大切な友達
2人でベンチに腰を下ろして数分。
レンと再会してから2人だけでちゃんと話すのは初めてだ。
何から話すべきか、あれこれと頭で模索する。
すると、先に口を開いたのはレンだった。
「今日さ、私は楽しかったけど、悠斗は?」
「俺も楽しかった」
「うん」
俺が同意したことが嬉しそうなレン。
「あの頃と比べたら、大人に近付いた私達だけど、それでも変わらずに楽しかったことが、すごく嬉しかった」
「そっか、レンがそう思ってくれたなら良かった」
俺は、自分が昨日までレンのことを忘れていたことへの罪悪感がどうしても無くなっていなかった。
でも、レンの言葉で少しだけ救われたような気がする。
「あのさ…」
再び話し出したレン。
今度は、少し暗い表情をしていた。
「私、向こうで友達いっぱい作るって言って別れたの、覚えてる?」
「うん、覚えてる。心配しないでって言ったよな」
お互いに辛いのを隠そうとしながら、笑っていられるようにした会話だ。
今はハッキリと思い出せる。
「でもね、出来なかったんだ」
何と声をかけたらいいのか、わからなかった。
「どうして」や「辛かったね」とか、どんな言葉も自分には口にする資格が無い気がして―――。
そしてレンは、別れてからのことを話し出してくれた。
「向こうでは、突然やって来た私は異物で、深く関わろうとする人がいなかったの。私も初めての場所で、初めての転校だから、どうしたらいいのかわからなくて踏み込めなかったの」
レンは俯きながら、ゆっくりと話す。
「幸いって言っていいのかな。いじめられたりはなかった。ただ、お客さんみたいな感じかな。そのまま友達なんて出来ずに1年経った」
「それは…」
「いじめは無かった」その部分が本当に良かったと安心した。
でも、1年経ったという部分が素直に良かったと思わせてくれなかった。
そして、レンはその後も話を続けてくれた。
話しかけてくれはするが、遊ぶわけでもない人が2、3人出来たこと。
でも結局、こっちにいた頃のような“友達”は出来ないまま、小学校を卒業したこと。
中学に上がってから、なんとかグループのような輪に入れはしたが、本音を言えるような関係ではなく、心から楽しかった時が全く無かったということ―――。
聞けば聞くほど、心が締め付けられた。
それなのに、俺はレンのことを…。
「だから、高校はこっちに戻りたいって強く思った。親に頼み込んで、喧嘩もして、それでも何とか1人で戻って来れた」
それで、俺とも再会出来たのかと納得した。
―――だが、話はまだ終わっていなかった。
「それでね、入って高校に、昔の友達がいてね」
「うん」
「勇気を出して、その子に声をかけたんだけど…」
レンの表情を見れば、良い結果ではなかったのがすぐにわかった。
「もしかして、俺みたいに…?」
「ううん。覚えてはいたの」
「なら…?」
「戻ったはずの私は、こっちでも異物になってた」
「―――っ」
言葉が出ない。
「私はね、“こっちにいた人”じゃなくて“向こうに行った人”になってたの」
そう言うレンは苦笑いを浮かべていた。
どうして笑えるんだ。
辛かったはずなのに…。
俺も、小学校の頃の友達だと思っていた人達との関係は消えた。
でも、中学で明希と槙野、茉梨奈先輩という縁に恵まれた。
高校でも一緒で、そこに倖楓も加わって、俺の高校生活は昔からは考えられないほどに変わった。
なのに、レンは変わらないどころか、希望を失った。
そんな恵まれた俺がレンに何を言えばいいのか、何を口にしていいのか、わからない。
―――そして、俺は気付く。
レンがそんなにこっちでのことを想っていたなら――――。
「…レン。ファミレスで、レンも俺のこと忘れてたって言ったのは…」
「…うん。ごめん」
「なんでレンが謝るんだよ。謝らないといけないのは俺の方で…」
こんな自分が許せない。
もしも出来るなら、自分自身を殴り飛ばしたい。
行き場の無い、自分への怒りが拳に集まっていた。
しかし、それをレンの手が優しく包んで解いた。
「私ね、今日は久しぶりに心から笑えたんだよ?」
本当に嬉しそうに笑うレン。
