第20話 まさに怪獣大決戦!
私の名前はミステルタム・マッダン。
銀級の冒険者で、『絶閃のミステルタム』と呼ばれている。
普段は王都で活動している私だが、今はノイヴィルという田舎町近くの森を歩いている。
因縁のアイツを倒すためだ。
「そんな怖い顔をするなよ、ミスタ。優男が台無しだ」
親しげに私を愛称で呼んだのは、相棒のヴェルダナ・アクリーンだ。
私の背中を守るヴェルダナの手には、神秘的な輝きを持つ大盾が握られている。
ヴェルダナは同じ村の出身で幼馴染みだ。
そして同じ目的のために、私たちは冒険者になった。
私たちの目的は復讐だ。
村を焼き払ったあの魔物を倒すため、私たちはギルドに登録し、ついに銀級冒険者に至った。
これ幸いとばかりに、私たちはついにヤツの情報を手に入れる。
15年だ! 15年待った。
血の滲むような修練をし、ヤツを倒すための装備を調えた。
寝ている時にも、私はヤツとのイメージトレーニングを欠かしたことはない。
「だけど、気持ちはわかるぜ。いよいよだからな」
「ああ! やっとだ! やっと我々の目的が叶う」
「ミスタ、気持ちがわかるがあまり気負い過ぎるなよ。お前の悪い癖だ」
「何を言っているヴェル! 今、気負わなくていつ気負うのだ!!」
「ヤツは強い。冷静な判断ができなければ、俺たちが死ぬぞ……」
「…………」
「なあ、ミスタ。1つ聞かせてくれ……。お前は、ヤツを倒した後どうするんだ?」
「……そんなこと考えたこともない」
「そうか。……俺はさ。余生をゆっくり田舎の町で過ごそうと思ってる。素通りしてしまったけど、さっき横目で見たノイヴィルは俺のイメージにピッタリなんだ。あそこでさ。パン屋でも開かないか」
「…………お前は男のくせに、パンを焼くことだけはうまいからな」
「男のくせには余計だ! でも、まっ…………決まり――――」
その時だった。
地響きが聞こえた。
同時に、地面が激しく縦に揺れる。
周囲の木々がうねり、一部地割れが走った。
「なんだ?!」
ヴェルダナが目を剥いた。
その横で私はゆっくりと剣を抜く。
自分ではわからなかったが、口元がひどく歪んでいることに気付いた。
「ヤツだ! どうやら向こうからやって来てくれたらしい」
瞬間、地面が大きく隆起した。
割れた大地の間から、紅蓮の目が現れた。
計6つの目玉が、私とヴェルダナに向けられているのを確認する。
地割れが走る。
長い3つ首が持ち上がり、巨躯が大地から現れた。
『キシャアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
鋭い牙の生えた口を開き、その声を天地に響かせた。
それは三つの首を持つ
ヒドラロード。
Bランク――本来であれば国の軍隊が出動して戦わなければならないような――凶悪な魔物であり、15年前私たちの村を焼き払った復讐相手だった。
そのヒドラロードは口を開ける。
口内を光らせ、挨拶とばかりに雷撃を放った。
「さがれ、ミスタ!!」
ヴェルダナが私を押しのけ、前に出る。
持っていた大盾を構えた。
綺麗な鏡面を持つ盾に、ヒドラロードの雷撃が集中する。
だが盾は悉く無力化してしまった。
「見たか、蜥蜴野郎! お前を倒すために、俺たちが死ぬ思いで古代遺跡のダンジョンから取ってきた『
「ヴェル!!」
「俺は大丈夫だ! ミスタ、行け!!」
お前の15年を叩きつけてやれ!!
