予定外は続く
「あ、屋台見えてきたよ!」
倖楓は嬉しそうな声を上げて、俺の腕を何度も引っ張る。
「そんな『何年か振り』みたいなテンションしてるけど、ついこの間いっぱい食べてたじゃん」
「だって今年の夏、最後の屋台になるんだもん」
「そんなに食いしん坊キャラだったっけ?槙野のが
「香菜ちゃんが聞いたら怒られちゃうよ?」
「いたら言わない…、いないよな?」
自分で言いながら、明希達は同じ場所にいるということを思い出して辺りを見回した
槙野だけでなく、知り合いの1人もいないことを確認できて胸を撫で下ろす。
神様もそこまで俺に意地の悪いことはしないらしい。出来ればこの先も甘くしてください。
「香菜ちゃん達、今どんな雰囲気かな」
「考えるだけ野暮ってもんだよ」
「えー。ここで盛り上がれないのが男女の差なのかな?それとも、ゆーくんの恋愛への関心がただ低いだけ…?」
「そういうわけじゃないけど…。ただ、あの2人は長い間見てたから今更って思うだけだよ」
「ふーん…」
つまらなそうにする倖楓に、俺は苦笑する。
俺に何を期待してるんだか…。
「そういえば私、ゆーくんの恋愛観って聞いたことない」
「べつに聞かなくてもいいだろ…」
「それは、聞かなくても私ならわかってるってこと?」
わざとらしく照れて見せてくる。
誰だこのポジティブお化けを産み出したのは。
とは言っても、実際に俺が好きな相手なのだから間違ってるわけでもないのだけど…。
「…全然違う。誰かに話すつもりがないって意味だよ」
「久木君とも話したこと無いの?」
「無いな。話を聞くことはあったけど」
話と言っても、“相談”ではなく“惚気”と呼ぶべきものだったなと思い返す。
中学の時も男子でそういう話になっても適当に誤魔化してきたし、真面目に自分から恋愛について話した事なんてない。
「じゃあ、好みの髪型は?」
「なんで話を続けるんだ…」
「それなら、何フェチとかでもいいからー」
「代わりになってない!」
倖楓の質問攻めからどう逃れようかと思案を始めて、すぐに屋台が目の前まで迫っていることに気が付いた。
「お!サチ、フランクフルトの屋台だぞ!」
「誤魔化し方が雑だよ、ゆーくん!」
「じゃあ、サチはいらないんだな。せっかく母さんがサチの屋台代も持たせてくれたのに」
「え!?食べる、食べます!」
必死に主張する倖楓を宥めて、屋台のまだ出来たばかりの列に並んだ。
前の人がフランクフルトを受け取って離れて行き、俺達は店員さんに「はい、どうぞー」と呼ばれる。
「2本くだ―――」
「1本ください!」
倖楓が俺の声を遮って店員さんに注文してしまう。
俺が注文すると思って目を合わせていた店員さんも戸惑って固まっている。
「1本ください!」
「あ、はい!」
もう一度伝えることで、自分が注文すると店員に理解させたようだ。
すぐに1本用意してくれた店員さんにお金を渡して屋台から離れた。
「…で?」
今度は何事かと、呆れ疲れた声で倖楓に説明を求める。
「ほら、どうせならいろんなもの食べたいし、2人で分けた方がいいかなって!」
「言ってくれればこっちもビックリしなくて済むんだけど…」
「はーい、ごめんなさい」
満面の笑みで謝られてもなぁ…。
そもそも再会してからの倖楓は、俺に何も言わずに何かを進めることがかなりの頻度である。怒るほどの事でもないことから、ちょっと怒られることまで様々だ。
俺の反応を見て楽しんでるっていう面もあるのだろうけど、それだけが理由じゃないのはなんとなく感じていた。
「ゆーくん?」
少し考える時間が長かったらしい。
今は考えても仕方ないと、頭の隅に追いやった。
「なんでもない。食べようか」
「うん」
先に倖楓に食べさせて、言い方は悪いが余った分を俺が食べることにした。
半分くらい食べ進めたところで倖楓がフランクフルトを差し出す。
「はい、ゆーくん」
「ん、ありがと」
