別れと約束

 目を覚ますと、まだ暗い。

 窓に目を向けると、カーテンが少しだけ明るい。

 隣の布団からは倖楓の穏やかな寝息が聞こえてくる。

 どうやら、起きる時間にはまだ早すぎたらしい。


 俺は枕元に置いてあるスマホを手に取り、時間を確認する。

 スマホの光に目を細めながら画面を見ると、まだ5時にもなっていなかった。


 結局、昨晩はすぐに眠ってしまっていた。

 丸1日遊んで、疲れていたんだと思う。

 早く目が覚めたと言っても、睡眠時間自体は十分取れている。

 二度寝しようと思えば出来るだろうが、珍しく寝起き良いこともあるし、起きてしまうことにした。


 倖楓を起こさないように静かに動き、リビングへ向かう。

 階段を下りて、ドアが見えるとリビングの電気がついているのがわかった。

 誰か起きてるのだろう、気にせずリビングに入る。


 ドアを開けると、すぐに声をかけられる。


「おはよう、悠斗。今日は早いね」


 声の主は、ソファで新聞を広げている祖父だった。

 いつもこんなに早くに起きているのだろうか、と疑問が浮かんだが置いておいた。


「おはよう。たまたま目が覚めちゃって」

「眠れなかったかい?」

「そんなことないよ、逆に早く寝すぎちゃったくらいだよ」

「それならよかった」


 祖父はそう言って、再び新聞に目を戻した。


 俺は冷蔵庫に向かい、コップに水を注ぐ。

 そしてテーブルに向かい、椅子を引いて腰を下ろす。


 水を飲みながら祖父を見る。

 改めて、今回の帰省では祖父母と過ごす時間がほとんど無かったと思い返す。

 それが、とても申し訳なく感じた。


「あの…、ごめんなさい」

「ん?急にどうした?」


 再び新聞から顔を出した祖父は、何を言っているのかわからないといった表情だ。


「今回はほとんど家にいなかったなと思って。頻繁に会えるわけじゃないのにさ」

「なんだ、そんなことを気にしてたのかい?」

「え?」


「そんなこと」と言って笑う祖父に驚いて固まってしまう。


「むしろ、今年はこれで良かったと思ってるよ」

「どういうこと?」

「ああ、悠斗が家にいなくて良いって意味じゃなくてね。なんというか、今年は悠斗の顔がずっと明るかったからね」

「そんなにいつも暗い顔で帰ってた?」


 自分では気付いてないだけで、そう思われていたのだろうかと不安になった。


「そういうわけではないけどね。…そうだなぁ、中学に入った頃の悠斗は笑顔が減ったような気がしてたんだよ」


 祖父に心配させていたなら、その頃からだろうと予想は出来ていた。


 そして、祖父は続けて、


「大人に近付いただけだろうとも思ってたんだけどね。でも、今年は違った。悠斗はずっと楽しそうな顔をしていたよ」


 と、嬉しそうに言う。


「そう、かな…」


 そんなに自分のことを見られていると知って、少しだけ恥ずかしさが込み上げてきた。

 それと同時に、少しは安心させることが出来ただろうかと安堵もしていた。


「遊佐さんに感謝しないといけないな」

「え!?」


 急に倖楓の名前が出てきたので驚いてしまう。


「そんなに恥ずかしがることじゃない。自分を想ってくれる人が傍にいてくれるというのは、当たり前ではないんだからね」


 祖父は優しい笑みのまま、諭すように俺の目を見ている。

 そしてそれは、俺が実感し始めていたことだった。


「まあ、悠斗なら大丈夫だと思ってるから、それほど心配もしていないけどね」

「うん、ありがとう」


 家族だけど、近すぎない距離感。

 それがとても心地よかった。


 その後は他愛もない話をして、穏やかな早朝の時間を過ごした。




 家族揃っての最後の朝食を終えて、俺達は帰るための最後の準備を進めていた。


 俺はみんなの荷物を車に積んで、最後の荷物を今積み終えたところだ。

 すると、後ろから声をかけられる。


「大変そうだね、悠斗」


 もう聞き慣れた声。

 でも、家族の声ではない。

 俺は勢いよく振り返る。


「レン!?」

「おはよ!見送りに来た!」


 見送りに来るなんていう話は全く無かったので、驚きで固まってしまった。


「あははっ、そんなに驚いてくれたならサプライズ成功だね」

「来てくれたのは嬉しいけど、一言連絡してくれれば良かっただろ?」

「それじゃあサプライズにならないじゃん。それに、倖楓ちゃんには伝えたし?」


 また俺だけ知らないパターンかと嘆息する。

 すると、倖楓本人がやって来た。


「香蓮ちゃん、上手くいった?」

「うん、すごく良い反応だったよ」


 2人で楽しそうに喜んでいる。

 俺をおもちゃか何かと勘違いしているんじゃないだろうか…。


