第21話 こういうときどんな顔すればいいかわからないの

「師匠!」


 ギルドに帰ってきた俺は、早速パフィミアの抱擁を受けた。

 思いっきり身体を密着させる。

 ちょ! やめ! 人が見てるからやめろ。恥ずかしい!


「お帰りなさいませ、カプア様!!」


 シャロンも俺の前に進み出てくる。

 その目には薄らと涙が浮かんでいた。

 俺の首を全力で絞めてくるパフィミアの手も震えている。

 どうやら心配してくれてたらしい。


 俺は柔らかな赤毛と、聖女の綺麗な銀髪を撫でる。


「心配かけちまったな。すまん」


「いえ。ご無事の帰還を信じておりました」


「それで師匠! あいつはやっつけたの?」


「ああ……。まあな……」


 俺は親指を立てる。

 正直、腸が煮えくりかえりすぎて、記憶が曖昧だ。

 『即死』を使って倒したとは思うんだが……。


「さすが師匠!」

「おめでとうございます、カプア様」


 喜んだのは目の前の2人だけではない。

 それを聞いていた冒険者も目を丸くし、絶句した。


「まさかヒドラロードを倒すなんて」

「ああ……。まさかヒドラロードを」

「ヒドラロードって、Bランクじゃなかったか?」

「すげぇ! ヒドラロード(以下略)」


 ちょ! おま!

 お前ら、討伐対象がヒドラロードって知ってたのかよ。

 最初からそれを言え。

 てっきり愛犬ケルベロスと勘違いしただろうが!!


「さすがは、カプア様。まさかヒドラロードを倒してしまうなんて」


 カーラも驚いていた。

 どうやらカーラも、相手がヒドラロードだとわかっていたらしい。


 それさぁ、早く言ってよ~。


「早速依頼達成を報告しますね。カプア様、ヒドラロードを倒したことを証明するものはお持ちですか? 魔獣の一部でも、鑑定すればすぐにわかるのですが……」


 げっ! しまった。

 イライラしてたから、倒したらそのまま帰ってきちまった。


 あ~~。またあそこに行くのか。


 いや、待てよ。

 いっそのこと他の誰かに倒してもらったってことにするか。

 博物館の次に、カプア博士ディア様記念館でも建てられたりしたら、今度こそ憤死しそうだ(まあ、元々死体みたいなもんだから、死なないけど)。


 とにかくそれで行こう!


