二人のペース

「空いてて良かったね」


 ホッとした様子で倖楓さちかはベンチへ腰を下ろす。

 その膝上には、買ってきたばかりの昼食が入ったビニール袋が抱えられている。


 俺と倖楓はランチタイムの影響で混雑がピークの屋台エリアから抜け出し、中庭へやって来たところだ。

 この中庭は入学当初から昼食時の穴場としてお世話になっているが、文化祭でも穴場のままだった。と言っても、さすがに普段よりも人はいる。

 おそらく、屋台周辺にイートインスペースがあったことが大きいのだろう。

 俺と倖楓が何故そこを使わなかったのかと言えば、単純に利用者が多かったからだ。場所が無い程ではなかったのだが、窮屈に感じてしまった。


 倖楓に続いて、俺もベンチへ腰を下ろす。


「日頃の行いが良かったからかもな」

「えー? この間、私が買っておいたお菓子を一人で食べたのに?」

「まだ根に持ってたのか……」


 コンビニで期間限定販売のお菓子が俺の部屋にあったのだが、倖楓が食べようと思った時にはすでに俺が食べた後だったのだ。

 たしかに確認もせず食べた俺も悪いと思うのだが、自分一人だけで住んでいる部屋にあるお菓子を食べてしまってもそれは仕方がないのではないか、と同時に思った。

 しかしそんな理屈だけで納得してもらえるほど食べ物の恨みは簡単に晴れはしない。すぐに同じ物を俺が買ってくることでその場は収まった。

 ちなみに後日、うちのリビングに倖楓用のお菓子入れ用のカゴがという改善が行われたのだった。

 ――閑話休題。


「じゃあ、俺じゃなくて心の広い倖楓のおかげってことにしよう。俺の幸運は倖楓の幸運。倖楓の幸運も俺の幸運」

「なんか上手いこと言って誤魔化そうとしてる気がするけど、そういうことにしておいてあげる」


 上機嫌そうな倖楓は膝上のビニールから厚紙の食品パックを二つ取り出し、片方を俺へ差し出す。


「さ、食べよ」


 それを俺は頷いて受け取る。


 食品パックを開くと、中には色合いが綺麗なタコライスが入っている。倖楓の方も同じくタコライスだ。

 これをチョイスした理由は、二人ともタコライスを食べたことが無かったというのと、文化祭にタコライスがあるとは思っていなかった驚きから、屋台を見つけてすぐに倖楓が「これにしよ!」と言ったからである。


 先割れスプーンを持ちながら手を合わせ「いただきます」と倖楓と声が揃う。

 ようやく昼食の時間を迎えたのだった。




 初めてのタコライスを完食し、俺と倖楓はこの後の行き先について話し始めていた。


「うーん……。出来るだけいろんなところを周りたいよね」


 文化祭のしおりとにらめっこをしている倖楓が悩ましげに唸っている。


「明日もあるし、無理にたくさん周ろうとしなくても」


 俺が苦笑しながら言うと、倖楓はしおりからこっちへ顔を向ける。


「ダメだよ! 明日は明日で別のことやったりするところもあるんだよ?」

「んー、でも周れればそれでいいわけでもないんじゃない? 一個ずつでも、しっかり楽しめるのが一番かなって」


 せっかくの文化祭なのに、無理に忙しなく周って思い出に残らなかったら本末転倒だ。


「それは……そうだけど……」


 倖楓もわかっているからこそ、しおりを見ながらあーでもない、こーでもないと頭を悩ませているのだろう。

 こういうのも醍醐味なのかもしれないが、出来るだけ笑顔でいて欲しいと俺は思う。


「どんな風に周ったって間違いではないと思うし、タコライスを決めた時みたいに行き当たりばったりでも楽しいんじゃないかな」


 それがきっと、俺と倖楓、二人らしいペースだ。


「……うん。私、大事なこと忘れてたみたい。ありがとう」


 眉間の皺が取れ、いつもの倖楓が戻ってきた。


「よし! それじゃあ、まずは体育館に行こ!」

「いいけど、何か見たいの?」

「うん。もう少ししたらダンス部のステージがあるの」

「へー。いいけど、なんでダンス部?」


 部活に興味が出てきたのだろうか。

 俺が言うのもなんだが、せっかくの高校生活なのだから、いろいろ挑戦してみるのは良いことだと思う。


「時間があったらゆーくんと一緒に見に来てね、って赤坂さんたちに誘われたんだ」


 どうやら応援隊の三人からのお誘いだったらしい。それなら急にダンス部の話が出てくるのも納得だ。


「あの三人ってダンス部だったのか」

「そうだよ。ゆーくん知らなかったの?」

「全く」

「もう、もっとクラスメイトに興味を……って、それはそれでイヤなような……」

「どっちだよ……」


 倖楓がまた仕様もないことで悩み始めた。


「ほら、ダンス部の時間、もうすぐなんでしょ?」


 俺が肩をポンと叩くと、倖楓はハッとする。


「そうだった! 早く行こっ!」


 ベンチから立ち上がった倖楓は、握った俺の手を急かす様に引く。

 もうすっかり、いつものペースだ。

 それが嬉しいような、安心したような、呆れも混じった笑いがこみ上げてきた。


「わかったわかった」


 俺もベンチから立ち上がり、体育館へ向けて歩き出した。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る