満に感じるのも理解できるんだけど、あんまりサチに強く当たらないであげてほしい」
「…わかった」
レンもなんとか納得してくれたようだ。
俺は暗くなった空気を切り変えるようにメニューをテーブルの上に広げる。
「ほら、とりあえず注文しないと」
俺がそう言うと、2人はメニューに目を向けて考え始めた。
それからあまり悩むこともなく全員が注文する物を決めて、店員さんを呼び出して注文を終えた。
それからすぐに、俺は2人に尋ねる。
「ドリンクバー、何がいい?」
「ゆーくんが取って来てくれるの?」
「サチはいつも通り、オレンジジュースでいい?」
「うん、流石はゆーくん!」
「はいはい、レンは?」
俺が改めてレンに尋ねると、少し悩ましそうな顔をした。
「うーん…。悠斗と同じのがいいな」
悩んだわりに、予想外の答えが返ってきた。
「え、でも俺が何持って来るかわかるの?」
戸惑いながら尋ねると、レンは楽しそうに笑う。
「わかんないけど、同じでいい」
そんなレンの冒険心に軽く呆れつつも了承する。
俺はコーラを持って来るつもりだが、基本的にドリンクバーにあるし、特に気にせず頼むということは苦手ではないのだろう。
「持って来てから文句言っても知らないからなー」
「言わないって」
持って来る飲み物が決まり、俺がドリンクバーに向かおうとすると、倖楓が引き止めてきた。
「待って、ゆーくん」
「ん?」
「やっぱり、私もゆーくんと同じのにする!」
「珍しいな」
さすがに倖楓は俺がコーラを持って来るとわかっているはずだ。
倖楓がコーラを飲むところを見るのは高校に入ってから無かったような気がする。
「そういう気分になったの」
「まあ、いいけど」
俺は改めてドリンクバーへ向かい、グラスにコーラを注いで戻った。
それぞれの目の前にグラスを置いたところで、改めてレンから会話を始める。
「それにしても、本当に久しぶりだね」
「最後に会ったのが小3だから…、7年くらい?」
「もうそんなになるんだね。…まさか7年経って、噂の“さっちゃん”に会うことになるなんて思いもしなかったけど」
レンがため息交じりにそう言うと、倖楓がムッとした顔になる。
「私は“レン”なんて知り合いがいるなんて聞いた覚えはなかったんですけどね」
また倖楓とレンがお互いを睨み合う。
「ほら、そうやってすぐ睨み合わない」
俺が注意すると、2人はすぐに目を逸らした。
「悠斗は私のこと、遊佐さんに言わなかったんだね」
レンが意外そうに言う。
「いや、言ったことあったと思ってるんだけど…」
倖楓にレンの話をしたという自信はあるのだが、記憶が無いので言ったとハッキリと言えないのが申し訳なく思う。
「それなら遊佐さんが忘れてるだけってこと?」
レンが呆れたように言うと、倖楓が不満あり気な顔をする。
「私は月山さんに会った事も無かったんだから忘れてても仕方ないと思います!ゆーくんだって、今日お祖父さんに言われるまですっかり忘れてたし…」
俺としては言ってほしくなかったことを倖楓があっさりと言ってしまった。
恐る恐るレンを見ると、怒ったような素振りもなく、ただ真っ直ぐ俺を見ていた。
目が合ってから数秒、レンが先に口を開く。
「本当?」
ここで変に誤魔化したりするのは、レンに対してもっと失礼だと俺は思う。
「…ごめん」
少し間が空いたが、俺は頭を下げて謝罪した。
俺は頭を下げながら、レンが何と言うのか不安を感じつつも待つ。
しかし、レンが一向に何か言う気配が無い。
俺はゆっくりと頭を上げてレンの様子を見る。
すると、レンは手元のグラスをどこか遠い眼で眺めていた。
「…レン?」
俺が戸惑いながら呼びかけると、驚いた様子で俺を見た。
「あ、ごめん!えっと、小さい頃の話だしね、忘れてたっておかしくない。気にしてないから!」
さっきまでと変わって笑顔で言うレン。
気にしてないとは言ってくれたが、それでも俺の中にはまだ罪悪感が残っていた。