「カプア様?」


「カーラ、実は――――」



 忘れ物だぞ、鉄級冒険者。



 俺たちの目の前に、魔獣の角の一部だと思われるものが地面に転がった。


「これは、まさか――」


 シャロンが鑑定魔法を使う。


「間違いありません。ヒドラロードの角の一部ですわ」


 おお……。

 冒険者達がどよめく。

 皆の興味が、ヒドラロードの一部を持ってきた男に注がれた。


 そいつは灰色の長髪を真ん中に分けた優男だった。

 堀が深く、茶色の目はどこか悲しげだ。

 人間の美的感覚というのは、俺にはわからんのだが、昔サキュバスに聞いた話では、こういう感じの男が人間の女の性欲を刺激するらしい。


「まさか魔獣を討伐したのに、その一部を持ち帰らないとはな。一体どういうつもりなんだ、鉄級冒険者」


「あ、あんたは――――」


 俺が尋ねる前に、カーラが反応していた。

 よろよろと後ろに下がりながら、信じられないとばかりに瞳を開いている。


「まさか……。『絶閃のミステルタム』…………」


 その言葉に、冒険者達は声を上げた。


「『絶閃のミステルタム』って……」

「銀級冒険者の……」

「王都で十傑に入る冒険者じゃないか!」


 説明ご苦労――冒険者君たち。

 なんとなくわかった。

 こいつがとんでもなく凄いヤツだということは。


 てか、こんなヤツが現場にいたのか。

 全然気付かなかったわ。

 まあ、あの時は我ながらかなり血が上っていたからな。


 しかし、この展開は好都合だ。

 こいつが倒したことにすれば、俺は静かな暮らしを手に入れることができる。


「もしや、あなたがヒドラロードを……」


「え? そうなのか?」

「じゃ、じゃあ……。カプア様が倒したのは」

「嘘だったというのか」


 俺に向けてヘイトが溜まっているが、これも想定通りだ。

 俺が欲しいのは、名誉や称賛ではない。

 静かなセカンドライフなのだよ。


 さあ、『絶閃のミステルタム』とやら。

 認めるのだ、自分が倒したと。

 いや……認めてください。何でもしますから。

 もう街に記念館とか建つのノーサンキューだからさ!


 すると、ミステルタムは首を振った。


「違う……。私がやったのではない。そこの男がやったのだ」


 ミステルタムくん!

 なんでそこで勝ちを俺に譲るんだよ。


 シャロンといい。

 ミステルタムといい。

 なんでこう人間って正直なヤツばかりなんだよ。

 人類、もっと貪欲になれよ!!


「ミステルタムさん、それは本当ですか?」


 カーラは確認する。


「ああ……。一撃だった。私と相棒のヴェルダナが、伝説クラスの武器を使ってもまるで歯が立たなかったヒドラロードをこいつは、一瞬で倒してしまった」


「伝説の武具を纏った銀級冒険者が、まるで歯が立たなかったヒドラロードを一撃で……!」


 カーラは思わずその場にへたり込む。


「すごい! さすが師匠だ」

「一体、カプア様が本気になるほどの相手というのは、この世にいるのでしょうか?」


 パフィミアもシャロンも称賛する。


「やっぱりな」

「おれはカプア様を信じてたぜ」

「さすがはカプア様だな」


 さっきまで俺にヘイトを向けていた冒険者の反応を一変する。

 侮蔑の眼差しが、あっさりと羨望と憧憬の眼差しに変わった。

 手の平返し早すぎだろ。


「お前、何故あの場にヒドラロードを残して帰った。よもや――――」


「いや、あれは――――」


 どうしよう。

 忘れたとは言いがたい雰囲気だし。

 かと言って、他にうまい嘘が思い付かない。


「よもや、貴様――。私に譲ったのではないのだろうな」


「へっ? え? いや、その……。そそそそ、そうなんだ。お前たちが見えたからさ。ひどく怪我? とかもしてたし。その治療……」


 ええい。よくわからんが、ここは乗っかろう。

 よくわからないが、乗っかろう!


 すると、ミステルタムは俺の真っ直ぐ見据える。

 吸い込まれそうなほど真剣な眼差しだった。

 雄性種おとこの俺ですら、ハッとするぐらいに……。


「ありがとう……」


 そしてミステルタムは己の過去を語り始めた。

 村の仇がどうのこうのという話だ。

 まあ、俺からすればこの時代ではよくある不幸話だった。


「仲間の仇を自分自身の手で討てなかった悔しさはある。だが、あなたヽヽヽの温情を、私も相棒も生涯忘れない。ありがとう、カプアヽヽヽ様」



 うおおおおおおおおおお!!



 雄叫びが上がった。

 武骨な冒険者たちが涙を流している。

 あちこちから咽び泣く声が聞こえた。


「師匠はなんて優しい人なんだ」

「ああ……。なんと慈悲深い!!」


 パフィミアも大泣きしている。

 シャロンも顔を覆って、号泣していた。


「やはりわたくしの目に狂いはなかった。カプア様こそ、誠に聖者でございます」


 シャロンは再び「聖者」という言葉を持ち出し、断言する。


 皆が目を腫らす中、俺1人だけが戸惑っていた。


 えっと……。俺、こういう時どんな顔をすればいいんだろうか……。



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


ここまでお読みいただきありがとうございます。

続きは明日、公開させていただきます。

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