姉の訪問
学校から夕飯の買い出しを済ませて帰宅すると、そこにはTシャツに短パンのラフな格好で長い髪をアップにまとめた姉がいた。
倖楓とはもちろん小さい頃からの関係で、呼び方からもわかるように姉妹のような仲の良さだ。昔は3人で過ごすことも多かった。俺が疎遠になってから付き合いがあったのかは知らないが、さっきの反応から思うに変わらず仲良しのようだ。
そんな彼女がなぜ俺の部屋にいるのか。理由はわかっていたが、今日家に来るとは聞いていない。
「なんでさっちゃんもいるの?」
「いや、制服みればわかるでしょ。サチも彩天なんだよ」
「へ?…あ、そうなんだ!すごい偶然があるものね!」
謎の間があった気がする。
「ところで悠斗。あんた、さっちゃんのことサチって呼んでるの?」
「そうだけど?」
「どうしてよ?」
べつに呼び方をどうしたっていいだろうに。説明しないとうるさそうなので一応する。
「高校生にもなって前みたいな呼び方は恥ずかしいから」
「えー、いいじゃない減るもんじゃあるまいし」
「明日香お姉ちゃんもそう思うよね!」
倖楓がヒートアップしてきた、話題を変えないと面倒なことになる。
「そんなことより」
「そんなことじゃないよ!」
倖楓さん、ちょっとうるさいです。
「なんで部屋にいるの?用事は明日でしょ」
「だって1回も悠斗の部屋に来た事ないの、家族でわたしだけだし。どうせなら今日泊まってもいいかなって思って」
「その発想に至ることに文句を言うつもりはないけど、普通連絡するでしょ!」
「さっちゃーん、悠斗がお姉ちゃんに冷たーい」
「えっと、私も連絡くらいはしてあげてもいいんじゃないかなって思うかな?」
お前が言うなと思ったが、せっかくの加勢なので黙っておく。
「で、なんでさっちゃんがいるの?もしかして、わたしお邪魔?」
「たしかに家にお邪魔はされてる。でもそういうのじゃない」
「ゆーくんの部屋で晩御飯作るの。明日香お姉ちゃんも一緒に食べよ!」
「…悠斗の部屋で晩御飯作るって、やっぱり付き合ってるの?」
「やっぱりそう見えるかな!?」
「全然違う」
また腕を叩かれた。なんで1日に2回も同じ勘違いをされなきゃいけないんだ。倖楓もちゃんと否定してほしい。
「えー。お姉ちゃん、さっちゃんのこと妹だと思ってるけど戸籍上の義理妹がほしいー」
「妹がいる人と結婚すれば解決するな」
「それじゃあ仲良くなれるかわからないじゃない。その点、さっちゃんは全ての条件をクリアしてるし」
「仲が良いしかクリアしてないから。姉ちゃんが遊佐家の養子になるなら俺は止めないよ」
「…その手があったか!」
「ダメだよ!?明日香お姉ちゃんはゆーくんの姉でいてね?」
「冗談冗談♪」
この人が言うと冗談に聞こえないから困る。
「そういえば、明日何かあるの?」
「あれ、さっちゃん聞いてない?悠斗が明日からバイト始めるの。私が高校の頃やってたところで、私の紹介で悠斗がそこでバイトすることになってるの。だから明日は、挨拶がてら一緒に行くってなったわけ」
「全然聞いてない!ゆーくん私に何も話してくれないんだよ?」
「ほんとに?薄情ねー。一緒にお風呂に入った仲だっていうのに」
「「それは今関係ない(よ)!」」
これだからこの人は、と頭が痛くなる。そんなの幼稚園の頃の話だし、もう記憶にも残ってない。
「それで、なんのバイトなの?」
「この近くで、夫婦でやってる洋食屋さんかな?わりと洋食以外のメニューもあるから怪しい所ではあるけどね」
「へー、行ってみたいかも!」
「俺がいない時に行ってらっしゃい」
「ちゃんと接客してよ!」
「嫌だよ、知り合いに接客なんて」
「でもここから近いんでしょ?学校の人とか来たらどうするの?」
「偶然来るのと、わかってて来るのじゃあ全然違う」
「さっちゃん、どうせお客として来たら拒否できないんだから乗り込んじゃえばいいのよ」
「そうだね!ありがとう明日香お姉ちゃん!」
変な入れ知恵をしないでくれ。ただでさえ悪巧みが多いんだから。俺がため息をついていると倖楓が不思議そうに尋ねてきた。
