第22話 たまには師匠らしく……。

 ノイヴィルの街の中にある教会は、今光に満ちていた。

 温かな光の出所は、治療室だ。

 大怪我を負った冒険者が、神官に治療を受けている。


 そこでシャロンは、ベッドに横たわる騎士に回復魔法をかけていた。


 打撲、複数の骨折、内臓からも出血が見られる。

 無数のダメージを、シャロンは癒やし、見事騎士を完全回復させてしまった。


 さすがは聖女――しかもその中で最高クラスの『予言の聖女』の回復魔法か。

 これなら死者だって起き上がりそうだな。


「これで大丈夫です」


 シャロンは「ふー」と息を吐き出す。


「ありがとうございます、『予言の聖女』様」


 恭しく頭を下げたのは、ミステルタムだった。


「まさかあなたのような大聖女が、こんなところにいるとは……。本当に助かりました」


「いえ……。わたくしはわたくしの仕事をしただけですわ。感謝されるようなことは」


「このご恩はいずれ……」


 ミステルタムはあくまで謙虚だ。

 続いて横のパフィミアを睨む。


「お前が、シャロン様に選定された勇者だそうだな」


「う、うん。……あの、ミステルタムさん」


「なんだ?」


「ボク……ボクを鍛えてくれませんか!?」


 ミステルタムは目を細める。

 そして、その眼光を横で見ていた俺に向けた。


「あなたの弟子ではないのか、カプア博士ディア様」


 言葉は敬っているのだが、ミステルタムの視線はどこか鋭い。

 これがこいつの素なんだろうけど、疑われているようで、いちいちドキドキしてしまう。


「違うんだ。ボクと師匠じゃ、差がありすぎて」


 パフィミアはシュンと項垂れる。

 ミステルタムは顎を撫でた。


「確かに……。実力差がありすぎるな」


 ミステルタムにはっきりと言われ、パフィミアはさらに落ち込んだ。


「ミステルタム様、わたくしの方からもお願いできないでしょうか? パフィミア様はその……実戦経験がまだ浅く……。」


 シャロンも手を合わせて懇願する。

 上目遣いにミステルタムを見つめる瞳は、潤みを帯びていた。


 実は、パフィミアのクエスト達成率は、1割を切る。

 『予言の聖女』に選定された勇者と、鳴り物入りで銅級冒険者として活動を始めたのだが、思うような結果を残せていないらしい。

 早くも壁にぶつかっているというわけだ。

 シャロンから何度か相談を受けたが、俺はパフィミアが言ってくるまで待つことにした。

 アドバイスすることは簡単だが、果たしてそれが良いことなのかわからなかったからだ。


 ミステルタムは少し間を置いた後で答える。


「いいでしょう。聖女様には相棒を助けてもらった恩がありますし」


「ありがとうございます!」

「ありがとう、ミステルタムさん!」


 シャロンとパフィミアは、両手つなぎをして、ピョンピョンと跳びはねる。

 その微笑ましい姿の横で、ミステルタムはあくまで真剣だった。


「だが、鍛えるといったからには、厳しくいくぞ」


「うん――じゃなかった、はい!! よろしくお願いします!!」


 パフィミアは気を引き締めた。


 どうでもいいけど、俺の了解なしに決めないでくれないか。

 てか、俺はまだ一言も喋ってないんだけど。



 ◆◇◆◇◆



 ミステルタムとパフィミア――二人三脚の特訓が始まった。

 2人は朝早くから、夜遅くまで特訓を続ける。

 パフィミアは身体がボロボロになるまで鍛えられ、宿に戻ってきては、ベッドに入って爆睡するような生活を続けた。


 そして5日後――。


 俺はギルドの依頼をこなした後、2人の様子を見に行った。


 男子、3日会わざれば刮目して見よ――という諺が人間にはあるようだが、どうやら女子にも同じことがいえるらしい。

 パフィミアの顔は、しばらく見ないうちにたくましくなっていた。


「師匠!」


 俺を見つけて、パフィミアは早速抱擁した。

 実に5日ぶりの抱きしめだ。

 なんだか懐かしく感じる。

 5日ずっとすれ違いの生活をしていたからな。


 だが、俺にはわかる。

 今のパフィミアは、5日前の彼女ではないと……。

 だって、こいつ今倍の強さで俺の首を絞めているんだもん。


「痛たたたたた!! パフィミア、離れろ」


「あ……。ごめんごめん。久しぶりに師匠の顔を見たら、興奮しちゃって」


 おい。人が聞いたら、誤解を受けそうなことをサラッと言うな。


「お疲れ様です、カプア様」


 特訓にずっと付いてるシャロンも近づいてくる。

 こちらは5日前と変わらず、清楚だった。


