エピローグ

俺の強襲型幼馴染

 十二月二十八日。

 冬休みに実家へ帰った俺は庭のウッドデッキに座り、冬の夜空を眺めて物思いに耽っていた。


 もうすっかり年の瀬だ。

 先月がいろいろ大変だったからだろうか、師走と呼ばれる月にしては、ずいぶんとゆったりとした時間の過ぎ方をした気がする。


 倖楓さちかと気持ちを確かめ合ったあと、学校へ到着すると、倖楓は茉梨奈まりなさんと槙野まきのから沢山叱られていた。

 最後には倖楓と槙野が抱き合って号泣しはじめるという収拾のつかなさは困られたものだ。


 その後、とうとう俺と倖楓が付き合ったことが周囲にも広まり、校内で一人でいるときも恨めしい視線に何度も指されたが、一週間くらいでそれも落ち着きをみせた。


 そして一番の気が重い事後処理だったのは、言うまでもなく滝沢たきざわとのことだ。

 あれだけ大事になってしまったら個人間の問題で終わらせられはしない。

 俺と倖楓は教員からの事情聴取に時間を取られたが、俺たちの証言が目撃者と概ね一致していたこともあり、解決するまで長期化すようなことにはならなかった。

 どういった内容で口論があったのかは「昔のことで意見が食い違った」と具体的には明かさなかったが、問題点は滝沢が本当に倖楓を押したのかどうかだったので、深く追求はされなかった。


 その滝沢は、二ヶ月の停学処分となったらしい。

 直接の謝罪を、という話が出たのだが、俺と倖楓はこれを拒否。

 その代わり、こちらもそれ以上の大事にする気はないので二度と顔を見せなければいいと伝えておいた。

 それでも停学処分となったのは、向こう側の学校からの誠意なのかもしれない。


 思い返しただけでも疲労感が戻ってくる。

 それを追い出すように吐いた息が白く舞う。


 不意に、背後の掃き出し窓が開く音がする。


「風邪引いちゃうよ?」


 振り返ると、倖楓がブランケットを抱えて立っていた。

 そのままリビングから出てきた倖楓は隣に座り、持ってきたブランケットを自分と俺の肩にかける。

 連れ戻しに来たのではなく、一緒に座るつもりだったらしい。


「あんまり冷やすと、手にも良くないと思うな……」


 まだ一ヶ月しか経っていない俺の左腕は、もちろんギプスのままだ。

 心配そうに見つめる倖楓に申し訳なくなり、苦笑いで返す。


「ちょっと休憩してたんだ」

「今日は賑やかだったもんね」


 うちのリビングから倖楓が出てきた理由に繋がるが、今日は遊佐ゆさ家がうちへ食事をしに来たのだ。もちろん、うちの両親と姉も揃っている。

 前に話していた冬休みになったら倖楓の両親へ挨拶しに行くという約束が、こういう形で実現することになった。

 まあ、俺が顔を合わせていなかったというだけで、両親同士はずっと交流を続けていたようだし、久しぶりの再会というわけではない。

 でも、こうしてみんな揃っているというのは本当に久しぶりで、全員が感慨深さを感じているのがわかった。


 ――と、ここだけなら感動的な話で済むのだが、俺だけ複雑な事情が重なり過ぎている。

 ただでさえ倖楓の両親への挨拶が遅くなったのに、聡美さとみさんとは意図せず顔を合わせている上、倖楓と付き合っているというのもプラスされた状態で、その父である宏一こういちさんと直接会うのはかなりハードルが高かった。


 うちへ来る前に倖楓の実家へ赴き、それはそれは気まずい空気で挨拶をさせてもらった。

 しかし俺の不安は杞憂で、聡美さんと同じようにお礼を言われ、倖楓のことを頼まれた……のだが、うちへ来て酒が入った途端「娘が嫁に行く姿を想像出来すぎてイヤだ! 早すぎる!」と半泣きで叫び始めたのだ。

