倖楓のいない夜明け
病院で一通りの処置が終わり、俺は病院の診察室で母さんの到着を座って待っている。
救急車で運ばれる際、学校からの付き添いで来てくれたのは担任の
しかし、通話可能スペースへ行きたいと言い出せず、今は大人しくしていることしか出来なかった。
もう何度目かになる溜息を吐いた直後、診察室の扉がゆっくりと開き、母さんの顔が見える。後ろには榊先生も一緒だ。
座っている俺を見ると、母さんは安心した様子で笑顔を見せた。
「大丈夫そうね」
「まあ、重傷のうちには入るんだろうけど……」
俺は苦笑しながら左腕のギプスへ視線を落とす。
病院へ到着しレントゲンを撮ると、やはり左腕は折れていた。
全治三ヶ月と診断を受けたが、幸いなことに複雑な折れ方はしていなかったため、後遺症などの心配はほとんどないとのことだった。
母さんが到着後、改めて医師からの説明を母さんも交えて聞き、病院を出る頃にはすっかり夜になっていた。
「今日はうちに帰るけど、必要そうなものはお姉ちゃんが悠斗の部屋から持ってきてくれるから、心配しなくていいよ」
「……わかった」
病院の駐車場に止めてある母さんの車の中で、俺は肩を落とす。
出来ればマンションへ帰って倖楓に会いたかったが、母さんには仕事を抜けて迎えに来てもらっている時点で我が儘は言えなかった。やっぱり、みんなにはスマホからメッセージを送っておくことしか出来なさそうだ。
明日は質問攻めになる光景が目に浮かび、
当初、榊先生からは大事を取って明日の文化祭は休んだ方が良いと言われたが、俺がどうしても行きたいと頼み込み、母さんからの許可が出たことで昼過ぎから行かせてもらえることになった。
三人へメッセージを送り終えたが、一番送っておきたい人のトーク画面は開いたまま指が止まっていた。
内容が思いつかないわけじゃない。むしろその逆だ。伝えたいことが多すぎて、文章がまとまらない。
悩んだ末に「今日は実家に帰ることになったよ。出来たらあとで電話したい」とだけ送信することで落ち着いた。
車で実家へ帰ると、父さんと姉ちゃんに揃って出迎えられた。
大丈夫なのかと心配はされるが、母さんも含めた誰一人として何があったのかを聞いてこない。
怪我に気を遣ってなのかはわからないが、今はその方がありがたかった。
夕食と入浴を済ませ、二階の自室へ向かう。
もしも左腕じゃなくて足を骨折していたら、もっと大変だったろうなと思いながら階段を昇る。
扉を開けるとすでに布団が敷いてあった。改めて、家族の有り難みというものをひしひしと感じる。
布団に横になり、スマホを見る。
メッセージを送ってからずっと気にしていたが、未だに倖楓からだけ返信が来ていない。ただ、既読は付いているので見てくれたことだけは確かだ。
もしかしたら疲れて早く寝てしまったのかもしれない。今日はそれだけ大変な一日になってしまった。
一日を振り返ると、遠くにあったはずの疲労感と猛烈な眠気に襲われる。
それから意識を手放すのに、さほどの時間もかからなかった。
『――――ね』
真っ暗な微睡みの中、声がする。
『ごめんね……』
泣きじゃくる倖楓が、一人立ち尽くしていた――。
「――倖楓!」
声を発した時には、倖楓の姿はどこにもない。
目に映るのは、最近ではもう懐かしくなった部屋の天井だけだ。
「……夢か」
とてもリアル感じられた。
夢を見ている時は誰しもがそうかもしれないが、目を覚ました今でもその声が耳に残っているようだ。
「昨日、実際に見たからかな……」
あんな風に泣く倖楓を見たのはいつぶりだろう。
早く、倖楓に会って話がしたい――。そう思ったら、寝ていられるわけがなかった。
左手を気遣いながらゆっくりと起き上がる。
時計へ目を向けると10時35分を指していた。学校には午後から行くにしても、寝過ぎてしまった。
枕元のスマホを手に取ると、不在着信が十件、メッセージが三件も溜まっていた。どれも一時間前くらいに届いている。
授業中にならないよう、普段から通知音を切っていたことが祟ったようだ。着信もメッセージも、茉梨奈さんと明希と槙野からだった。
ちなみに着信は茉梨奈さんと明希が二件ずつで、槙野が六件と一番多い。――とても嫌な予感がした。
とにかく確認してみないことには要件がわからない。はじめに、槙野のメッセージから開く。
『倖楓ちゃんが来てない。水本と一緒に居るんでしょうね?』
残りの二人からのメッセージを確認するまでもなく、俺は槙野へ電話をかけた。
『もしもし! あんた連絡してくるの遅い!』
ほぼワンコールで槙野の憤慨した声が耳に刺さった。
今はそれに文句を言うことも思いつかない。
『あっ、ちょっと――」
『もしもし。
明希が槙野のスマホを取ったらしい。
興奮気味の槙野に代わってスムーズなやりとりを出来るようにしてくれたのだろう。
「まだ倖楓は来てないんだよな?」
『ああ。
「……わかった。俺の方でも連絡してみる。もし倖楓が学校に来たら連絡してくれ」
『もちろん』
「ごめん。頼んだ」
電話を切って行動を起こそうとする俺を、スピーカーの向こうから槙野が引き留めた。
『
「なに?」
『……昨日、倖楓ちゃんが落ち込んでたこと、あたし、わかってたのに……』
「槙野が悪いわけじゃない」
『……ごめん。でも、それならあんたが悪いわけでもないんだからね? それだけは間違えたらダメだからね』
「――ありがとう。そっちのことはよろしく」
『うん』
今度こそ通話を終えた俺は、支度を始める。慣れないギプスに多少苦労はしたが、なんとか着替えを済ませた。
その間、ハンズフリーで倖楓に電話をかけ続けたが、一度も出てはくれなかった。
部屋を出た俺は、元々学校まで送ってくれることになっていた母がいるであろうリビングへ向かう。
急いでいることもあり、少し乱暴にドアを開け、
「母さん! 急で悪いんだけど今すぐ車を――」
俺は、その言葉を最後まで続けることが出来なかった。
リビングにいたその人物に、意識の全てを奪われたからだ。
「久しぶりね、ゆうくん」
――倖楓の母親、
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