女子会

「それでね、倖楓ちゃん」

「うん」


 私の隣に座る香菜ちゃんがそう切り出したのは、この部屋に入ってから5分くらい経った頃だった。

 今、私たちは駅前にあるカラオケの個室に2人で入っている。

 昨日の夜、香菜ちゃんから「相談したいことがあるんだけど」と連絡が来て、それなら周りを気にせず話せる場所でということになってここを選んだ。


 友達から改まって相談をされるのは初めての経験だから、どこまで役に立てるかわからないけど、頑張りたい。


 私は気合充分で香菜ちゃんの話に耳を傾ける。


「実はこないだあった合宿で、男バスの人から告られたんだよね。もちろん断ったんだけど」

「そうだったんだ…」


 香菜ちゃんの報告を聞いた私は少し俯いて相槌を打った。


 香菜ちゃんはかわいいし、気遣いも出来る凄く良い人だから、誰かに好意を持たれるのは納得できる。

 でも、私はその報告を聞いて「凄いね」とか「流石だね」とか、そんな風に持ち上げるようなことは言えなかった。

 だって、自分の好きな人以外からそういう好意を向けられるのは、相手には申し訳ないけど嬉しくないと私は思っているから。


 私が相槌を打ってから香菜ちゃんが何も言わない。

 もしかしたら、私は香菜ちゃんの思っていた反応をしなかったのかもしれない。

 慌てて顔を上げると、そこには嬉しそうな、でもどこか泣きそうな香菜ちゃんの顔があった。


「…香菜ちゃん?」


 不安になった私が名前を呼ぶと、香菜ちゃんは勢いよく私に抱き着いた。


「へ!?か、香菜ちゃん!?」


 一体、どうしたのだろう。

 私には状況が全く理解出来なかった。


「やっぱり倖楓ちゃんは、わかってくれるんだね!」


 私に抱き着いたまま、香菜ちゃんは嬉しそうな声を上げる。

 さっきの一言で、香菜ちゃんには私の思っている事が全部伝わったということなのだろうか?


「女バスの友達からは羨ましいとか、まるで良いことのように言ってくる人しかいなくて…」


 本当に全部伝わっていたようで、私は驚いた。

 それと同時に、香菜ちゃんが私と同じような考えを持っていることが嬉しいと思った。

 だから、私も香菜ちゃんを強く抱き締め返す。


「そっか、それは辛かったね」

「うん、ありがとう」




 熱い抱擁から少し後。

 香菜ちゃんはフライドポテトをもくもくと食べ進めながら、ぼやいていた。


「どうして、本当に言ってほしい人はいつまでも言ってくれないんだろうね」

「そ、そうだね」


 私には苦笑いで返事をすることしか出来ない。


 言えない!つい最近、言われたばかりだなんてこの状況で言えるわけない!


「言わないにしても、せめて倖楓ちゃんと水本みなもとみたいにほとんど一緒にいられたら良かったのに…」


 香菜ちゃんも久木君もお互い友達が多い。

 部活にも入っているし、なかなか一緒にいる時間を作るのは大変なのだと思う。


 その点、私は高校に入ってからゆーくんとほぼ一緒にいられてる。

 もちろんそれは、私がそうしたいと思って行動しているのが大きいとは思う。

 でも、もしゆーくんに友達が多かったら今よりもずっと一緒にいられる時間は少なくなっていたかもしれない。

 そう考えると、不謹慎かもしれないけどゆーくんに友達が少なくて良かったと思ってしまう。


「でも、逆にそれだけ一緒にいるのに言葉にしてくれないっていうのも考え物か」


 香菜ちゃんが腕を組んで頬杖をつきながら、悩ましそうに言う。


 さすがにゆーくんの評価が下がってしまうのは黙っていられなかった。


「そんなことないよ!」


 少し食い気味に否定してしまったかもしれない。

 香菜ちゃんは驚いた顔をしている。


 すると、数秒後に驚いた顔で私に迫ってきた。


「あの水本が!?…もしかして、2人はとうとう付き合ったの!?」

「待って待って!付き合ってはないよ!」


 私は慌てて香菜ちゃんの両肩を押さえながら否定する。

 ここで「付き合ってるよ」と言えたら良かったのだろうけど、今はあれだけでも満足している。


「じゃあ、水本は何を言ったの?」


 最初は言うつもりは無かったけど、聞かれてしまったのだから仕方がない。

 私は話すつもりはなかったよ?

