番外編2 犬の名を僕たちは忘れない……
ケルベロスが息を潜めていた。
『地獄の番犬』と言われる魔犬種の彼が、こうやって気配を消すには大きく分けて2つの理由が考えられる。
1つは獲物を狙う時だ。
気配を殺し、相手に近づき、必殺の間合いで襲いかかる。
飼い犬とはなったが、魔犬としての本能はすぐに忘れるものではない。
2つ目は自分が狙われている時だろう。
つまり
そして今、ケルベロスがこうして息を潜めている理由は、後者であった。
広い屋敷の地下室。
ほとんど人が立ち寄らないような倉庫には、乱雑に物が置かれている。
そこにまるで隠れて下さいと言わんばかりのスペースがあり、ケルベロスはそこに身を小さくして、身を潜めていた。
「「「ばぅ……」」」
どうしてこうなった……。
ケルベロスは呟かずにはいられなかった。
前のご主人は何かと仕事の愚痴をこぼすような面倒くさい魔族だった。
それが魔王軍を追放となり、これ幸いとばかりに新しい主人のところにやってきた。
しかも、女主人……。
時々、前主人の家にやってきて、結構色気のある身体だなと、
女主人は突然屋敷にやってきた自分を優しく迎えてくれた。
ちょっとエッチに甘えても、優しく笑ってくれるような魔族だ。
なのに……。
なのに……。
どうしてこうなった……?!(2回目)
「ケルベロスぅ、ご飯よぉ……」
女主人の声に、ケルベロスはビクリと震えた。
本能レベルの恐怖が、ドロリと浮かんでくる。
唾を呑もうにも、喉はカラカラになっていた。
そしてついに女主人は、地下の倉庫にやってくる。
「あれ? ここにもいないわねぇ?」
声がはっきりと聞こえる。
ケルベロスはひたすら潜伏した。
心音が止めてしまいたいほど、うるさく聞こえる。
後はひたすら見つからないことを祈るしかなかった。
「もうどこ行ったのかしら。結界が壊された形跡もないし、屋敷にいることは確かなんだけど……」
女主人の気配が遠ざかっていく。
どうやらここでの探索を諦めたらしい。
ケルベロスはホッと胸を撫で下ろした。
ぐるるるるぎゅるるるぅぅぅぅぅうううう……。
それはお腹の音であった。
ある意味これは仕方がない。
なんせ、ここ最近
だが、これが地獄の始まりであった。
「ケルベロス、み~~~~っけ!」
気が付いた時には、満面の笑みを浮かべた女主人の顔があった。
重たいケルベロスを軽々と持ち上げる。
「もう! 埃だらけじゃない! あとでシャンプーしなきゃ」
「「「ば、ばうぅ~~」」」
ケルベロスは思いっきり頷いた。
シャンプーも嫌いだが、今なら好きになれる。
なんなら一生お風呂場から出なくなってもいい。
だが――――。
ぐぎゅぅぅぅぅううう……。
無慈悲にお腹が鳴る。
ケルベロスはコカトリスの石化睨みを受けたように固まった。
「あら……。お腹空いてるのね? そういえば、ケルベロス。あなた、ちょっと痩せてないかしら。随分と軽くなったような。馬鹿食いも健康に悪いけど、無理な減量もダメよ」
違う違う! そうじゃない!!
ケルベロスは必死に首を振り、抵抗するも遅かりしだった。
すでに女主人の手には、山と皿に盛られた餌が握られていたからだ。
いや、
鼻を衝く異臭。
形も出鱈目。
何より常時奇妙な声が聞こえる。
それは餌と言うより、一種の生体兵器……。
そう説明を受けた方が100倍納得できる。
そもそも食べ物であるかすらわからなかった。
なのに、この女主人は今まさに――。
「は~~い。あ~~~~ん……」
なんて悩ましげな声を上げて、今まさにケルベロスの口に餌を突っ込もうとしている。
ケルベロスは逃げようとしたが、女主人は四天王というだけあって、恐ろしく力が強かった。
「ばぁう(オレが食う)」
ついにケルベロスの左の首が観念し、顔を上げる。
「「ばぁう(いいのか? これを食ったら……)」」
「ばぁう(誰かが犠牲にならなければならない。だから――)」
「ば、ばぁう(い、いや、オレが食うよ)」
今度は右の首のケルベロスも自ら犠牲になるべく、首を差し出す。
その崇高な姿に、中央の首のケルベロスが泣いた。
「ばぁう! ばぁあ!(じゃあ! オレが!)」
「「ばぁうばぁう(どうぞどうぞ)」」
「ばぁう(なんでだよ)!!」
「なに? 中央の首のケルベロスが先に食べたいの?」
「ば、ばぁう(ち、ちが……)」
パクリ――――。
「ぎゃひひひんんんんんんんんん!!!!」
もの悲しげな吠声が、閃嵐のルヴィアナ邸に響き渡るのだった。
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