幼馴染みの力強い言葉を聞き、私は走る。
ヒドラロードの側面に周り込むことに成功した。
仇敵を前に緊張するかと思ったが、逆だ。
身体が軽い。
今なら魔王だって倒せそうだ。
ただ目の前に仇がいるからではない。
それはきっと私の後ろに、ヴェルがいるからだ。
私はこう思っている。
復讐よりも何よりも、15年付き合ってくれた我が
「故にこの一振りは、我が友に捧ぐ!! 食らえ、ヒドラロード!!」
私は剣を掲げた。
周囲の光が剣に吸い込まれていく。
すると、一振りの巨大な光剣が空に向かって立ち上った。
『
光の極大剣が振り下ろされる。
直後、ヒドラロードを捉えた。
ヤツの悲鳴が聞こえる。
三つ首がまるで柳のように大きく揺れたのがわかった。
やった……。
私は確信した。
ついに15年の積年を果たした、と……。
だが、真っ白な光の中から現れたのは、戦意を露わにしたヒドラロードだった。
「馬鹿な! あれで致命傷にならないのか!!」
私は叫ぶ。
すると、ヒドラロードの三つ首が私を指向する。
大きな口を開けて、今まさに雷撃を吐き出そうとしていた。
「ミスタ!!」
間髪容れずに私の前に滑り込んできたのは、ヴェルダナだ。
放出された雷撃を『
「大丈夫か、ミスタ!」
「すまない、ヴェル! 油断した」
「まだいけるか?」
「勿論だ! 何発だって叩きつけてやる!!」
私は今一度剣を構え直す。
だが――。
ピキッ!!
嫌な音がした。
見ると、ヴェルダナが持つ『
「そんなまさか! あらゆる魔法やブレスに対応できる鉄壁の盾が!!」
「ヒドラロードの雷撃は、『
「逃げろ! ミスタ! お前だけでも」
「お前を残して逃げられるものか!!」
その瞬間だった。
ついに『
途端、ヒドラロードの雷撃が襲いかかってきた。
100万の毒蛇に一斉に噛まれたような激痛が走る。
雷撃耐性を持つ鎧を纏っていたが、効果はまるでなかった。
「「ぐわああああああああああ!!」」
私とヴェルダナの悲鳴が、激闘でボロボロになった森に響いた。
だが、私にはかろうじて意識があった。
側に倒れていたヴェルダナに駆け寄る。
意識は失っていたが、幸い命を取り留めていた。
『キシャアアアアアアアアアアアア!!』
再びヒドラロードが迫ってくる。
6つの目が私たちを捉えていた。
このままでは全滅する。
そう思った私は剣を取った。
今、ヴェルダナを抱えて逃げる体力は私にはない。
だが、ヴェルダナをヤツから引き離す体力なら……。
何として友を守る。
こいつが最後なんだ。
ヴェルダナがいなくなったら、本当に私は1人なってしまう。
「来い!! ヒド――――」
横合いからいきなり殴られた。
尻尾だ。
私は紙屑のように吹き飛ばされる。
ボロボロの身体が地面に激突し、転々と転がった。
ダメだ……。もう動けない……。
すまない、ヴェルダナ。
ごめん、村のみんな。
15年頑張ったけど、仇を討てそうにないよ……。
涙が出た。
だが、滲んだ視界に私は不思議なものを見る。
人だ。
すっぽりローブに包まれているが間違いあるまい。
だが、驚くべきはそのローブに付いていた鉄級冒険者を示すワッペンだった。
私の意識は一気に覚醒した。
「やめろ! 鉄級冒険者が叶う相手ではないぞ!!」
忠告したが、聞いているのか聞いていないのかわからない。
すると目深に被ったフードの奥から、男の怒鳴り声が聞こえてきた。
「てめぇ! ややこしい姿してるんじゃねぇ!! ぬか喜びさせやがって!! いいか! この世で3つの首があっていいのは、俺のケルベロスだけだ! いつ決めた? 今俺が決めたんだよ! あーだこーだ言うな!! うっっせぇ!!!!」
お前、死ね……。
もはやそれは絶叫に近い。
まるで場末の酒場で、酔っ払いが喚いているような響きがあって、不快とすら言えた。
しかし、事が起こったのはその直後だ。
『ぬわーーーーーーーーーー!!』
ヒドラロードは妙な声を上げる
すると、その三つ首がゆっくり大地に伏した。
そのまま眠るように瞼を閉じる。
そして常に空気を振るわせていた魔物の核の音が止んでしまった。
ヒドラロードは死んだ。
とてもあっさりと……。
自分の15年が一体なんだったのかと思う程に。
ローブの男は激怒したまま大股で街の方へと帰っていった。
私たちには一切目もくれず。
その男にとって、私たちは所詮路傍の石程度の小さな存在だったのかもしれない。
男が何をしたのか、私にはさっぱり理解できなかった。
おそらく違法な魔法を使ったのだろうと推測こそついたが、咎める気すら失せてしまった。
だが、1つ決めたことがある。
「帰ったら、相棒と一緒にパン屋を開こう……」
私たちの復讐は、こうして終わりを告げるのだった。
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