「それでも、大事な友達のことを忘れてたなんて最低だと思うから。…ごめん」
もう一度、今度はレンの目を見て謝罪をした。
「本当にいいよ。…実は私も、今日顔を見るまで、すっかり忘れてたんだよね!」
レンは、おどけたように手を頭にあてて笑う。
「だからお互い様ってことで、どう?」
「レンがそう言ってくれるなら、俺はありがたいよ」
俺達は笑ってお互いを許しあった。
ふと横にいる倖楓の顔が目に入る。
さっきまでの不満そうな顔が、今はどこか悲しげな顔に変わっていた。
心配になった俺は、倖楓に声をかけようとする。
しかし、それよりも先にレンが話題を変えてきた。
「そういえば、どうして遊佐さんはこっちにいるの?」
たしかにその辺の説明をしていなかった。
俺の実家がここから遠いのをレンは知っているし、その幼馴染である倖楓の実家も遠いことは想像がつくだろう。
とはいえ、何て説明したものか…。
「えっとー、それはな…」
「私がゆーくんの帰省について来たんです」
倖楓が説明を飛ばして、なんでもない事のようにサラッと言ってしまった。
それを聞いたレンは面食らった様子だ。
「えっと、悠斗から誘ったの?」
当然の考えだと思う。
しかし、そうではないのが現実だ。
「俺は出発する時まで、サチが来るとは知らなかったんだよ」
ため息交じりに俺がそう言うと、レンは開いた口が塞がらないといった様子。
「やっぱり、遊佐さんって重い人なんだね」
少しして調子を取り戻したレンが引き気味で呟く。
「月山さんだって…」
倖楓が途中で言葉を止める。
今日の流れならこのままヒートアップするかと思ったのに意外だった。
「サチ…?」
さっきから様子が変だと思った俺が名前を呼ぶと、倖楓が少しだけこっちを見る。
「…なんでもない」
短くそう言ってグラスに口をつけた。
どうにも気になってしまう。
さらに聞いてみようとした、その時―――。
「お待たせしましたー」
店員さんが料理を持ってきて中断させられてしまった。
運ばれてきたのは、ミートソースのパスタと山盛りのフライドポテト。
夕飯を兼ねてるレンはパスタで、すでに夕飯を終えている倖楓と俺がポテトをシェアすることにした。
もう一度倖楓に聞ける流れじゃないと諦めた俺は、別の話題を出した。
「そういえば、レンは前と同じとこに引っ越したの?」
同じ地域に戻ってきたので、そういうこともあるかと思っての質問だった。
「違うよ。それに、今は一人暮らししてるんだよね。」
「え、それじゃあ、家族は?」
「親はまだ向こうに住んでるよ」
すっかり家族全員で戻ってきたと思っていたから、意外な回答だった。
まあ、よく知った土地だろうし、それなら女の子1人でも暮らしていけるだろう。
「そっか。俺もっていうか、サチもなんだけど、春から一人暮らし始めたんだよ」
「もしかして、1人暮らしの部屋でも2人は近くに住んでるの…?」
レンが疑いの目を向けてきた。
疑いというか、もう大正解なわけだが…。
「そうですけど…」
またしてもあっさりと答える倖楓。
でも、その顔はまだどこか陰を落としている。
「それなら、高校も一緒ってこと?」
レンは気にした様子もなく、続けて質問をしてきた。
今度は俺が答える。
「まあ、そうだよ」
「そうなんだ…」
俺が肯定すると、レンは自分の前にあるパスタの盛られた皿に視線を落とした。
「引っ越さなかったら、私も同じ高校に通えてたかな」
そう言うレンは笑っているが、どこか寂しそうだ。
俺は、何て声をかけていいのかわからなかった。
ただ、何を言っても現状が変わるわけでもないことだけはわかっている。
「なんてね!」
レンがさっきまでの寂しさを微塵も感じさせない笑顔を見せた。
「レン…」
「さっきも言ったけど、私もすっかり忘れてたんだから、後悔とかするわけないじゃん!」
「そっか…」
お互い、もう子どもじゃない。
レンもどうにもならないとわかってるはずだ。
