悠斗と倖楓の作戦会議

「今日はありがとな」


 ファストフード店の外に出ると同時に、明希がお礼を口にした。


「どういたしまして。…って言いたいけど、結局何も決められなかったしなぁ」


 俺と明希は2時間ほど、あれでもないこれでもないと案を出し合った。

 しかし、どれも悪くは無いが飛びぬけて良い案というわけでもなく、結局最後までまとまらなかった。

 最後の方には「告白ってなんだっけ」や「付き合うってなんだっけ」なんて迷走をし始めていた。

 そんな状況だったため、今日はお開きにして後日に改めることにした。


「まあ、俺が全部考えろって話なんだけどな…」

「失敗しないように他の人の意見を聞くのは悪いことじゃないと思うよ」

「そう言ってもらえると助かる」

「メッセでもまた集まるでもいいから頑張ろ」


 俺は改札の近くまで明希を見送り、スーパーに寄って倖楓に頼まれた物を買ってから家路についた。


 スーパーの袋を左手にぶら下げて歩きながら、俺は考え事をしていた。


 ようやく明希と槙野が付き合うと思うと、とても感慨深い。

 どういう形での告白になるかは今の所、全く想像できない。

 でも、2人がお互いを好き合っているのは今更だし、結果はわかりきっている。

 なので、今はとても喜ばしい気持ちでいっぱいだ。


「それにしても、告白か…」


 小さく呟く。

 自分には縁遠いものと思っていたが、つい最近似た様なことをしたと思い出した。


 ―――その時、背中に何かが突撃してきた。


 俺は左手のスーパーの袋を落としそうになり慌てたが、そうならずに済んで安心する。

 背中側から俺の胸まで回されたその両手を見てため息を吐く。

 そして、そのまま説教を始める。


「あのなー、危ないことはするなって何回言えばわかってくれるわけ?」


 俺の背中に張り付いているその子は腕の力をさらに強めた。


「だって、早くゆーくんに会いたかったんだもん」


 倖楓は声を弾ませながら答える。


「朝は一緒だったんだから、しばらく会ってなかったみたいな言い方するなよな」

「仕方ないでしょ、会いたくなっちゃったんだから」

「仕方なくない。あと、俺が卵を持ってるのわかってるんだから、割れたらどうしようとか考えてください」


 倖楓に頼まれて夕飯に必要なものを買ったのだから、本人は当然わかっているはずだ。


「それは…、ごめんなさい」


 思ったよりもすぐに謝ってきた。

 どうやら考えもせずに突撃してきたらしい。


「ほんと、そういうところが危なっかしいよな…」

「ゆーくんが心配してくれるなら、それはそれで…」

「おい!」

「冗談冗談♪」


 絶対に冗談で言ってなかったと俺の勘が言っている。

 出来れば、ずっと心配せずに済んでほしい…。

 …いや、無理か。


 俺は諦めをため息で吐き出した。


 すると、倖楓が腕を解いて俺の背中から真横に移動してきた。


「あんまりため息ばっかり吐いてると、幸せが逃げてっちゃうよ?」

「誰のせいだと思ってるんだか…」

「じゃあ、私が責任を持ってゆーくんを幸せにします!」

「あー、はいはい」

「もうっ、本気なのにー」


 冗談と言ったり本気と言ったり、本当に自由というかなんというか…。

 しかも、その言葉とは反対のことを考えてたりするのだから、性質が悪い。

 まあ、そんなややこしいところがあっても嫌いになれないのだから、これが所謂惚れた弱味というやつだろうか。


 俺は倖楓を軽くあしらいつつ、止めていた足を再び進め始めた。

 倖楓も遅れずに横を歩く。

 俺と倖楓は、そのままマンションの俺の部屋まで並んで帰った。






 一緒に帰り夕食を済ませた俺達は、2人揃ってソファに座っていた。


「ねぇ、そろそろ今日のこと話さない?」


 倖楓は、もう我慢できないと言わんばかりの様子。


 実はお互いに出かける前に俺と倖楓の間であることを話して決めていた。

 それは、もしも明希と槙野の相談がその2人の間に関係する事だった場合は俺と倖楓で共有しようというものだ。

 まだ、どういう相談だったか倖楓には教えていなかったが、言い方的に倖楓の方も俺と似た様な相談だったのだろう。

 そして、倖楓もそれに気付いているからこそ話を切り出したのだと思う。


「いいよ。どっちから話す?」


 倖楓は待ってましたという勢いで手を挙げる。


「それじゃあ、言いだしっぺの私から!」


 その顔はとても楽しそうだ。

 女子がこの手の話が好きと言うのは、倖楓も例外ではないらしい。


 俺と倖楓は、お互いに受けた相談内容について話した。

 一通り話し終えると、倖楓はソファの上でクッションを両手に抱えつつ、足をバタつかせて悶えていた。


「2人揃って告白することに決めるって、通じ合ってる感じがして良い!」


 ものすごくテンションが高い倖楓。

 もう少しだけ声量を落としてほしい…。


