知人同士の邂逅

 辺りがすっかり暗くなった頃、ようやく目的地に到着した。


「着いたよ」


 俺がそう伝えると、明希はるき槙野まきのは顔を店に向ける。


「ルピナス? へー、かわいい名前ね」

悠斗ゆうとがどこに連れて行こうとしてるのかずっと考えてたんだけど、もしかしてここって……」

「そ、俺達のバイト先」


 二人を連れて来たのは、俺と倖楓さちかがバイト先としてお世話になっている『ルピナス』だ。

 明希と槙野には飲食店でバイトをしているとは伝えていたが、店名などの詳細は含まれていなかった。


 店内に入ると、タイミングよく入り口付近に海晴みはるさんが立っていた。


「あれ? 悠斗くん、倖楓ちゃんどうしたの?」

「四人なんですけど、空いてますか?」


 背後の明希と槙野の姿が目に入ったようで、すぐに状況を理解してくれた。


「ちょっと混んでてね……。もし良かったら、カウンター席でも大丈夫?」


 金曜の夜ということで、ほぼ満席に近い状況だったようだ。

 倖楓は大丈夫そうだったので、俺は後ろの二人に振り返り、目で確認してみた。

 二人が頷いたので海晴さんに了承の旨を伝えると、すぐに席へ案内された。




「うーん、何にするか迷うわね……」

「だな。文字だけでも美味そうに見える……」


 席に着くなり、槙野と明希がメニュー表とにらめっこをはじめていた。

 初めての店ということもあるだろうが、洋食屋というのは料理の選択肢が多い。

 二人の気持ちはよくわかる。まさに今、俺も脳内会議中だからだ。


「ねえ、ゆーくん」

「ん?」


 倖楓は俺の隣で同じメニュー表を見ている。


「もしかしなくても、パエリアで悩んでる?」

「うん。チキンかシーフードはかなり難しい二択だ……」


 俺が悩ましげに唸ると、倖楓はクスクスと笑う。


「それじゃあ、私もパエリアにするから、どっちも頼んで半分こしよ?」

「いいの? サチも頼みたいのあるでしょ?」

「私も食べたいからいいの」

「そっか。……じゃあ、お言葉に甘えて」


 俺と倖楓の注文が決まると同時に明希と槙野の方も決まったようで、海晴さんに声をかけて注文を終えた。


 ようやく一息つくと、槙野が俺と倖楓に小声で尋ねてきた。


「ねえ、一人でホールを回してるお姉さんってバイトの人?」

「いや、違う」

「海晴さんっていってね、このお店で一番偉い人なんだよ」


 実際は洋介ようすけさんとの間で上下関係は無かった気がするのだが、まあ同格で一番なら間違いではないだろうと口を挟まないことにした。


 海晴さんの立場を知った槙野は、目を見開く。


「あんなに若くて綺麗な人が!?」

「そうなの! 私も最初に会った時は高校三年生くらいだと思ったもん」


 余程共感しているのか、倖楓は何度も頷いている。

 まあ、ああいう人が将来“美魔女”なんて呼ばれるのだろうなとは俺も思ったりするけども。


「ところで、どうして今日はここに連れてくることにしたんだ?」


 明希の疑問は他の二人も気になっていたようで、全員の視線が俺に集まった。


「そんなに特別な理由なんてないんだけど……。まあ『文化祭の準備お疲れ様』と『明日から頑張ろう』みたいな?」


 言葉通り、なんとなく美味しいもの食べたいくらいの軽い考えだった。

 もしも何か意味を持たせようとするなら、俺が挙げた二つになるだろう。


「ゆーくん、大活躍だったもんね」

「たしかに悠斗が一番忙しそうだったな」

「ほんと、将来有望な社畜候補って感じだったわよね」

「槙野の一言で一気に褒められた気がしなくなったな……」


 そもそも、言うほどバタバタはしなかったし、社畜とはかけ離れていると思う。


「悠斗くん、そんなに凄かったの? 私にも教えてー」


 いつの間にか、カウンター越しに海晴さんが立っていた。

 どうやら、お客さんの対応が一先ず落ち着いたらしい。


「いや、ほんとに大したことしてないですから」

「謙遜しすぎは良くないよ? ゆーくんはもっと自信持っていいんだから」


 そうは言われても、文化祭の準備だけで威張るのもどうかと思う。


「自信に満ちあふれてる水本って、それはそれで嫌だけど」

「悠斗らしくはないかもな」


 友人二人も不評らしい。


「あ、遅くなってごめんなさい。私、悠斗くんと倖楓ちゃんにバイトしてもらっている、甲斐海晴です。今日は来てくれてありがとうございます」


 海晴さんの丁寧な挨拶に、明希と槙野も姿勢を正す。


「悠斗と遊佐さんの友人で、久木明希です」

「同じく、槙野香奈です。よろしくお願いします」


 知人同士がこうして知り合う場面というのは、嬉しいような、何とも言えないむず痒さがある。


「二人は、悠斗くんと倖楓ちゃんとの付き合いは長いの?」

「私と明希と水本は同じ中学で、倖楓ちゃんとは高校から知り合ったんです」

「じゃあ、悠斗くん経由で倖楓ちゃんと仲良くなったんだ」


 これが海晴さんの好奇心に火をつけたのか、俺と倖楓の学校での様子を槙野と明希から次々と聞き出していった。


 さすがに目の前で自分のことをあれこれ話されるのは恥ずかしい。

 五分程で限界を感じ、俺がそろそろ止めようとすると、それは倖楓も同じだったようで、


「ストップ! もうそのくらいで勘弁してください!」


 耳まで赤くして訴えている。


「あはは、怒られちゃった。それじゃあ、私は仕事に戻ろうかな。香奈ちゃん、明希くん、今度は二人のことも教えてね」

「私も海晴さんのお話聞きたいです」

「お手柔らかにお願いします」


 俺と倖楓のメンタルが削られたのを覗けば、良い初対面はつたいめんだったと思う。

 ただその後、槙野が拗ねた倖楓を宥めるのに苦労する図が展開されるのだった。

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