だから俺も何も言わずにレンの言葉を受け入れた。
「それにしても、幼稚園から高校までずっと一緒なんて、深い縁だよね」
俺と倖楓を交互に見て言うレン。
小学校が一緒なら、中学も一緒だったと考えるのはおかしいことじゃない。
レンの言葉に俺が反射的に倖楓を見ると、倖楓と目が合った。
しかし、お互いにすぐに目を逸らし、俺はそのままレンを見る。
「あー、中学は別だったんだ」
「え、そうなの?」
「まあ、色々あって」
苦笑気味に言う事しか出来なかった。
倖楓もいるこの場で説明できるわけもないし、いなくたって説明したくはない。
「そっか、そうだよね。みんな色々あるよね」
納得したわけではないだろう。
でも、それ以上追及してこなかった。
俺は、そんなレンに心の中で感謝する。
倖楓の様子が気になってもう一度目を向けると、特に変わった様子もなくポテトを口に運んでいた。
暗かった様子も、今では元に戻っている。
「こっちにはいつまでいるの?」
レンが話題を変えた。
もしかしなくても、気を使ってくれたのだろう。
「明後日には帰ることになってるかな」
「早いね…」
「そうだな、せっかくまた会えたのにな…」
偶然とはいえ7年ぶりの再会なのに、ほとんど日数が無い。
「そんなにすぐ帰るなら、明日も空いてないよね?」
レンがダメ元だと思っている様子で尋ねてきた。
「特別予定は入ってないけど、“帰省”だからなー。そこにいること自体が予定みたいなものだしなぁ…」
祖父母と出かけるならまだしも、帰省しても結局どこかに行ってしまうなら“帰省”の意味が無いように思う。
しかし、せっかく会えたレンとの時間が惜しいと思う気持ちも強い。
もしかしたら、夜遅く帰ったりしなければ意外と許されるかもしれない。
「一応、聞いてみるよ」
俺がそう言うと、レンの顔が明るくなる。
「いいの?それなら、行きたい所があるんだ!」
そう言ってレンがスマホを操作しだした。
すると、テーブルにスマホをこっち側に見やすい向きで置いてくれた。
「ここ!最近出来た室内プールのレジャー施設なんだけど」
「へー」
ホームページに乗っている地図を見ると、そんなに遠いわけでもない。
ここなら帰りが遅くなるってことも無いだろう。
「もちろん遊佐さんも一緒にどう?」
「…いいんですか?」
倖楓が意外そうな顔をしてレンに尋ねた。
レンはそれを気にした様子もなく肯定する。
「目の前で話をしてるのに誘わないなんて意地の悪いこと、私はしません」
「じゃあ、お言葉に甘えて…」
倖楓の同行もスムーズに決まった。
最初からこれくらい穏やかに話せたらよかったのに、と思ったが口には出さない。
「確認の連絡しとく」
俺はすぐにスマホで父さんにメッセージを送った。
すると、5分もせずに『いいよ』と返事が来る。
自分から聞いておいてなんだが、“帰省”なのに結構自由にさせてもらえるものだと驚いた。
「大丈夫みたいだ」
「よかった!」
すんなり決まったが、1つ問題点を見つけてしまった。
「あー、でも俺、水着持って来てない」
全然泳ぐ予定なんて無かったので、当然荷物に水着を入れなかった。
そもそも高校に入ってから新しいのも買ってない。
「ゆーくん、現地で買えると思うよ」
「あ、そうなのか」
たしかに、レジャー施設だしその場で完結させているものかと納得する。
レンはまたスマホを操作したかと思ったら、すぐに画面を見せてきた。
「現地までは駅前から無料バスが出てるから、それで行こ」
「いいよ、何時?」
「んー、駅前に9時40分集合は?」
営業は10時かららしいので、丁度いい時間に到着するだろう。
俺は納得したので倖楓はどうかと顔を向けると、倖楓が小さく頷いた。
「それでいこう」
「じゃあ、決まり!」
こうして、複雑な幼馴染3人組での予定が決まったのだった。
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