「カフェで声をかけた時ね、怖かった。本当はこっちの友達と同じくらい、悠斗とも会いたかったから。だから、少しでも昔と変わらないようにして声をかけたの」
昨日のことを思い出す。
たしかに、そんな出来事があったなんて微塵も感じさせない、昔と変わらない明るい印象だった。
「悠斗が変わらずに接してくれて、本当に嬉しかった」
「変わらずに」その言葉が、俺に気付かせる。
思えば、再会したレンには最初から自然に素の自分で話せていた。
それは、俺にあのことが起きて以来、初めてのことだった。
そして、もう1つの事実に。
レンは辛い記憶を、自分自身のことを俺に話してくれた。
それなら、俺も―――。
「あのさ、俺、小学校で友達だと思ってた人達がそうじゃなかったって思い知らされてさ…」
俺は、あのことを話しはじめた。
レンは、何も言わずに俺を見つめている。
「それはさ、俺自身じゃなくてサチの近くにいる俺っていう価値だけだったんだよ」
「そんなの…」
レンだって辛かっただろうに、俺の話を聞いて怒ってくれている。
それが嬉しかった。
「それがあって、中学はそいつらがいないとこを選んだんだ。まあ、逃げたとも言えるけど」
俺は自嘲気味に笑う。
「それからの俺は、とにかく周りの顔色とか、そういうことばかり気にするようになってさ、俺が心から楽しいと思える時間なんて限られた時しかなかった」
「でも、少しでも楽しい時間があったなら良かった」
「うん、ありがとう」
短くお礼を言い、俺は話を続ける。
「それでさ、レンと話してて気付いたんだ。昔のままの俺で、倖楓を抜きに友達になれたのって、レンだけなんだ。…忘れてたくせに何言ってんだって思うだろうけど」
「ううん、忘れるのが仕方ないくらい、悠斗はずっといっぱいいっぱいだったんでしょ?それに、辛いことがあった小学校の頃を忘れたくなるなんて当たり前だよ」
「そう、かな…」
「そうだよ!だから、私からしたら、また会えて変わらずにいられることが1番」
この子は強いな…。
本当に、また会えて良かったと心から思う。
「レンは俺にとって、大切な友達だよ」
「1番?」
からかうように聞いてくるレン。
すぐに肯定しようと思ったが、明希の顔が頭に浮かんで苦笑いしてしまう。
「えっとー、同率かな」
俺がそう答えると、レンは特に気にした様子も無かった。
「男の子?」
「うん、中学からの付き合いだけど、たくさん助けられた」
「そっか、じゃあ女子部門で1位ってことで我慢しようかな」
「助かります」
2人で一緒に笑い合う。
少しずつ、いつもの調子が戻ってきた。
「ところで、倖楓ちゃんは1番じゃないの?」
「え!?」
突然、倖楓を話題に出されて動揺してしまった。
「サチは、友達っていうか…」
「幼馴染?」
レンにそう言われて、“幼馴染”について考える。
もちろん、倖楓は幼馴染だ。
でも、レンも幼馴染だと思う。
そこで、2人とも同じかと聞かれると―――。
真剣に考える俺を止めたのは、レンだった。
「はいはい、ご馳走様」
「え、なにが?」
俺は、なぜ急に「ご馳走様」なのかわからずに戸惑う。
「あんな良い子、あんまり待たせたらダメだよ?」
レンが何を言わんとする事はわかった。
ここで「何の事」なんて恍けることは、大切な友達だと伝えた手前出来なかった。
「それは…、うん」
俺の詰まりながらの返事に「仕方ないなぁ」と言いたそうな顔をするレン。
「まあ、全部を伝えないにしても、ちゃんと“想ってます”って伝えて安心させてあげた方がいいよ?倖楓ちゃんがわかってるんだとしても、悠斗から言われるのとじゃあ、全然違うはずだから」
レンの言葉が、心からの助言だと伝わってくる。
―――それが、俺だけじゃなくて倖楓のことも思ってだということも。
「さて、帰らないとね。本当に夜になっちゃう」
茜色だった空は、すでに夜の色に染まりつつあった。
「送るよ」
「それじゃあ、お願いしようかな」
俺とレンは公園を後にし、アパートまでレンを送り届けて別れた。
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