賑わう文化祭
「いらっしゃいませ。お席へご案内致します」
お客さんを案内し、メニューの説明をして下がる。
そして注文を受けに席へ向かい、オーダーを調理組へ伝達。
それから新しいお客さんを案内。この繰り返し。
普段のバイトと比べると、気持ちと体力的にはとても楽な方だ。
ホール担当のメンバーは接客のバイト経験者が多いこともあり、今のところ大した問題も起こらず順調に進んでいる。
一番助かっているのは迷惑なお客が一人もいないことだろう。
懸念があった女子への盗撮や接触もない。
「スペシャルセット、お願いしまーす」
ホール担当の一人が、教室中に聞こえるよう声を上げた。
すると、調理スペースの出入り口にかかったカーテンが開く。
そこから出てくるのは――、
姿が見えると同時に、拍手や指笛などを含めた歓声が廊下まで響き渡る。
なぜこんなことになっているのか。
それは文化祭が始まって一時間程が経過した頃――。
開始から倖楓もホールに出て接客をしていたのだが、倖楓が接客することになっていることを知っていたらしい校内の男子生徒や、評判を聞きつけた招待者(主に男)がこぞって接客を倖楓にしてほしいと無茶なことを言い始めた。
そんなことを許していたら倖楓一人がとんでもなく忙しくなる。
丁寧に断ると、今度は倖楓の手が空いている時にだけ注文をしようとして、他のホール担当を全く呼ぼうとしない。これでは回転率が下がってしまう。
そこで打開策として用意されたのが、さっきの『スペシャルセット』なるメニューだ。
一組一度までしか注文が出来ず、ドリンクとパンケーキ、お菓子などの、ほぼ全てのフードメニューがセットになっている。
一般的にセットメニューと言えば、単体で頼むよりもお得になっているものだが、これは違う。むしろ単品で頼むよりも高い。
では、その価値は何か。
それは『スペシャルセット』に限り、倖楓がサーブする。この一点のみ。
倖楓には普段裏に下がっていてもらい、このセットの注文時だけ表に出てもらう。それまでは調理組に加わってもらっている。
そうすることでオーダーは他のスタッフが受けることができ、価格も決して優しくないので注文が殺到することもないというシステムだ。
「それにしてもここまで上手くいくとは、
「ほんと、悪魔的な仕組みよ。将来あくどい商売で荒稼ぎするんじゃない?」
手が空いたらしい
「失礼な……」
そう、この『スペシャルセット』なるメニューは俺が提案したのだ。
我ながらここまでちゃんと機能してくとは驚いている。――いや、安心しているといった方が正しい。
倖楓がこの文化祭に楽しく参加出来ることが、俺には一番大事なのだから。
役目を終えた倖楓と目が合い、小さく手を振ってきた。
その表情が笑顔であることが、上手くいっていることの証拠だろう。
倖楓の姿が見えなくなると、槙野が「あ」と声を出す。
「そろそろ
そう言われて時計を確認すると、もうすぐ13時になろうとしていた。
「ほんとだ。サチに声かけてくる」
調理スペースへ入ると、すぐ目の前にいた倖楓とぶつかりそうになる。
「あ、ちょうどゆーくんのこと呼びに行こうとしてたんだ」
「そうだったのか。なら丁度良かった」
交代のメンバーが着たら休憩に入ろうと声を掛けようと思っていたが、それもタイミング良く丁度来たところらしい。
「じゃあ、着替えに行こ」
待ちきれないといった様子の倖楓が、俺の手を何度も引っ張る。
ちびっ子のような倖楓に可笑しくなりつつ「わかったわかった」と頷く。
残る他のクラスメイトに声をかけてから、二人で教室を後にした。
昼時ということもあり、校内にいる人の数も今がピークだろう。
しかし、更衣室のある別棟には招待者はもちろん、生徒の出入りも朝ほどはない。普段の休み時間の校内よりも静かなくらいだ。
先に着替えを済ませた俺は、女子更衣室のあるフロアの階段近くで倖楓が来るのを待っている。
度々、更衣室の出入りで通りすがる女子達の視線が結構痛い……。
倖楓を待つにしても、ここじゃない方が良かったんじゃないか。
そう気が付いて後悔し始めた頃、ようやく「お待たせ!」と救いの声が聞こえてきた。
「思ったより混んでて遅くなっちゃった」
「大丈夫。頻繁に人が通ってたから、混んでるんだろうなって思ったし」
本当は時間なんて全く考えるどころじゃなく「別に怪しくないです。ただ待ち合わせしてるだけです」と心の中で訴え続けていた。
「えっと……ごめんね?」
唐突に謝る倖楓に俺が驚くと、
「後から更衣室に入ってきた人達が、階段のところに男子が立ってたって話ししてて、ゆーくんだなって思ったんだけど、凄い気まずそうだったねって聞こえたんだよね」
やっぱりこんなところに男子が立っていたら女子としては不審に思うのが当然だろう。
「……ま、まあ、やましいことするつもりじゃ無かったし。実際、サチを待ってただけなんだから問題ないよ。うん」
視線の痛さを思い出して声に力が乗らなかったが、それ以上にその女子達から「キモい」や「怖い」などのワードが出てなくて良かった……。
「ゆーくん。もし通報されても、ちゃんと面会には行くからね……」
「その前にちゃんと証言してくれません?」
さっきの「ごめんね」が急に違う意味に思えてくる。
「と、そんなことは置いといて」
「おい」
人生が掛かってるのに「そんなこと」で片付けないでほしい。
「どう? 変じゃない?」
倖楓が着替えてきたばかりのTシャツの裾を、両手で軽く摘まんで伸ばす。
俺も倖楓と全く同じデザインのTシャツを着ている。クラスTシャツというやつだ。
水色のそれを、倖楓は嬉しそうに見ている。
「これの準備も大変だったしな」
実際、クラス内でカラーやデザインの意見をまとめるのにそれなりの労力を割いた。キャパオーバーという程ではなかったが。
「それも含めて楽しいのにー」
俺と違って倖楓はご機嫌だ。
文化祭の準備期間中、ずっと倖楓はソワソワというか、とにかく落ち着かない様子だったし、余程文化祭が楽しみだったのだろう。
この文化祭を校内で一番楽しもうとしているのは倖楓かもしれない。
「とりあえず、お腹空いたし何か食べに行かない?」
そう言って差し出した俺の手を、倖楓はすぐに握り返す。
「うん。行こ!」
そうと決まれば即行動。
二人揃って足早に、文化祭の賑わいへ向かうのだった。
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