迎えた当日

 文化祭当日、男子更衣室として用意された空き教室――。


「やっぱり、裏方にしておけばよかった……」


 姿見に映る自分を見て、俺はそう呟いた。


 文化祭で『アフタヌーンティーをテーマとした喫茶店』をするにあたり、ホールを担当する男子に用意された衣装は燕尾服だ。

 一度、サイズ確認のために試着をしてみたが、その時は着用に支障が無いかの確認だけで、じっくり自分格好を眺めたりしなかった。

 当日を迎えてから改めて袖を通してみると、”衣装を着る”ではなく”衣装に着られている”という表現はこういうことか……と実感することになった。

 こういうものを着こなすには、まだまだ子供ということなのだろう。


 残念な感想を抱いていると、目の前の自分の肩から、二つ目の首が生えてきた。


「そんな顔してるから違和感があるんじゃないか?」


 俺から生えているくせに、ずけずけと物を言ってくる。


「元からこんな顔だよ」

「いやいや、明らかに仏頂面だったろ」


 二つ目の首――もとい、俺の数少ない友人の明希はるきは、鏡に映る俺の表情を見て溜息を吐く。


 そんな明希も、俺と同じく燕尾服を着用している。

 なのに俺と違って十分着こなして見えるのだから、世の中の不公平さを呪わずにはいられない。

 やっぱり身長だろうか……。一応は俺も平均以上はあるのだが、明希は170センチ後半で、高校のうちに180の大台には届くだろうと思われる。


「ま、どのみち今更役割は変えられないし、諦めて営業スマイルに徹するしかないな」

「今現実を突きつけてくるのは死体蹴りだぞ……」


 そんなことを話している間にも時間はどんどん迫っているわけで、そろそろ自分たちの教室へ戻らないといけない。


「早く戻らないと、槙野まきののありがたいお言葉で開店が遅れるな」

「それだけはまずい」


 腕を組んで起こる槙野の姿がお互い容易に想像出来た。

 せっかくの文化祭なのに、朝から槙野にそんな体力を使わせるのは避けるべきだろう。

 俺と明希はすぐに更衣室から出て行った。




 教室へ戻った俺と明希が槙野から怒られることはなかった。

 というよりも、教室に槙野の姿がなかった。

 槙野もホール担当なので、更衣室で着替えているのだろう。男子よりも準備に時間が掛かるのは仕方がないことだと思う。

 一緒に行った倖楓さちかが戻っていないのは、どちらかを手伝っているのか、俺と明希みたいに話しているのだろう。


 なるべく早く教室へ戻ったものの、ホール担当がやることはもうほとんどない。逆に調理担当の方がバタバタと最終準備をしている。

 俺に出来ることは、邪魔にならないように接客マニュアルを再確認しておくくらいだ。


 そうして何組目かの接客を脳内で終えた頃、教室内が「おぉー」という感嘆で溢れる。

 それと同時に、隣にいた明希が俺を肘で二度つついてきた。


 顔を上げた俺の視線の先には、衣装に身を包んだ倖楓と槙野が教室へ入ってきたところだった。

 倖楓と目が合うと、照れくさそうに手を振ってきた。


 ホール担当の女子が着用しているのは所謂メイド服なのだが、メイド喫茶と言われて想像するミニスカートのものとは違い、ロングスカートのヴィクトリアンと呼ばれるらしいタイプだ。

 非日常感はそのまま、不思議と清楚な雰囲気を感じさせる。

 長い髪もメイドキャップにまとめられていて、普段の倖楓とはまた違った雰囲気だ。


 倖楓に手を挙げて返事をすると、両手でスカートを掴んで小走りでこっちへやって来た。


「ゆーくん! すっごい似合ってるよ!」


 てっきり感想を求められるのかと思っていたのに、まさかこっちが感想を言われる側だったとは。


 自分で抱いた感想とは真逆であっても、倖楓に言われたら素直に嬉しく思ってしまう。


「ありがとう。……サチも、よく似合ってる」

「えへへ、ありがとう」


 相変わらずの月並みな言葉でも、倖楓は嬉しそうに笑顔を見せてくれる。

 それから倖楓が一歩近づき、俺の両手を取った。


「いっっっぱい楽しもうね」

「うん」


「じゃあ、その前にミーティングしたいんだけど?」


 俺と倖楓の真横に、いつの間にか槙野が腕を組んで立っていた。

 教室の中央にはホール担当のメンバーが集まっていた。

 どうやら、残りは俺と倖楓だけらしい。


「「ごめんなさい」」


 二人で謝ると、槙野は溜息を吐き、クラスメイトたちには笑われてしまった。


「行こっか」


 そう言って俺の手を握る倖楓に引かれるまま、俺もミーティングへ加わっていった。

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