「あのなー…」

「まあまあ、ゆーくんもそう怒らないで?」

「ごめんごめん、でも家族の人たちにも許可は貰ったんだよ?主に倖楓ちゃんが」

「一体、いつの間に…」


 そういえば、さっきまで近くにいた父さんがいなくなっている。

 完全に配慮された形だ。

 まあ、最後に挨拶出来るのはありがたいので、これ以上の文句は控えることにした。


「とりあえず、来てくれて嬉しいよ、レン」

「それなら良かった。またしばらく会えなくなっちゃうし、ギリギリまで顔合わせてたかったんだよね」


 笑って言うレン。

 でも、その顔はどこか寂しさが隠せていない。


「ほら、俺は正月も来るからさ」

「…うん。あ、そういえば、倖楓ちゃんは正月ってどうするの?」

「お正月は私も帰省することになるだろうから、来れるかわからないなぁ」


「わからない」って、検討はするつもりなのだろうか…。


「そっか、1年後にならないといいなぁ」

「昔と違ってメッセージ飛ばせたりするし、それほど寂しくないんじゃないか?」

「ゆーくんわかってないなぁ、顔を見ないと満たされないものもあるんだよ?」

「そうそう」


 2人から同時に責められる。


「なんか、すみません」


 俺が2人に謝ると、家のドアの方から姉ちゃんの声がする。


「あんたたちー、最後におじいちゃんとおばあちゃんに挨拶していきなさいよー」


 どうやらもうすぐ出発らしい。


「わかった、そっちに行くよ」


 俺は返事をしながら倖楓に目で呼びかけ、倖楓はそれに頷く。

 レンには少し待っててもらうことになった。


 両親と姉と入れ替わりで玄関に入ると、祖父母が並んで待っていた。

 先に倖楓が2人に挨拶を始めた。


「あの、3日間ありがとうございました!ゆーくんと一緒にあまりお家にいれなくて、ごめんなさい」

「気にしないでいいのよ、これからも悠斗君のこと振り回してあげてね」

「はい!」


 なんてこと頼んでるんだ、ばあちゃん…。

 祖父も苦笑いしている。


「遊佐さん、またいつでも来ていいからね」

「ありがとうございます!」


 倖楓は2人と挨拶を終えた。

 次は俺の番だ。


「サチも言ったけど、ゆっくり過ごせなくてごめん。正月はバタつかないようにするから」

「今朝も言ったけど、本当に気にしなくて良いんだよ」

「あら、そうなの?でも私も同じ気持ちだから、悠斗君は気にしないでいいのよ」

「ありがとう、またね」


 そう言って車に向かおうとすると、祖母に呼び止められた。

 正確には、倖楓だけが。


「待って待って、遊佐さんとお話しさせてもらえないかしら?あまり時間は取らせないから」


 その言葉に戸惑いながらも倖楓の顔を見ると、小さくコクコクと頷くので、先に行ってることにした。


「じゃあ、車で待ってる」

「うん」


 車の方へ行くと、レンと姉ちゃんが話していた。

 そういえば、初めて会うんだった。


「どう?うちの姉は」

「いいお姉さんだね、羨ましいくらい」

「わたしもレンちゃんみたいな妹が欲しかったー」


 本当に残念そうにしている姉ちゃん。

 この人、倖楓にも妹って言ってたし、最早年下の女子なら誰でもいいんじゃないだろうか。


「さ、私は先に車の中に入ってるから。またね、レンちゃん」

「あ、はい、明日香さん」


 俺とレンに気を使ったのだろう、姉ちゃんはすぐに車に乗り込んだ。


「ほんと、いいお姉さんだね」

「口うるさい時も多いけどね」


 そう言って笑っていると、レンが思いついたような声を上げた。


「あ!そうそう、気が早いけどさ、正月は初詣行こうよ」

「本当に気が早いな」

「でも、次に会ったら年末になってるんだよ?」

「そう言われれば、そうだけど…」

「で、行く?行かない?」

「いいよ、行こ」

「うん、約束ね」


 もう来年の予定が1つ決まったところで、いつもの騒がしい声がする。


「あー!なんか約束してる!なになに?」


 倖楓の子どもっぽい言い方に、俺とレンは揃って吹き出してしまう。


「笑って誤魔化すのはダメだよ!」

「誤魔化してないよ」

「正月に初詣行こうって悠斗と話してたの」

「いいなー」

「サチもこっち来れたら一緒に行けばいいだろ?」

「いいの?」

「うん、倖楓ちゃんも行こう!」

「じゃあ、3人の約束ね!」


 そう言って倖楓が小指を差し出す。

 少し間を置いてからレンも小指を出して、2人が俺を見る。

 俺はしょうがないなと笑ってみせてから小指を出し、3人で強引に指切りをした。


 ―――幼馴染3人で、初めての約束を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る