 その場は大人たちが宥めたものの、今も父さんと泣きながら晩酌をしている。


 というわけで、いたたまれなくなった俺は外へ逃げ出してきたわけだ。


 俺の右肩に、倖楓の頭がそっと乗せられた。


「私、まだ夢を見てるみたい」

「どんな?」

「大切な人達が笑顔で、大好きな人が隣にいてくれる夢」

「ちゃんと現実だよ」

「……じゃあ、証明して?」


 肩から頭を離した倖楓が瞼を閉じてこっちを向く。

 俺は倖楓の顔へ右手を近づけ――、鼻をキュッと摘まむ。


「みゃっ! 何するの!」


 俺の手から逃れ、鼻を手で抑えて抗議する倖楓に、顎で掃き出し窓を指す。

 不満を滲ませたまま、そこを見た倖楓が「あ」と声を漏らした。

 野次馬と化した姉が窓に張り付いていたのだ。


「悠斗が恥ずかしかったのはわかったけど、そんなことで結婚式の時どうするつもりなの?」

「いや、そんなもうすぐあるみたいな言い方しないでくれる?」

「でも、もう予約してあるし」

「だから式場抑えたみたいな言い方もしないでね? プロポーズの予約だからね?」

「もー! 結局、いつかは絶対するわけなんだから、慣れておいた方がいいと思います!」


 結婚式でキスしてる人達も、べつに人前ですることになれてるわけじゃないと思う。


「……うちは神前式だから心配ないな」

「え、そうなの?」

「今決めました」

「今から亭主関白でどうするの!」


 いつもの言い合いが始まって呆れたのか、いつの間にか姉ちゃんは窓から離れていた。


「冗談は置いといて、結婚の話はまだ気が早いって」

「まあ、先だもんね」

「そうそう、二年も……二年!?」


 予想外の数字に、肩からブランケットがずり落ちる。


「だって、十八歳じゃないとダメでしょ?」

「そこじゃない! あまりにも早すぎるだろ!」


 そりゃあ宏一さんが泣きたくもなるわけだ。


「私からしたら遅すぎるくらいだよ!」

「婚期さんも逃げ出すウォーミングアップすら終わってないわ!」

「そんなに私と結婚するのがイヤなの?」


 どうして高校一年生でこんな会話を繰り広げているのか、わけがわからない……。

 俺もべつに倖楓と結婚したくないわけじゃない。ただ、二年後なんてまだまだ自分を大人と呼べる気がしないし、親から独り立ちも出来てないうちから結婚というのは無責任に思える。

 これは俺のプライドの問題な気もするし、今は上手いこと言ってやり過ごすことにした。


「ほら、そのー……俺たち、やっと付き合いだしたわけだし、恋人の期間がもうちょっと長くてもいいのかなーって思ったり……?」


 数秒、悩ましげな顔をした倖楓は、やがて納得したように頷く。


「それもそうかも! 、焦らなくてもいいかもね」


 納得してもらえたことにホッとするが、すぐ頭に何かが引っかかった。


「……今、なんて?」

「え? 焦らなくていいかもねって」

「いや、その前」

「年明けには悠斗の部屋で……あ」


 倖楓が急いで口を手で塞ぐが、もう遅い。


「……どういうこと?」

「えっとー、もう私の部屋解約しちゃたー……的な?」

「お前! この間の大掃除するって言ってたのは、まさか!」


 急にバタバタと忙しそうにしていたと思ったら、そのためだったとは……。

 寒さにやられてしまったのか、頭がクラクラしてきた。


 混乱する俺をよそに、倖楓が折り目正しくこちらを向き、


「不束者ですが、よろしくお願いします。――ね、ゆーくん♪」


 と、ウィンクを浴びせられた。


 ――どうやら俺の強襲型幼馴染は、まだまだ止まらないらしい。

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