祭りの終わり

 生まれて初めて告白をされた。


 そんな風に人から想ってもらえるなんて考えたこともなかった。


 茉梨奈さんが告白してくれた直後に「返事はいい」と言った時、この人の想いに自分も誠意を持って応えるべきだと思った。だから、まだハッキリしていなくても自分も気持ちを伝えた。


 返事をするだけでもこんなに緊張したのだから、想いを伝えてくれた茉梨奈さん本人は、もっと緊張していたんじゃないだろうかと思う。やっぱり、あの人はすごい。




 普段よりも人で溢れ返っている改札前。俺と倖楓は、電車組を見送る。


「じゃあ、車内の混雑大変だと思うけど、気を付けて」

「3人共、また!」

「2人も気を付けて帰れよ」

「倖楓ちゃん、水本、またね」

「遅くまで出歩いて補導されないようにね」


 もう帰るだけなのに、茉梨奈さんは何を心配しているのか。


「はいはい、大丈夫ですよ」


 その後、明希と槙野と茉梨奈さんはすぐに改札へ向かったが、人が多くていつもより見失うのが早かった。


「俺達も帰ろうか」


 俺がそう言うと、倖楓は少し遠慮気味に、


「私、かき氷食べたくなっちゃった」


 と上目遣いで言ってきた。


「また?」


 かき氷は一度食べていたので、まさかおかわりを欲しがるとは思ってなかった。


「だめ?」

「…まあ、いいか」

「やった!」


 この後予定があるわけでも無いし、祭り自体も後3時間くらいはやってるので、時間的余裕もあった。


 俺と倖楓は、一番近くのかき氷の屋台で止まった。


「今度は何味にしようかなー。ゆーくんは?」

「んー」


 ここまで来たのはいいが、正直かき氷の気分じゃない。本当にただ付き添いの感覚だった。


 すると、後ろから屋台の呼び込みが耳に入った。


『焼きそば、如何ですかー!』


 そういえば、今日はまだ焼きそばを食べてなかった。思えば、なぜか焼きそばの屋台がスル―されていたような気がする。


「俺、焼きそば食べようかな」

「あ、そうなの?」


 かき氷の屋台とはちょうど向かいなので、2人で分かれて購入してくることにした。


 お互いそれほど時間はかからず、すぐに合流して近くの座れるスペースに腰を下ろす。


 焼きそばのパックを開いて、まずは一口。


「なんで屋台の焼きそばとかって、普段の倍くらい美味しく感じるんだろうな」


 毎回食べるたびに思うことを口に出す。


 すると、隣から視線を感じる。倖楓が物欲しそうな目をしていた。


 それがなんだか面白くて、俺は笑ってしまう。


「食べたいなら、そう言えばいいのに」

「そうじゃなくて!」


 倖楓が、少し不満そうに言う。


「いらないの?」

「そうでもなくて!」


 一体何なんだと困惑する。


「食べたいけど、青のりが気になるっていうか…」

「あー、なるほど」


 もしかしたら、焼きそばがスルーされてたのは女子全員がそう思っていたからなのかもしれないと納得する。


「もし青のりついても俺は気にしないし、食べたら帰るだけだし、いいんじゃない?」

「そ、それじゃあ…」


 俺の言い分に納得した倖楓が、おずおずと目を瞑って口を開ける。


「食べさせろ」と無言の圧を感じる。


 食べるのを勧めた手前、ここで拒否するのもどうかとは思う。でも、やっぱ恥ずかしいものは恥ずかしい…。


 しかし、もうこの子が引かないのはわかりきっていたので、俺も諦めがついた。


「入れるぞー」

「あー、ん」


 倖楓に食べさせると、器用に麺を口の中に収めた。


「ん、おいひい」

「それは良かった」


 恥ずかしさも、倖楓の満足そうな顔を見て忘れてしまった。


 食べ終わった倖楓をよく見ると、さっそく唇に青のりがついていたので、指摘する。


「サチ、唇に青のりついてるよ」

「え、ほんと?」


 少し慌てた倖楓だったが、すぐに怪しい笑みを浮かべた。なんか久しぶりに良くないことを絶対に考えてる…。


 俺が警戒していると、倖楓が座っている感覚をつめて顔を近づけてきた。


「取って♪」


 目を瞑って“待ち”の態勢を取っている倖楓。


 俺の考え過ぎだろうか、傍から見たらキスを迫っているように見えている気がする。そう考えたら、さっきよりも心臓の鼓動が早くなった。


 俺は、ゆっくりと指を顔に近付け――――、




「痛い!」


 デコピンをした。


「それくらい、自分で取りなさい」


 冷静でいるために敬語で倖楓を叱った。


 すると、倖楓は両手でおでこを押さえながら抗議してくる。


「もーっ!酷い!」


 しかし、俺にはその抗議が全然耳に入ってこなかった。心臓がバクバクでそれどころではない。


 さすがに唇に触れるのはハードルが高すぎる。これは、いくらヘタレと言われても無理だ。


 俺は倖楓を見ないようにしながら、落ち着くために深呼吸をする。


 すると、肩に何かが乗せられた。―――倖楓が、頭を俺の肩に乗せてきていた。


 どこか心地よさを感じる重みに、安心感を覚える。


 俺は、目の前の屋台の照明の明るさや、人の流れを見ることしか出来なかった。時間の流れがゆっくりに感じる。


「ねぇ、ゆーくん」

「ん?」


 さっきまでの動揺が嘘のように無くなっていた。


「みんなで来るのも良かったけど、来年は2人で来たいな」


 来年―――。1年後、俺達はどうなっているのだろうか。


 きっと、良くも悪くも今のままではいないだろう。倖楓と再会してからの約4ヶ月だけでも、こんなにたくさんのことが変わったのだから。


 でも、倖楓の言う未来を、俺も望んでいるのがわかる。


「そうだな、行けるといいな…」

「大丈夫だよ。私が、何があってもゆーくんを連れてくるから」


 倖楓が自身たっぷりに言う。その自信はどこから来るのかと思って、笑ってしまう。


、ありがとう」


「へっ!?」


 倖楓が素っ頓狂な声を出して驚いた。


 しかし、それ以上に自分でも驚いていた。名前を呼ぶつもりなんて全くなかったのに、思わず口から出てしまった。


 すると、今まで一緒に驚いていたはずの倖楓がわざとらしく、


「ねぇ!今なんて言ったの?」


 顔を見なくてもわかる。絶対に二ヤついた顔をしている。


 俺は、照れくささを誤魔化すように立ち上がり、


「よし、帰るか!」


 しかし、倖楓も諦めない。


「ねぇ!もう一回!もう一回だけでいいから!」


 やっぱり聞こえてたんじゃないかと内心でツッコむ。まあ、最初に驚いていた時点でわかっていたけど。


 こういう時は、戦略的撤退だ。


「ほら、行くぞー」


 俺は倖楓のおねだりを無視して歩きはじめる。


「あ、待ってよー!」


 倖楓がすぐに駆け寄ってきて腕に抱き着いてくる。これくらいは許すことにした。


「ねぇ、来年も楽しみだけどさ」

「うん」

「今年の夏休みは、まだまだこれからだから、いっぱい思い出作ろうね」

「できれば冷房の効いた場所だと助かるなー」

「もうっ!もっと夏っぽいことしようよー!」




 どうやら、今年の夏はまだまだ忙しくなりそうだ。と内心で憂鬱そうに呟く。


 ―――そんな自分の顔が、笑っていることを自覚しながら。

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