「でも、どうしてバイトすることにしたの?」
「そういえば、わたしもちゃんとした理由は聞いてなかったわね」
「そんなに大した理由じゃないよ。高校生のうちにそういう経験はしておこうと思ったのと、親に1人暮らしの資金をおんぶに抱っこだからね。自分で使うお金くらい自分で何とか出来ないとダメだと思ったんだよ」
「なんだ、ちゃんとした理由じゃない」
「うん、ゆーくんらしい考え方だと思うな」
急に真面目に褒めてくるから調子が狂ってしまう。
「もうこの話はいいだろ、夕飯の仕度しよう」
「ふふふっ、そうしよっか」
「わたしも手伝おっか?」
「明日香お姉ちゃんはゆっくりしてていいよ」
「さすがにキッチンに3人は狭い」
「じゃあお言葉に甘えて」
雑談が長引いてしまったが、やっと当初の目的は果たすことになった。倖楓がエプロンをつけて手を洗い始めた。俺も調理器具などの準備をはじめる。
「さっちゃん、なんで制服のままなの?着替えてから来ればよかったのに」
「そう言われればそうかも、すっかり忘れてた」
「なんかそうやって制服にエプロンしてキッチンに立ってると、高校生新妻感がすごくて見ちゃいけないものを見てる気になるわね…」
「私まだ15だよ?それに結婚は早くても2年後かなー」
「2年?…あぁそういうことね!」
なんて会話しているのやらと思ったが姉は納得したらしい。2年後に何かあるかと考えたが、高校卒業くらいしか思いつかなかったので高校生の間は結婚するつもりがないという話だろう。相手がいるのかは知らないけど。そもそも高校卒業と同時に結婚する人なんて稀だろうに。
「で、悠斗はさっちゃんのエプロン姿見てどうよ?」
姉ちゃんの言葉に合わせて、倖楓が俺に見せるように回る。モデルのマネをしているのか。まあ、倖楓がやると様になるのでおかしいということはない。どうと聞かれたからには何か答えないといけないだろう。
「どうもこうもないよ。下は制服だし家庭科の授業ってかんじ」
「制服は好みじゃなかったかー…」
倖楓がうつむきがちに何か言っているが聞き取れない。足りないものでもあったのだろうか。
「あんた、いつか不幸になるわよ」
「急に怖いこと言わないでください」
というか最近はずっと不幸続きで困ってるんだから勘弁してほしい。
倖楓が未だに考え込んでいるので声をかける。
「サチ、どうした?何か足りない?」
倖楓に声をかけるが反応がない。こんなこと今までなかったので心配になり、顔を覗き込んで改めて声をかける。
「サチ?大丈夫?」
倖楓の目の焦点が俺の目に合う。すると普段より狭められていた瞼が、急に大きく開かれる。
「ひぁっ!」
驚いた倖楓が後ろに体重を移動させるが、スリッパのせいもあってか足が上手くついて行かなかった。後ろ向きに頭から倒れそうになる。
「サチ!!」
咄嗟に倖楓の手を掴んで自分の方に引き寄せた。後ろに倒れるよりも俺の引く力が強かったのだろう、勢いよく俺の方に来たので体で受け止めた。倖楓も必至だったのか、俺の体に力強く抱き着いている。
俺は危機的状況を回避できたことと、自分の咄嗟の行動が上手くいったことへの安堵から動けなかった。倒れかけた本人なのだから倖楓も安堵で動けないようだ。
―――――次第に時間の感覚が無くなってきた。俺が動かないから倖楓が動けないのか、倖楓が動かないから俺が動けないのか。だんだん倖楓の体を自分の近くに感じ始める。もう自分の鼓動か倖楓の鼓動か判断できない。すぐに折れてしまいそうな細さだったり、身体のやわらかさだったり、明らかに考えてはいけない思考に達し始める。まずいのはわかっているのに倖楓も動いてくれない。自分が何をしていたのかも忘れ始めた頃。
「おっほん。合意の上ならお姉ちゃん、外で時間潰してきますけど」
「「うわぁ!!!」」
部屋に2人の声が響く。今度はどちらからともなく同時に離れていた。
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