「お互いに自分から告白と思ってるって、逆にすれ違ってない…?」

「もうっ、どうしてゆーくんはそう悪い方に取っちゃうかな!」

「だって、どっちもプラン練ったら片方のプランは潰れるわけだろ?」

「それは…、たしかに…。で、でも、最終的な目標は好きって伝えて付き合うことなんだから、それは大した問題じゃないと思うな!」


 そう言われてみれば、たしかに2人とも自分から告白することが重要というわけではないか。

 ならこの際、どっちが先でもいいのか。


「まあ、どっちもそのつもりなんだから、場をセッティング出来れば片方がヘタレても、もう片方が何とかするか」


 それに、本気になった槙野が今更ヘタレるとも思えなかった。


「問題は、その“場”なんだけどね…」

「だなぁ…」


 結局、倖楓の方も俺の方と同じで良い案が出なかったらしい。

 どっちも夏休み中に決行するつもりのようだが、その夏休みも残り2週間を切っている。

 もう好き同士なのはわかりきってるのだから、特別なプランを立てなくてもただ呼び出して言えばいいのではないかと思ったが、一緒に居すぎて普段通りだと上手く言えないかもしれないと2人揃っての発言だ。

 そんなところまで揃わなくていいだろうに…。


「ねぇねぇ」

「ん?」

「ゆーくんは理想の告白シチュエーションってあるの?」

「な、なんだよ急に」

「する側でもされる側でもいいよ?」


 倖楓に言われて考えてみる。

 今まで告白しようと考えたことも無いので、全くイメージが湧かない。

 人生で初めて告白されたのはついこの間ということもあり、される側のイメージは浮かんでも、それが理想かと聞かれるとよくわからなかった。


 俺はとりあえず正直に答える。


「思いつかない」

「えー」


 明らかに不満そうな顔と声。


「思いつかないものはしょうがないだろ?」

「ちゃんと考えた?に告白されるところとか!」

「好きな子って…」


 倖楓と目が合った。

 その瞬間、あの夜のことを鮮明に思い出してしまった。

 3日経って、やっと落ち着いて来たのに…!


「どう?」


 そう尋ねる倖楓の顔は、とても二ヤついていた。


 間違いなく俺の反応を楽しんでいる。

 人の気も知らないでと言ってやりたい衝動を必死に抑えた。


「サチはどうなんだよ!」

「私?」

「俺よりサチの方が告白される経験なんかは多いだろ?」


 昔から倖楓は人気だったし、高校でもその印象は変わらない。

 高校に入ってから告白された様子もないが、中学の3年間なら何度かあってもおかしくないと思う。


 すると、倖楓は悩ましそうな顔をした。


「んー。私のは参考にならないと思うな」

「なんで?」

「私、呼び出しには応じなかったから、ゲリラ的に告白されたことしかないんだよね」

「ゲリラ的?」

「廊下で突然とか、教室に来て突然とか、いろいろ…」


 というか、ほんとに告白されてたのか。

 もしかして、俺が知らないだけで倖楓は誰かと付き合ったことがあるのだろうか?

 いや、そんなことは無さそうというか、無いと信じたい。

 キスだってあの時が初めてだと言ってたし…。


「ふふっ」


 突然、倖楓が吹きだした。


「心配しなくても、1回もオーケーしたことないよ?」


 倖楓は笑ったままそう言って、俺の手を握ってくる。


 その、全部見透かしたような言動に悔しさを覚えてしまう。

 やっぱりこの子には敵わないのかもしれないと思わされる。


「べつに心配してない…」

「ほんとー?」


 倖楓は、俺に疑いの目を向けつつ顔を近づけてきた。

 ついさっきあの夜を思い返した俺にとって、その近さは危険なレベルだった。

 俺は逃げるようにソファから立ち上がる。


「今日は考えても良い案は出ないだろうし、また明日考えような!」

「えぇー!まだ諦めるような時間じゃないよ!」

「明日は久しぶりのバイトだから早く寝るべきだと思うんだよ!」

「それなら、尚更明日は考える時間が無いでしょ?」


 普通ならそうだろうが、俺にはそれを覆せる言い分があった。


「いや、洋介さんと海晴みはるさんという成功例に聞くのが1番参考になる!」


 そう、付き合うを通り越して結婚をしているんだ。

 その理論で言えば親も含まれるのだろうが、さすがに聞けるわけもない。

 つまり、甲斐かい夫妻ほど参考になる意見を聞ける人はいない。


「それは、そうかもしれないけど…」


 まだ納得がいかない様子の倖楓。

 こういう時は、その流れを無理やりにでも始めてしまうのが1番だ。


「さ、そうと決まったらまずは洗い物しないとだな」


 俺は倖楓が何か言い出す前に台所へ向かう。


「え?あ!それはずるいよ!」


 とりあえずではあるが、倖楓との作戦会議を翌日に持ち越したのだった。

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