幼馴染同士

「………」

「………」


 気まずい…。

 ゆーくんと離れて、月山さんとテーブルを挟んで向かい合い5分くらいが経ったけど、お互いに無言のまま。

 何か話さないといけないと思えば思うほど、何も言えなくなってしまう。


 そんな私の頭に、昨晩のゆーくんとのやりとりが過った。


 ―――そうだ、ゆーくんが「大丈夫」って言ってくれた。

 今は傍にいないけど、これは自分で解決すべきだとも思ってる。

 だから…。


「あの、ご…」


「「ごめんなさい!」」


 私は、意を決して謝罪の言葉を口にした。

 でも、それは私だけの声じゃなくて―――。


「へ?」

「え?」


 私と月山さんは素っ頓狂な声を出してお互いを見合う。


「どうして、月山さんが謝るんですか?」

「それはこっちの台詞なんだけど…」

「どう考えたって私が悪いじゃないですか!」

「そんなことない!私が突然出て来たんだから、遊佐さんは悪くないでしょ!」

「違います!私が勝手に余裕を失くしてただけなんですから!」

「………」

「………」


 また沈黙。


「…私が悪いです」

「違う、私が悪い」

「私です!」

「違うったら!」


「「私が!」」


 お互いの目を見合う私達。


 そして―――。


「ぷっ」


「「あははははっ」」


 どちらからともなく、笑っていた。


 どっちが悪いかを決めるために言い合いになるなんて、おかしいに決まってる。


 うん、やっぱりこの人は優しい人だ。


「でも、改めてごめんなさい。私、ゆーくんのことになると自分が抑えられない時があって…」

「ううん、私もムキになったから」


 私たちは改めてお互いの謝罪を受け入れた。


 そして私は、月山さんに一番聞きたかったことを尋ねる。


「あの、ゆーくんのこと忘れてたって、嘘なんですよね…?」


 私の言葉を聞いた月山さんは、一瞬だけ目を見開いて、すぐに俯いた。


「…うん」


 周囲の喧騒にかき消されそうなくらいの声量で肯定する月山さん。


 やっぱりそうだった。

 私はファミレスで月山さんの表情を見てから違和感を覚えていた。

 どこか悲しそうで、そして諦めているような…。

 それはまるで、で―――。


「どうして嘘を?」

「悠斗が忘れてたのは悲しかったけど、仕方ないなって納得しちゃったから…、かな?」


 月山さんは笑っている。

 でもそれは、無理しているのが誰の目から見てもわかるような笑顔だった。


 月山さんは話を続ける。


「でもね、悠斗は思い出してくれて、昔と変わらずに接してくれる。私にとっては、それが何よりも大切なことなんだよ」

「それって…」


 そう、その先が私にとって本当に聞きたかったこと。

 もしも、そうだったら…。


「あのね、ハッキリさせておいた方が良いと思うから、言っておくね」


 ドクンと心臓が跳ねた気がした。

 その先を知るのが、怖い。

 聞きたいのに、聞きたくない。


 でも、私は頷いた。

 知らないと、先に進めないと思うから。


 そして――――、


「私、悠斗に恋愛感情は抱いてないよ」


「…え?」


 何を言われたのか、理解が出来なかった。

 恋愛感情を抱いていない…?

 でも、それならあんな表情が出来るものなの?


「やっぱり、そう思ってたんだね」


 苦笑いを浮かべる月山さん。


「遊佐さんと張り合ったのは、“幼馴染”として“友達”としてだよ」


 そんな月山さんの言葉を聞いて尚、やっぱり納得が出来ない。


「ただ友達と思ってるだけで、あんなに悲しそうな顔が出来るんですか?」


 私にとっては嬉しい結果のはずなのに、聞かずにはいられなかった。

 どうしても、を無視出来ないから。


 私の問いかけに、月山さんは目を伏せる。

 そして、すぐに目を開く。


「うん、出来るよ」


 月山さんは真っ直ぐ、真剣な眼差しで言い切った。

 その眼だけで、月山さんが本気だということが伝わってきた。


「ただ、私の中ですごく大事な、“特別な友達”ってだけ」


 特別な友達。

 そう口にした月山さんの表情は、とても優しい。


 月山さんの言っている事が、本音だということは私にもわかった。

 でも、ゆーくんの話を聞いた限りだと、“特別”と言えるほどの関係に感じなかった。

 たしかに、人との関係の深さは時間だけが全てではないと思う。

 それでも、どこか月山さんとゆーくんの話でを感じる。

 それこそ、恋心を抱いているくらいでないと納得出来ないほどに。


「本当に、ゆーくんのこと好きじゃないんですか…?」


 私がもう一度確かめると、月山さんは少し困ったような顔をした。


「もし引っ越さずにいたら、好きになることもあったかもしれないね」


 これも、嘘を言っているようには感じない。


「むしろ、引っ越したからこそ、“特別な友達”になったんだよ」


 ―――

 やっと腑に落ちた。

 月山さんが引っ越してから、ゆーくんの存在が大きくなった。

 だから、ゆーくんの話とではズレを感じてたんだ。

 そして、それは月山さんにとって、とても大きい出来事があったはずで…。


 私には、それ以上を聞く権利が無いことを理解した。


「理由は…、聞きません。それはきっと、ゆーくんが聞くべき事だと思うから…」

「うん、ありがとう」


 短くお礼を言った月山さんは続けて、


「それにしても、悠斗を好きにならなくて良かったー」

「え?」

「だって、悠斗と遊佐さんを見てたら、絶対に勝てないって思うもん」

「そ、そうですか…?」


 月山さんにそう言われて、嬉しいやら恥ずかしいやらで動揺してしまう。


「それに、私ほどじゃなくても2人にもいろいろあるんでしょ?」

「―――っ」


 さっきまでとは違う動揺が走った。

 ファミレスでのことがあったから、気付かれていること自体には驚かない。

 でも、話題に上がると、やっぱり平静でいるのは難しくなってしまう。


「悠斗が遊佐さんを助けに行った時の顔、あんなに真剣な顔するんだってビックリした」


 朝の件だとすぐにわかった。

 あの時、たしかにゆーくんは怒ってくれていた。

 改めて大切に想われていることを実感して、嬉しさが込み上げてくる。


「お互いにあんなに想いあってるのに付き合ってないんだから、すごく根深い事情があるんでしょ?」

「それは…」

「あー、いいの、中身を知りたいわけじゃない」


 月山さんは慌てたように両手を顔の前で振る。


「ただ、早く解決するといいなって思って」

「それが一番だとは思ってるんだけど、私はゆーくんのペースで良いとも思ってるから…。私が傍に居続けられたらきっと、って信じてる」

「そっか。それじゃあ、いつか2人から報告されるのを楽しみにしてるから、毎年2人でこっちに来てね」


 少し悪戯っぽく言う月山さん。

 私にはその言葉は意外だった。


「それって…」

「その…、幼馴染同士、友達になりませんか…!」


 月山さんは少し顔を赤くしながら、目をぎゅっと瞑っている。

 まるで告白されているみたいな空気に、私も照れてしまう。


 器用そうに見えていた月山さんも、実は不器用なのかもしれない。

 どこか、ゆーくんと似てるかも。


 そう気付いたら、なんだかおかしくなってしまった。


「あははっ。もちろん、喜んで!」


 私にとって数少ない、“友達”と呼べる存在がまた1人出来た瞬間だった。

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