親との関係

 突然の撮影会から15分程経ち、俺は家に入ってリビングのソファに身を沈めて疲労感を誤魔化していた。


 何故疲労感が出ているのかと言うと、1枚で終わると思っていたら角度がどうとか、ポーズがどうとか、表情がどうとか、とにかく何枚も撮り直しがあったからだ。

 正直、どれでも良いだろと言いたかったが、2人の熱の入りように口を挟む隙が無かった。

 その証拠に今も―――――、


「私はやっぱり、これが良いと思うんですよね」

「えー、でも悠斗の顔がムスッとしてない?」

「そこがまたかわいいんですよ!」


 テーブルにノートパソコンを置いて、何度も撮りなおした写真を2人で吟味している。

 2人の会話は聞くだけでも疲れたので、最初の2分以降から俺の耳を通り過ぎていた。


「まあ、こんなものかしらね」


 会話を聞き流していても、こういう自分にとって都合の良い言葉というのは良く耳に入ってくるものだ。

 母さんの一言でようやく終わりかと一安心したところで、聞き逃せない台詞が倖楓から発せられる。


「じゃあ、これは私のスマホに送ってもらって、


 倖楓のスマホに保存されるのは仕方ないと思う。でも、「お母さん」が出てくるとなると話は変わってくる。


「サチのお母さんにも送るなんて聞いてないんだけど」

「なんで倖楓ちゃんが写ってるのにうちだけの物になると思ってるのよ?」

「いや、それはそうかもだけど…」


 母さんの言い分は正論だと理解出来る。でも俺としては倖楓の両親にも見られると思っていなかったのだから、かなり困る。

 そもそも、倖楓と再会してから未だに倖楓の両親とは顔を合わせていなければ挨拶さえしていない。理由は他にもあるけど、端的に言えば気まずいと思っている。


「悠斗、そういうのは先延ばしにすればするほど行きづらくなるんだからね」

「うっ…」


 これだけ倖楓と一緒にいるのだから挨拶しないといけないと頭ではわかっているのだけれども、なかなか一歩が踏み出せない。


 そんな俺を見て、倖楓が「仕方ないなぁ」といった顔をする。


「じゃあ、冬休みになったら行こうね、ゆーくん」


 どのみち1人で挨拶というのは構図として違和感しかないので、倖楓が一緒なのは決まっているだろう。そうなると半ば俺に付き合ってもらう形になるのだから、倖楓にそう言われたら嫌とはとてもじゃないけど言えない。


「…わかった、冬休みに行く…」

「うん、お母さんとお父さんにそう言っておくね!」


 これでもう後には引けないな…。まあ、まだ夏も終わってないのだから、今は気にしてもしょうがない。

 それに、今はそれよりも先の用事がある。


「ていうか俺達そろそろ出ないと、バタバタして花火楽しめないんじゃない?」


 俺の指摘で時間を見た倖楓が、慌てて椅子から立ち上がった。


「すっかり夢中になっちゃってた!」

「倖楓ちゃん落ち着いて。車で駅まで送ってってあげるから、そんなに遅くならないわよ」

「ありがとうございます、奈々さん!」


 それにしても、倖楓はよく余所の家の親とここまで仲良く出来ているなと思う。緊張とか、気まずいとか、そういうのは無いのだろうか。同棲だからかとも思ったが、俺が倖楓のお父さんと緊張せずに話せるかと考えると、絶対に無理だと思う。

 まあ、倖楓と母さんの相性がたまたま良かっただけか。


「ほら、悠斗も行くわよー」


 すでにリビングから出ようとドアノブに手をかけている母さんに呼ばれたので、考えるのを止めて俺もソファから立ち上がった。


 車内では助手席に倖楓が座ったので、母さんと倖楓の会話を聞いているだけで駅まで着いた。

 車から降りて、俺と倖楓は母さんに送ってもらったお礼を言う。


「送ってくれてありがとう」

「奈々さん、ありがとうございました」

「どういたしまして。倖楓ちゃん、悠斗のことお願いね」

「はい!任せてください!」


 倖楓は自信満々に胸を叩いた。


「悠斗はしっかり倖楓ちゃんと一緒に楽しむこと」

「わかったわかった」

「大丈夫ですよ、奈々さん。今日のゆーくんはご機嫌ですから!」


 またこの子は余計なことを…。


「えー、そうなの?それなら心配いらないわねー」


 母さんもここぞとばかりに二ヤついた顔で俺を見てくる。

 このままだといつまでも遊ばれそうだ。俺は改札に向かうことで、無理やり会話を終わらせることにした。


「電車の時間もあるし、もう行く」

「あ、ちょっとゆーくん!奈々さん、行ってきます!」

「はーい、行ってらっしゃい」


 母さんが見送りの言葉を言う時には背を向けていたが、振り返らずに手を振っておいた。

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