釣り合い

「時間経つの、早すぎじゃない?」

「ほんとにな」


 二人でぼやきつつ、廊下を早歩きで進んでいく。

 なぜこんな風になっているのかというと、体育館でダンス部のパフォーマンスを鑑賞した後、目に付いた出し物の教室へ次々と入っていったのだ。

 そんなことをしていたら時間が無くなるのも当然なのだが、文化祭の魔力に当てられ麻痺してしまったのだろう。気が付いたら自分たちの教室に戻る時間が、着替えの時間を除く40分程しか残っていなかった。

 まだ時間に余裕があるかのように思うかもしれないが、まだ茉梨奈まりなさんのクラスへ顔を出していないのだ。

 明日にすればいいという意見もあるだろう。しかし、生徒会長の茉梨奈さんは文化祭でもとても忙しく、クラスの出し物に参加出来るのが今日しかない。

 ということで、何が何でも今日行かなくてはならないわけだ。


 ――度々、すれ違う人からの視線を感じる。

 はじめは、周りと歩く速度が違うから目立っているだけかと思ったのだが、すぐにそれとは違う類いの視線が多いと気付いた。

 大抵が倖楓さちかを見て、次に繋がれた手、最後に俺に視線を移し、表情を変えていく。

 横目に映るその表情には驚きが多く、中には恨めしさや落胆といった反応もある。驚きの方は男女どちらからもあるが、残りは男子からのみだ。


 ここが二年生の教室があるフロアであることが主な原因だろう。

 同じ一年生でさえ、最近になってようやく受け入れられ始めたのだから、ほとんど接点の無い上級生にとっては見慣れない光景だ。

 ――と、理屈で理解ったからといって気にならずに済むことはない。


 いつか、こんあ視線を向けられないほどに、俺が倖楓と釣り合えるようになれるだろうか。

 ……そのためにも、まずはこのくらい耐えられるようになろう。


 ――なんて内心で気合いを入れ直したのが倖楓に伝わってしまったのかもしれない。

 突然、倖楓が手を繋いだまま、俺の腕に密着してきたのだ。

 一体どうしたのかと本人の顔を見てみれば、これでもかと言わんばかりの澄まし顔をしている。

 当然、周囲の目はさらに集まって、ただならぬ殺気も複数感じる。

 倖楓に「煽ってどうするんだ」と目で訴えるが、チラッとこっちを向いて、すぐに前を向き直してしまう。ただ、さっきよりも口角は上がっている気がする。

 どうやら「このくらいしないと!」と言いたいらしい……。

 俺が釣り合わせる前に、倖楓に引っ張り上げられる方が早そうだ、と苦笑するしかなかった。




「それで? 教室の中に入るまでその状態である必要性はどこにあるのか、私にもわかるように説明してもらえるかしら?」


 ……笑顔だ。

 袴を着た大和撫子が、無機質な笑みを浮かべている。


「い……いやぁ、そのー……校内でこうやって歩けることが嬉しくって、つい……」


 さすがの倖楓も焦っているらしく、茉梨奈さんの顔を見れずに目線が右往左往している。


「……あなたの供述は?」


 今度はこっちへ矛先が向いてきた。

 俺は倖楓が掴んだままの腕を引き抜いて、両手を挙げて降参の構えを取る。


「決して俺から始めたわけではないので、無罪を主張します」

「あー! ひどい!」


 倖楓が脇腹をポカポカと攻撃してくるが、そんなことは気にしない。

 すると、冷たい笑顔を崩した茉梨奈さんが、今度は呆れた様子で溜息を吐いた。


「聞く前から共犯で有罪なことは決まってるわ。ここを出るときは財布ごと置いていくつもりでいなさい」

「食べきれる範囲で許してもらえません……?」

「や、やっぱり、私もフードロス問題は重要視すべきかなって思います……」


 俺たちの必死さが伝わったのか、環境問題を重く考慮されたのかはわからないが、茉梨奈さんはもう一度大きく溜息を吐き、そのまま奥へと歩いて行く。

 やがて、二名用の席を手のひらで指し示した。どうやら接客してもらえるらしい。


 俺と倖楓はお互いの顔を見合い、ホッと一安心してから席へ向かった。


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