受け取ったフランクフルトを食べながら通り過ぎていく人を眺めていると、見覚えのある顔が数人通り過ぎて行った。
あれはたしか、隣のクラスのやつだ。話したりしないが、体育が2クラス合同なので顔はわかる。
「やっぱり、学校の人もいるみたいだね」
倖楓も気付いていたらしい。
女子も一緒に歩いていたから、倖楓はそっちに見覚えがあったのだろう。
それにしても、出来れば顔見知りに出会いたくはないな…。
そんなことを考えていると、脇腹を小突かれた。
隣を見ると、唇を尖らせて不満そうな倖楓がいる。
「ゆーくん、またそんな顔してー」
どうやら、また考えが顔に出ていたらしい。
倖楓と2人だと、内心を表情に出さないようにするのをつい忘れてしまう。
これは直さないといけないなと、自分を戒める。
「学校の人に見られたって、堂々としてればいいの!」
「声かけられたり、変に勘違いされて知らない所で話のネタにされるのが嫌なんだよ…」
それに2学期がすぐに始まるのだから、ネタとしての新鮮さは保たれたままになるだろう。考えただけでうんざりする。
「もういっそのこと、見せつけてしまえばいいのでは…!」
倖楓は名案だと言わんばかりの表情で呟く。
「俺の言った事、聞いてた…?」
呆れ半分で尋ねると、倖楓は頬を膨らませる。
「言いたい人には言わせておけばいいし、ゆーくんは勘違いって言うけど、べつに勘違いじゃないし」
よほど不満らしい。腕組みをしてご立腹アピール。
「事実と違ったら、それは勘違いに―――」
「じゃあ、あの日のことも勘違い?」
倖楓は、俺の腕に抱き着いて顔を覗き込むようにして聞いてきた。
お盆のキスを、度々こうして思い出される。意図的なのか、たまたまなのか。
―――いや、なんとなくわかる。風化させたくないのだと思う。
それだけ俺と倖楓の関係において、あれは大きな出来事だったのだから。
もちろん、俺も忘れるつもりも無かったことにするつもりもない。
だからこそ倖楓からそのことを言われると、顔を見れなくなってしまう。
「今それを言うのは…、ずるいだろ…」
「待ってる側も色々悩んだりしてるんだから、お相子!」
「………」
倖楓にそう言われたら、俺には何も言い返せない。
「…ごめんごめん、ちょっと意地悪だったね」
そう言って謝る倖楓の顔は、笑っているのに寂しそうで―――。
そのまま俺の腕から離れようとする倖楓を、空いている片腕で引き止める。
無意識の行動だった。ただ、そんな顔をさせたことが辛かった。
「サチは悪くない。俺が―――」
謝ろうとする俺の腕を、離れかけていた倖楓が強く握る。
「“俺が悪い”って言ったら、ほんとに怒るから」
いつものように拗ねた様な顔ではなく、真剣な顔をする倖楓。
どうして倖楓が怒るのか。それを理解するのに時間はほとんど必要なかった。
単純な話だ。これがもし、謝ろうとしていたのが倖楓だったら俺も同じように止めただろう。
だって、これは2人の問題なのだから。
それと同時に、俺が心のどこかで自分の問題だと思っていたのだと気付かされた。
本当に、倖楓には敵わないな。
「…わかった。言わない」
そう答えると、満足の回答だったのか倖楓は満面の笑みでパンッと手を合わせて、
「はい!じゃあ、この話はおしまい」
そして、また俺の腕を取る。
「ゆーくんも食べ終わったし、花火見やすい所に行こっ」
「はいはい」
怒られたばかりなこともあって、引っ張られても苦笑するしかない。
そんな風に倖楓に引かれながら通りに戻ってすぐ、不意に誰かとぶつかってしまった。
「あ、すいません」
すぐに謝りつつ、ぶつかった相手を見ると、思わず声が出た。
「…え?」
そこにいたのは―――、
「…みな、もと…?」
今にも泣きだしそうな槙野だった。
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