車内の攻防
「もう何も信じられない…」
車の窓に頭を預けて座り、外の景色を眺めながら俺は呟く。
「ゆーくん、ごめんってばー」
車が出発してから、倖楓は俺の腕にすがるようにして謝罪を繰り返していた。
「いい加減許してあげなさいよ、さっちゃんなりのサプライズじゃない」
「そうよ、悠斗。男の子なんだからそれくらい受け入れる度量が無いとダメよ?」
水本家の女性陣は完全に倖楓の味方らしい…。
俺も、普段なら少し怒ったりすることはあっても長く引きずったりしない。ただ今回は俺以外の家族全員わかっていたのに俺に黙っていたのだ。これで“人間不信”、もとい“家族不信”になっても仕方ないだろう。
それに最も想定外だったのは、
「まさか父さんまでグルだったなんて…」
我が家の中で唯一、真面目さで一番信頼していたはずの父に裏切られることになるとは思いもしなかった。
俺がショックを口にすると、運転をしている父が苦渋に満ちた声を出した。
「悠斗がいない家での力関係は、常に1対2なんだぞ…」
その言葉だけで、普段どんな状況なのかすぐに察することが出来た。父さんも苦労してるんだな…。
そう思ったらこれ以上強く抗議が出来ない。俺はため息をつく。
「許してくれる?」
倖楓が捨てられそうな子犬のような目をして聞いてきた。
「うっ…」
つい許してしまいそうになるが、家族とグルになっていた意外にもう1つだけ不満に思っていることがある。それは、倖楓も離れるのを気にしているような素振りをずっとしていたことだ。それがなかったら、俺もあそこまで離れがたいような気持ちになることもなかったのに…。とにかく、そこが弄ばれたような気がして簡単に許したくない。
だから、さっきの問いに対する答えはこうだ。
「やだ」
「へ!?」
どうやら、もう許してもらえると思っていたらしい倖楓は素っ頓狂な声で驚いた。
すると、倖楓は自分のトートバッグから何やら取り出そうとする。少し気になって目を向けるが、俺はすぐに外へ視線を戻す。
何やら、のり付けされた蓋を開ける音がした。
「はい、ゆーくん」
倖楓の方を再び見ると定番のお菓子である、『じゃがっこ』を1本差し出していた。
まさかとは思うが、食べ物で釣れると思っているのだろうか。さすがに信じたくないので一応確認する。
「なに」
「じゃがっこ好きでしょ?しかも、ゆーくんが好きなじゃがバタ味だよ?」
たしかに俺が一番好きな味だ。それに通常サイズではなくロングタイプ、よくわかってる。
しかし、今はそんなことを聞きたいわけじゃない。
「いや、なんで急にじゃがっこなの」
「これで許して?」
さすがにカチンときた。
「何でそれで許してもらえると思った!?」
「え!?じゃがっこじゃダメだった?それなら―――」
倖楓はそう言いながらトートバッグから次々とお菓子を出してきた。まさか、お菓子の為だけにそのトートバッグを持ってきたのだろうか…。
「って、違う!種類の問題じゃない!」
「じゃあ、どうしたら許してくれるの!」
「それは…」
そう言われると、どうしたら許すのか何てわからなかった。倖楓も謝罪はしているわけで、これ以上となると物か行動を要求するしかないとなるのもわかる。しかし、具体的に何を要求するべきなのか…。
俺が考え込む様子を見せると、倖楓の隣に座る姉ちゃんが呆れたような声を出した。
「もういいじゃない。それとも何かエロい要求でもするつもり?」
「へ!?ゆーくん…」
「しねーよ!?」
とんでもない誤解が生まれた。なんてこと言い出すんだこの姉は。倖楓なんて、自分の胸を両腕で守るような体勢を取っている。
すると、少し顔を赤らめている倖楓がトートバッグから赤い箱のお菓子を取り出した。
それも定番のチョコスティックのお菓子、『ポックー』だ。またお菓子で許してもらおうとするのかと思いきや、自分で1本口にくわえた。普通に食べてくなっただけかと興味を失いかけたその時。
倖楓が目を瞑り、ポックーをくわえたまま俺の方を向いた。
「んっ」
倖楓がただ1音を発しただけで、何をしたいのかを察してしまった。これは、合コンとかそういう場所で浮かれた人種がするという『ポックーゲーム』だ。
まさかこんな狭い空間で、しかも周りには自分の家族がいるという地獄みたいなシチュエーションでやる気なのか!?
俺の動揺を余所に、倖楓はどんどん顔を近づけてくる。ポックーも、もうすぐ俺の唇に触れそうな距離まで迫ってきた。
「あらあら、倖楓ちゃんも大胆ね。私達も昔やったことあったわよねー」
「奈々、そういうことを子ども達の前で言うのは止めてくれないか…」
息子の気も知らないで呑気に会話をする両親。姉ちゃんなんて、完全に面白がってニヤニヤしている。
どうやら助けは無さそうだ。そもそも最初から家族全員に騙されたばかりだったな…。なぜ怒ってた俺がこんな状況になるのかと頭を抱えたくなった。
しかし、そうも言っていられない。
「わかったよ!もう許すから!」
やけくそ気味に言いながら倖楓の両肩を手で押さえて止める。
倖楓は片目を開けて、「仕方ないなぁ」と言いたそうな顔をして元の体勢に戻ってポックーを食べ始めた。
俺はなんとか危機を脱出したことに安堵して息を吐く。
すると、姉ちゃんが小馬鹿にしたような顔で、
「ヘタレ」
こういうのは反応したら負けだと知っている。俺はまた外を眺めることに集中する。
すると、ポックーを食べ終えた倖楓が俺に顔を近づけてきた。そのまま耳に手を当てて、
「また今度しようね♪」
少し楽しそうな声で言ってきた。
「…うるさい」
俺は、倖楓に聞こえるか微妙な声を出す事しか出来なかった。
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