俺にラブコメを仕掛ける強襲型幼馴染
一葉司
プロローグ
カウント.3
「ねぇ、ゆーくん!」
隣にいる少女が呼ぶ。
少女が名前を呼んでくれるだけで嬉しさと照れくささでいっぱいになる。
「なに?さっちゃん」
「わたしから離れてどこかに行っちゃわないでね?ずっとそばにいてね?」
少女の笑顔と明るい声色なのに発せられた不安そうな言葉に、思わず笑ってしまう。
「何言ってるの、当たり前だよ!」
「そうだよね!じゃあ約束!」
少女から差し出された小指に、小指を合わせて指切りをする。
そのやりとりに胸が不快感で染まり痛む。
―――――俺は、この約束の結末を知っているから。
さっきまでの浮遊感から、一気に身体の重みを感じて意識がはっきりする。
「あー、くそ…」
寝起きとしては最悪の気分だった。
枕元のスマホを触って時間を確認すると6時15分の表示。
今日は6時30分に起きるつもりだったのでアラームもその時間にセットしてあったが、鳴る前に起きてしまった。
アラームを解除してベッドの上で身体を起こす。
「仕度するか」
ベッドから出て、寝室からリビングへ行く。
とりあえず、時間を把握しながら仕度するためにテレビをつけてニュースを映す。それから洗面所に行き、顔を洗う。タオルで水を拭きとって顔を上げると鏡に映る自分のすごく不機嫌そうな顔が目に入り、今朝の夢を思い出してしまう。
「なんで今日みたいな日にあんな夢を見るんだ俺は・・・」
そう、今日は俺『
そんな日に俺としては悪夢と呼べる夢を見てしまったのだから、不機嫌な顔になるのも無理はないと言えるけど。
「幸先が悪いってやつだな」
目が覚めてからもう何度目かのため息をつきながら、リビングに戻って朝食を用意する。
テレビから流れるニュースを聞きながら手早く朝食を食べ終えて、ブレザーを残して着替えと身支度を済ませると、時間はもう7時になっていた。
「電話するか」
俺はスマホをスラックスから取り出して、履歴から母を選び電話を掛ける。コールが2回鳴り、母の声が聞こえる。
「はーい、もう準備はできたの?」
「あとはブレザーを着て出るだけ」
「そ、悠斗がちゃんと1人でやっていけそうで母さんは安心しました」
高校入学を機に、俺は学校の最寄り駅周辺で1人暮らしを始めた。両親にこの提案をした時は、ほとんど悩まずに許可を貰えたので驚いた。住むことになった部屋はセキュリティをはじめ、駅やコンビニやスーパーといった生活に欠かせない場所からも近いという立地も完璧なマンション。正直、自分で言い出したことではあるが、こんなにいい場所を1人で住んでしまっていいのだろうかと今でも思う。
「自分でも大丈夫そうだなって感じてる」
「じゃあ戸締りはしっかり確認してから出るのよ」
「ん、わかってるよ。」
「入学式、みんな見に行けなくてごめんね」
両親は共働きの上、3つ上の姉がいるがそっちも今年から大学なので何かと忙しく、家族が入学式を見に来られないことは予めわかっていたことだ。1人暮らしの資金も面倒見てもらっている身で、文句を言ったりするはずがない。むしろ感謝でいっぱいだ。
「大丈夫だよ。もう小さい子じゃないんだからさ」
「それでも子どもの晴れ姿っていうのは、親として見たいものなのよ」
さらっとこういうことを言える母には敵わないなと思わされる。せめてもの抵抗として、何でもないように返すことしかできない。
「ふーん、そういうもんか。そろそろ出ないと待ち合わせの時間に遅れるから、切るよ」
「そう、じゃあ改めて入学おめでとう。いってらっしゃい」
「ありがとう。いってきます」
俺は通話を切り、言われた通り戸締りの確認をしながらこれからの高校生活のことを考える。考え始めると何個も不安な事が浮かんでくる。友人にネガティブだと言われるけど、こういう事は想定しておいた方が直面したときに対応力と心の傷に大きな差が出ると思う。
「大丈夫、無難に目立たず過ごすように心がければ高校も中学と変わらずなんとかなるさ」
「…たぶん」
中学時代が平和だったか疑問が出たが深く考えたらいけない。
「行くか」
最終チェックが終わって荷物を持って玄関に行き、真新しいローファーを履く。ドアノブに手を掛け、一息吐いてから
「行ってきます」
その言葉と同時にドアを開けて、俺は新生活のスタートへ向けて足を踏み出した。
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