「あんたがパフィミアの師匠ってヤツか?」


 1人の騎士風の男が立っていた。

 軽装を纏い、手には大盾が握られている。

 盾騎士シールダーと呼ばれるタイプの冒険者だろう。


「あんた、確か教会で治療を受けていた」


「ああ。あんたにも間接的に世話になったんだったな。俺の名前はヴェルダナだ。『不沈のヴェルダナ』って呼ばれてる」


「そうか。俺はカプアだ。よろしくな」


「反応が薄いな。自分で言うのもなんだけどよ。『不沈のヴェルダナ』っていやあ、結構名が知れてると思ったんだが」


「俺はこの前まで山で修行してた身でな。俗世のことは疎いんだ」


「へぇ~。山ね。ま――よろしくな!」


 ヴェルダナは軽く手を振って、挨拶する。

 最後にやってきたのは、ミステルタムだった。


「――で? 何しにやって来た?」


「弟子の成長を見に来ちゃ悪いかよ」


「なるほどな。ちょうどいい。……なら、今ここで見てもらおうか。私と模擬戦をしよう。いいな、パフィミア」


「う、うん」


 パフィミアとミステルタムは向かい合う。

 俺の見立てでは、パフィミアとミステルタムの能力的には大差はないはずだ。

 劣っているところがあるとすれば、戦闘経験だろう。

 だが、パフィミアは銀級冒険者の下で、厳しい特訓に耐えたのだ。

 多少その差は埋まっているはずである。


 そして、素手に寄る模擬戦が始まった。


 先に仕掛けたのは、パフィミアだ。

 紅狼族の娘は、赤い矢となって地を駆けた。


「おお! 速い!!」


 俺の見立て通り、パフィミアの能力は上がっていた。


「ま――。速くはなったよな」


 軽く肩を竦めたのは、ヴェルダナだ。

 その表情はどこか意味深だった。


 そうこうしてるうちに、パフィミアの手がミステルタムに伸びる。


 スカッ!!


 パフィミアの手が空を斬った。


「おしい!」


 俺は思わず唸る。

 だが、パフィミアは諦めない。

 反転し、ミステルタムに再び拳を振るった。


 スカッ!!


 また当たらなかった。

 その後も……。


 スカッ!!

 スカッ!!

 スカッ!!

 スカッ!!


「…………」


 全くパフィミアの攻撃はミステルタムに当たらない。

 これはミステルタムが凄いのではない。

 そもそもヤツは――。



 1歩も動いてヽヽヽヽヽヽなかったヽヽヽヽ……。



 ヴェルダムが言った。


「基本能力はすげぇ。俺たちが舌を巻くほどだ。けどな」



 圧倒的に戦闘センスがねぇ……。



「能力は一級。闘争心もある。だが、センスがまるでねぇ。間合いの取り方、当て勘…………いや、もはやセンス以前の問題かもしれない。はっきり言うが、あの子は戦いそのものに向いてない」


 その話を聞いて、1番しょげたのシャロンだった。

 いつも可憐な笑みを浮かべる顔は、しぼんだ花のように下を向いている。


 そりゃそうだろ。


 パフィミアを選定したのは、シャロンだ。

 『予言の聖女』が選んだ勇者が、戦いに向いていないといわれたのである。

 凹むのは当たり前である。


 だが、ヴェルダムの言葉は事実だった。

 俺の目から見ても、パフィミアには戦闘センスがない。

 もはや病的と言ってもいいだろう。


 1番の原因はパフィミアの身体能力の高さだ。


 今のパフィミアの状態を説明するなら、素人の村人が聖剣を振り回しているようなものである。


 身体能力の高さに対して、技術が追いついていない。

 そこに追いつくためには、よほどの修練を課さないと難しいだろう。

 時間をかければパフィミアは、凄い勇者に育つ。

 だが、それを周りが許してくれるかといえば、そうではないだろう。


 シャロンは忍耐強く待ってくれるだろうが、シャロンを送り出した王宮の連中は違うはずだ。

 今も、こうしている間にも、魔族によってたくさんの人間が死んでいるんだからな。


 このままでは折角『予言の聖女』が選定した勇者は潰れる。

 それは魔族にとっては歓迎されるべきことなのだが……。


「ん? どうしたんだい、博士」


 1歩を踏み出す俺の背中に、ヴェルダナは問いかけた。

 俺はひどく面倒くさそうにフードの中の髪を掻きむしる。


「まあ、そのなんだ……。たまには師匠らしいことをしてやらないとな。それに――――」



 誰かさんを思い出すんだよなあ、あいつを見てると……。



 そして俺は肩を落とすパフィミアに駆け寄った。

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