 べつに「私のゆーくんがこんな風に」とか「ちょっと恥ずかしそうだったところがかわいかった」とか、そんなこと話したかったなんてこれっぽっちも思ってなかったよ?

 ほんとだよ?


「あのね、私のことを“特別”って言ってくれたの!」

「えー!?あの水本がそんなことを!?信じらんない!」

「幼馴染じゃなくて、私だから特別なんだって!」


 思い出すだけでドキドキしてしまう。


「それでそれで?倖楓ちゃんは何て答えたの?」

「えっと、もの凄く嬉しくなっちゃってね…、キスしちゃったの!」

「キャー!」


 香菜ちゃんが口元を手で覆いながら、歓喜のような奇声をあげた。

 私も叫びたくなる。

 ああ、話してたらゆーくんに会いたくなっちゃった。


「もっと詳しく教えて!」

「えっとね―――」


 私は、香菜ちゃんにあの時の状況を事細かく説明する。


「はぁー、もう付き合うの通り越して結婚したらいいと思う…」

「えー?さすがに気が早いよー!」


 香菜ちゃんはそんなに私とゆーくんのことをお似合いだと思ってくれるなんて、嬉しくて照れてしまう。


 それにしても、話の最初の方は楽しそうにしてたのに、なぜかとても疲れた顔をしている香菜ちゃん。

 一体、どうしたのだろう?


 ふと、今日は何のために集まったのかということを思い出した。


「ごめんね、私ばっかり話しちゃった。香菜ちゃんの相談の続きをしないと!」

「え?…あ、そうだった」


 香菜ちゃんもすっかり忘れてたみたいだった。


「えっと…、そうだ。それでね、もういっそのこと私から告白してしまおうかと思ったんだよね」

「良いと思う!…でも、今までどうしてそうしなかったの?」


 私が質問すると、香菜ちゃんは少し考える素振りをしてから、すぐに答えてくれた。


「中学の頃までは、周りを気にしちゃって出来なかったんだよね」

「…どういうことを?」

「周りと比べた時の私のアドバンテージって小学校の頃のバスケスクールが同じってだけでさ。中学には小学校が同じ子なんてたくさんいたし、みんな一緒にいた時間は長くて、私のアドバンテージなんて大したことないと思ってて」

「そんなこと…」

「うん。時間だけが全部じゃないってわかってるんだけどね。でも、もし付き合ったら周りはそんな風に割り切ってくれる人だけじゃないとも思うんだ」


 中学生ともなれば、そんなに物分かりが良い人はほとんどいないだろう。


「でも、高校ではそのアドバンテージが大きくなったから自信が出来たっていうのかな。相変わらずライバルは多いけど…」


 香菜ちゃんは苦笑いを浮かべている。


 私は納得出来ると同時に、それが悔しくもあった。


「ずっと一緒にいた2人なんだから、それを否定したり邪魔したりなんて誰もしちゃいけないはずだよ」

「…倖楓ちゃん?」

「あ、えっと…」


 つい気持ちが入って強い言い方をしてしまった。

 私は、どう説明したらいいかを考えて戸惑ってしまう。


 でも、先に香菜ちゃんが話してくれた。


「倖楓ちゃんは迷わずに水本の傍にいることに全力を注げて、強いよね」


 香菜ちゃんはどこか羨ましそうに言う。


 私は、首を横に振って否定する。


「強くなんてないよ。むしろ逆だよ」

「え?」

「ゆーくんがいないと私は弱いって知ってて、に気付いた時には1人だったから」


 私は自嘲気味に笑う事しか出来ない。


 香菜ちゃんは言葉に迷っている様子だった。


 また困らせてしまった。

 今日は香菜ちゃんのために頑張るって決めてたのに、私は本当にダメだ。


「また話が脱線しちゃった!ごめんね!」

「ううん」


 私が笑って謝ると、香菜ちゃんも笑って受け入れてくれた。

 本当に香菜ちゃんは優しくて、友達になれて良かったと心から思える。


「それでね、告白するとは決めたけど、まだ無計画で」


 香菜ちゃんは情けなそうに笑っている。


「じゃあ、一緒に考えよ!」


 ここからはちゃんと香菜ちゃんの力になれるようにしないと!


 改めて、私達は作戦会議を始めたのだった。

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