懐かしい道
お盆前、最後のバイトの昼休憩。今日のメニューは冷製カルボナーラだ。
「悠斗くん、お盆は帰省するんだったっけ?」
海晴さんが食べる手を止めて尋ねてきた。
「はい。明日は実家に帰って、明後日に祖父母の家に行きます」
「そっかそっかー。倖楓ちゃんは?」
倖楓は口に入れたパスタを飲み込んでから答える。
「えっとー…」
しかし、妙に歯切れが悪い。俺の方をチラチラ見てくる。
「夏っぽいことをします!」
すごくフワッとした回答。何か言いづらいことだったのだろうか。
まあ、知ったところで数日は離れることになるのだから、気にしてもしょうがないかと納得してパスタを食べ進めた。
翌朝。
いつものように、2人で朝食を食べていた。
「ゆーくん、もう準備は終わってるの?」
俺と倖楓は、今日の昼には実家に帰る予定だ。
「あと洗面用具とか細かい物を入れるだけだよ。サチは?」
「………はぁー」
すごく間を開けてから、ため息をつかれた。
最近、たまにこういうことがある。気付かない内に何かしてしまったのだろうか。
「えっと、どうかした?」
俺が恐る恐る尋ねると、倖楓はすぐにいつもの表情に戻った。
「…なんでもない。私はもう終わってるよ」
まだ少しいつも通りではなかった。この調子で数日会わないのは少し不安がある…。
しかし、たぶん聞いてみても答えてくれなさそうだと思い、俺もため息をつくしかなかった。
家の戸締りを済ませた俺は、マンションの入り口前でスーツケースを支えにして倖楓を待つ。やっぱり暑い、ギリギリまで部屋にいればよかっただろうか。
俺が後悔しかけていると、入り口から倖楓が出てきた。
「ごめんね、お待たせ!」
「いや、いいけど…」
倖楓の姿を見て、俺は言葉に詰まった。
なぜなら、帰省する俺がスーツケース1つなのに対して、実家に帰るだけの倖楓がリュックにトートバックにスーツケースという大荷物だったからだ。
「…なんでそんなに荷物多いわけ?」
「そ、そういうことを女の子に言ったらダメなんだよ!女の子にはいろいろ必要な物が多いんだから!」
怒られた。最近の倖楓はどこが地雷なのか、本格的にわからなくて困る。
「ご、ごめん」
「もうっ、早く行こ」
その後は倖楓も機嫌が悪くなることもなく、地元の駅に到着した。
改札から出た景色を見て、とても懐かしく感じる。まだ4ヶ月しか経っていないのに、不思議な感覚だった。
実家までは歩いて帰れる距離ではあるが、この荷物で炎天下を歩くのは絶対に嫌だったので、バスで向かうことにした。
実家から一番近いバス停で降りると、駅の時より数倍も懐かしさを感じる。
それも恐らく、隣に倖楓がいるからだと思う。小学生の頃は、一緒にこの道を通っていた。まさか、また2人でこの道を歩くことになるんて思ってもいなかった。
「なんだか懐かしいね」
どうやら倖楓も同じことを思っていたらしい。それがなんだか、少しむず痒く感じる。
「だな」
俺は誤魔化すように短く返し、歩き始めた。
角を曲がると、いよいよ実家まであと少しだった。この道をまっすぐ進めばすぐに見えてくる。
中学生の頃は下を向いて帰っていたなと思い返す。たぶん、倖楓の家が目に入らないようにしたかったのだと思う。
そんな風に考えていると、倖楓が立ち止まった。
「着いたね」
「え…」
気付かない内に家の前に着いていた。自分で思った以上に考え込んでいたらしい。
お互いに何も言わず、動かない。
夏の暑さの不快感も、今は気にならなかった。
何か言うべきだろうか、それとも倖楓が何か言うのを待つべきなのだろうか。そんな選択肢を頭の中で考える。ここで別れたら数日は会えなくなる。その現実を今になって感じていた。
少なくとも今日はお互いに向かいの家にいるのだから、落ち着いてから夜にでも会ってもいいだろう。そう考え、俺が倖楓に伝えようとしたその時―――、
「さっちゃん、悠斗、おっかえりー」
俺の家の玄関から姉ちゃんが出てきた。
「「た、ただいま…」」
2人揃って返事をした。
すると姉ちゃんは眉間にしわを寄せてから、すぐに何か気付いたかのようにハッとした。
「もしかして、お邪魔だった!?」
「べつに…」
事実、タイミングが悪かったので少しそっけない返事をしてしまった。
しかし、姉ちゃんは不快になることもなく、むしろ楽しそうな顔をした。
「もしかして、今更離れるのが嫌になったんでしょ!」
「なっ!」
どうしてこの人は勘が良いのだろうか。というか、そういうのは気付いても言わないのが優しさなのではないだろうかと思う。
「ところで、さっちゃんは何で悠斗とモジモジしてたの?」
「へ!?そ、それは…」
倖楓は動揺しながら、姉ちゃんに近付いて耳打ちをする。
すると姉ちゃんがニヤニヤしだした。何を言ったんだ。
「さっちゃんも悪い子だねぇ」
「も、もうっ!明日香お姉ちゃん、そういうこと言わないで!」
「あははっ」
“悪い”って何を考えてたんだ。
「お母さんも待ってるし、とりあえず家入ったら?」
さすがにもう暑さも耐えられなくなってきたし、姉ちゃんの言葉に従うことにする。
「わかった。…それじゃあ、サチ」
「うん」
改めて俺と倖楓が別れようとすると、姉ちゃんが口を開いた。
「そうだ!さっちゃん、荷物置いたらうちにお昼食べにおいでよ」
「いいの?」
「もちろん、さっちゃんはうちの子同然なんだから気にしないの」
いきなりの提案に俺は驚いて口を挟めなかったが、よくよく考えたら倖楓のお母さんもお昼を用意してるかもしれない。それを無駄にするのは気が引ける。
「とりあえず、サチのお母さんにも聞いた方がいいんじゃない?」
俺がそう言うと、姉ちゃんが少し考える素振りをして、
「それもそうね」
と、納得した。
「それじゃあ、私お母さんに聞いてからゆーくんに連絡するね」
「わかった」
そう言って、倖楓は自分の家に帰って行った。
俺も自分の家に入ると、姉ちゃんが肩に手を乗せてきた。
どうしたのかと思い姉ちゃんの顔を見ると、ニヤニヤしていた。俺は思わず嫌な顔をしてしまう。
「私に感謝しなさいよね」
「絶対に嫌だ…」
奇しくも姉ちゃんのお陰で、倖楓と離れるのが少しだけ先の伸ばしになったのだった。
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