第7話 冒険者になろう

 俺たちはギルドにやってきた。

 一見大きな酒場に見える建物の中には、屈強な肉体をした人間でひしめいている。

 どうやら、全員冒険者らしい。

 基本的にフリーランスである彼らは、ああして新たなクエストがないか、待っているのだという。


 俺たちは早速受付に並んだ。


「ようこそ、ギルドへ」


 眼鏡のエルフが完璧な営業スマイルで、俺たちを歓迎する。


「仕事を探してるんだが……」


「ええ! 師匠も冒険者にならないの?」


 早速、パフィミアが尻尾をパタパタ振って、抗議の声を上げた。


「ならねぇよ」


 これまで腐るほど人間を殺してきたんだ。

 この際だから、殺し合いからは卒業したい。

 家の中で珈琲を片手に、仕事をするようなビジネスパーソンに俺はなるのだ。


「むぅ……。折角、師匠と冒険ができると思ったのに」


 パフィミアは大きく頬を膨らませる。


「かしこまりました。では、このカーラ・マッセンが担当させていただきます」


 厳かに手を胸に当て、カーラという受付嬢は質問を始めた。


「最初にお名前をうかがってもよろしいですか?」


「カプソ……じゃなかった、カプアだ。姓はない」


「では、カプア様の学歴をお尋ねしてもよろしいですか?」


「は? 学歴?」


「では、資格などは?」


「し、資格……ねぇ……」


「どこかの職業組合に属しておられますか? 紹介状などがあれば、いくつかお仕事をご紹介できますが……」


「しょ、紹介状……。あ、ああ、それね。うん。わかってるわかってる」


「えっと……。お持ちでない?」


「ざ、残念ながら……」


 はぅ……。

 気の毒そうに見てくるカーラの視線が痛い!


「申し訳ありません。それでしたら、カプア様にご紹介できる職業は……」


「ないんですか?」


「ないわけじゃないのですが……」


「じゃあ、それで!」


「それが……その……猫の餌係でして」


「猫の餌係…………? それって、給料の方は……?」


「はあ……。有り体に申しまして、猫の額程度のものかと」


 誰がうまいことをいえと言った!


「あっ! でも、大丈夫ですよ。冒険者なら、学歴も資格も、紹介状もなくても、簡単な試験を受けるだけでなることができますし。ランクが上がっていけば、豪邸に住むことがだって夢ではありません!」


 カーラは鼻息を荒くし、断言する。


 俺は横のパフィミアとシャロンを見つめた。

 パフィミアは激しく尻尾を振り、シャロンは天使のような微笑を浮かべている。

 俺の次の言葉を待っているようだ。


 仕方がない……。


「じゃあ、俺も冒険者になります」


「やったっっっっっっ!!」


 パフィミアは抱きつく。

 ぬわ! ひっつくな! 公衆の面前だぞ。


 冒険者の視線が痛い。

 明らかに「余所でやれよ」って顔をしている。

 お願いだから目立つ行動はやめてくれ。

 俺は人間界ここで静かに暮らしたいだけなんだ。


「よかったですね、パフィミア様」


「うん。これで師匠と一緒に冒険に出られるね」


 パフィミアはシャロンとも両手を繋ぎ、ピョンピョンと飛び跳ねた。


 俺はご免被りたいんだがな。

 この2人とは時間をずらして、仕事しよう。


「では、簡単に冒険者の資質があるかどうかテストさせていただきますね」


 すると、カーラは受付の奥から水晶玉を持ってきた。

 たぶん魔導具だろう。

 詳しいことは発動してみないとわからないが、鑑定系の魔法が付与されている。

 まずいな。シャロンの時みたいにレベルがわかる程度ならいいが、高位鑑定系魔法であれば、種族まで見抜く物もあるはず。


 俺が魔族だってことがばれたら、まずいな。


「はいはーい! じゃあ、まずボクが試験を受けるよ」


 突然、パフィミアが元気良く手を上げた。


 いいぞ、パフィミア。

 こういう時に、こいつの無邪気さは助かる。

 ともかく、これで魔導具にかかった鑑定魔法を見極めることができるだろう。


「あなたも冒険者志望なのですか?」


 カーラが尋ねると、パフィミアは元気良く頷いた。


「うん。……えっと、どうすればいいのかな?」


「難しく考えないでもいいですよ。ただその魔導具に手をかざすだけです」


「わかったよ」


 パフィミアは言われた通りにする。

 すると、魔導具が光り輝き始めた。

 その高貴な輝きを見て、ギルド内は騒然となる。


 俺も、シャロンも思わず息を呑んだ。


 やがて光が収まると、魔導具に文字が刻まれていた。

 そこにはこう書かれている。



 あんた何なんだ……。



 いや、お前がなんだよ。


 冗談みたいな文言に、俺は思わずツッコミを入れてしまう。

 だが、周囲の状況は冗談ではすまなかった。

 カーラや、周りの冒険者たちが等しく固まっている。

 それはまるで大事が起こる前触れを感じさせた。


「す、すごい……」


 カーラはようやく声を絞り出す。

 他の冒険者も同様だ。

 身体と唇を震わせていた。


「まさか、あの台詞を聞くことになるなんて……」

「こんな場面に、遭遇する日が来るとはな」

「おれ、感動しちゃったよ!」


 また息を呑む。


 なんなんだ、この空気は……。


 戸惑っていたのは、俺だけではない。

 当の本人も首を傾げて、大きな瞳を瞬かせていた。


「どういうこと?」


「すみません。あまりの出来事に、びっくりしてしまいました。実は、この魔導具は冒険者の資質を、出てきた言葉によって判定するのですが、『あんた何なんだ……』は、冒険者の資質を表す観測史上において最高の言葉なのです。過去に、この言葉が出て、勇者となり、数々の武勲を上げた人がたくさんいます」


「なるほど。そういうことでしたか」


 シャロンは頷く。

 パフィミアも納得顔で同じく頷いた。


「つまり、シャロンの予言はバッチリ当たってたってことだね」


「シャロン……。予言…………? もしかして、あなたは『予言の聖女』シャロン・ストーング様では? なら、あなたは?」


 カーラの問いに、答えたのはそのシャロンだった。


「こちらの方は、パフィミア・プリミル様。わたくしが勇者に選定したお方です」


「『予言の聖女』が選定した勇者様でしたか! それは失礼しました」


 カーラは頭を下げた。

 その彼女に、シャロンは実に慈悲深い笑みを浮かべる。


「いえ。こちらこそすみません。驚かせてしまったようで。ただパフィミア様は、まだ戦闘経験があまりありません。冒険者として経験を積んでもらおうかと」


「なるほど。そういうことでしたか。なら、勇者様に打って付けの依頼がございまして……」


「ちょっと待って、カーラさん。その前に、師匠も鑑定してよ」


「カプアさんは、勇者様の師匠なんですか?」


 カーラは目を輝かせる。

 さっきとは違って、目の色が明らかに変わっていた。


「ゆ、勇者様が勝手に言ってるだけですよ。はは、ははは……」


「ともかく、ささどうぞ。手をかざしてみてください」


 やっぱりカーラの態度がちょっと変わったことが気になるが、まあいいか。


 鑑定系の魔法で、何で言葉が出てくるかは謎すぎるが、俺としては種族がバレなければ何でもOKだ。


 とにかく俺は魔導具に手をかざす。

 すると、パフィミアの時と同じく光り輝き始めた。

 いや、正確には同じではない。

 パフィミアよりも強い。

 その光は、ギルド内はおろか周囲を白く染め上げた。


「なんという神々しい光……」

「すごい! さすが師匠だ!!」


 シャロンとパフィミアの声が聞こえた。

 いや、神々しいというか。

 もはや暴力的だ。

 眩しすぎて、瞼を閉じていても、眼球がヒリヒリする。


 やがて光が止む。

 何事かと外にいた人間でさえ、ギルドに雪崩れ込んできた。

 その魔導具に刻まれた文字に、皆の視線が集中する。

 そこにはこう書かれていた。



 やべーよヽヽヽヽやべーよヽヽヽヽ



 …………。


 ……何これ?


 俺は首を傾げる。

 周囲は沈黙していた。

 それは息を呑むとか、そういう雰囲気ではない。

 微妙というか、戸惑っているというか。


 その中で、カーラだけが言葉を絞り出す。


「信じられません。こ、こんな言葉見たことがない……」


「へっ……?」


「私、ギルドに10年勤めていますが」


 意外と長いんだな。

 若く見えるが、結構な年なのだろうか。


「こんな言葉は見たことありません。いえ……。ギルドのマニュアルにも載っているかどうか! これは間違いなく新語ヽヽです」



「「「「おおおおおおおおおおお!!!!」」」」



 ギルド内にいた人間たちが盛り上がる。


「すげぇ!」

「なんて日だ!!」

「『あんた何なんだ……』だけでも、10年に1度お目にかかるかどうかなのに」

「まさか……。新語なんて」


 口々にその結果を称賛する。


 俺1人戸惑っていると、「師匠!」とパフィミアが飛び込んできた。


「さすがボクの師匠だよ!」


「ええ……。さすがカプア様です。まさか新語を生み出してしまうとは……。神は……。神は我々を見捨てていなかったのですね」


 シャロンの目には、少し涙が滲んでいた。


 な、何かがおかしい。

 一応俺、四天王で最弱って言われていたんだけどあ……。



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


ここまでお読みいただきありがとうございます。

続きは明日、更新させていただきます。


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