第23話 元気ですかっっっ!?

 ◆◇◆◇◆ 魔族 side ◆◇◆◇◆




 それは、ルヴィアナとヴォガニスが部屋で事務仕事をしている時だった。

 唐突にヴォガニスが机に脚を投げ出す。

 大きく息を吐いた後、天井を仰いだ。


「あいつ、どうしてっかなあ……」


「あいつって? 視察に出てるブレイゼルのこと?」


「ちげーよ。カプソディアのことだ」


「…………!」


「ルヴィアナ、なんだよ、その顔は……」


「驚いたわ。あなたの方からカプソディアの話を持ち出すなんて。もしかして、心配なの?」


「ちちちちちち、ちげーよ! 誰があんな弱っちぃヤツのことを心配してるかよ」


 ヴォガニスは身を乗り出して否定する。

 しかし、青い肌は真っ赤になっていた。

 その様子を見て、ルヴィアナはクスリと笑う。


「そう言えば、カプソディアに1番恩があるのはあなただものね」


「はあ? 恩だと? そんなもんねぇよ」


 ヴォガニスは手を振った。

 ルヴィアナは事務作業の手を止める。


「ほら、覚えてない? ヴォガニスが小さい頃、魔法を暴走させて困ってた時があったじゃない」


「……さあな。そんな昔のこと忘れちまったよ」


 ヴォガニスは一瞬黙る。

 明後日の方向を見て、耳穴をほじった。

 ヴォガニスが嘘を吐いている時の癖だ。


 ルヴィアナはまたしても笑った。


「その時、カプソディアのアドバイスで、ヴォガニスが魔法を操作することができるようになったのよね」


「覚えてねぇよ、そんなこと。……仕事しろ、ルヴィアナ」


 ヴォガニスは事務作業を再開する。

 ルヴィアナもまたそれを見て、止めていた手を動かし始める。

 だが、またふと手が止まった。


(そうよね。小さい頃はいつも私たちの中心にはカプソディアがいたのよね)


 西の空を見ながら、ルヴィアナは昔に思いを馳せるのだった。



 ◆◇◆◇◆ カプソディア side ◆◇◆◇◆



「おーい。パフィミア」


 俺はパフィミアに声をかけた。

 膝に手を突き、荒い息を吐き出している。

 俺の言葉に反応した様子はない。

 頭と尻尾を垂らして、しょげていた。


「パフィミア、よく聞け。お前の一番の長所はなんだ?」


「それは……えっと、身体能力?」


「ブッブー。不正解……」


「へ? じゃ、じゃあ、ボクの長所ってなんなの? もう訳がわからないよ」


 パフィミアは頭を抱える。

 完全に自信を喪失しているらしい。


「あのな、パフィミア。お前の1番――いや、唯一と言っていい長所はな」




 元気なところだ。




「え?」


「お前は、元気だけが取り柄なんだよ。いつもの『師匠!』って鬱陶しい元気はどうした? お前は、その唯一の長所すら手放すのか?」


「でも、戦いにそんなの必要ないでしょ。元気があっても」


「そうだな。戦いには必要ないかもな。けど、人生には必要だぞ」


「人生には必要……??」


「昔――遠い昔だ。ある偉い人間がこう言ったそうだ」



 元気があれば、なんでもできる!!



「身体能力の高さ? そんなもん下の中の下だ。正直、魔族の幹部クラスになれば、お前みたいなヤツはゴロゴロいる。俺がヽヽ言うんだから間違いない! それとも師匠の言葉が信じられないか?」


 パフィミアは慌てて首を振った。


「だけど、お前みたいな元気なヤツは魔族にはいない。お前の元気は世界一だ」


「世界一の元気?」


「そうだ。だから、まず元気を出せ。最初は空元気でもいい。とりあえず、頭を上げろ。背筋を伸ばせ。深呼吸しろ。そしてゆっくりでいいから、お前がなすべきことを思い出せ。それがわかったら、前を向け。いいな」


 パフィミアは深く頷く。

 頭を上げ、背筋を伸ばし、大きく深呼吸する。

 そして目を瞑り、黙考した後、ゆっくりと瞼を持ち上げた。


 いつものパフィミアの目だ。

 鬱陶しいほど純粋で、そして元気な紅狼族の少女の瞳に戻っていた。


「よし! もう1回ミステルタムと模擬戦をしろ。ミステルタム、いいな?」


「それは構わないが、何度やっても同じだぞ」


「今度は俺がアドバイスをする」


 俺は張った胸をドンと叩いた。

 すると、横で聞いていたヴェルダナが顎を撫でる。


「ほう……。カプア博士ディア様がアドバイスか。興味深いな」


「大したことじゃねぇよ。さて――パフィミア、ちょっと耳を貸せ」


 俺はそっとパフィミアに耳打ちする。


「え? そんなのでいいの?」


「ああ。いつも通りにやればいい。頑張れよ」


 最後にポンとパフィミアの背中を叩く。


 再びパフィミアとミステルタムの模擬戦が始まった。

 それを見ながら、ヴェルダナがこっそり俺に囁く。


「なあ、博士。あんた、一体どんなアドバイスをしたんだ?」


「大したことじゃない」


「へぇ……。ところで、あんたが言った偉い人の言葉って誰だ? 全然聞いたことがないんだが、良い言葉だな」


「あー。あれな。……あれは真っ赤な嘘だ」


「嘘かよ!」


「まぞ――人を元気づかせるのに、良いも悪いもねぇ。そいつの胸を如何に打つかだ。そのためなら嘘だって吐くさ」


「へぇ……。さすが、カプア博士ディア様だ」


「その呼び方やめてくれ。カプアでいい」


「そうか。じゃあ、よろしくなカプア」


 ヴェルダナはパンと俺の腕を叩く。


 こいつ、なんか苦手だ……。


 いよいよ2回目の模擬戦が始まる。

 パフィミアとミステルタムは構えを取った。


「来い、パフィミア」


「はい!」


 パフィミアは駆け出す。

 背の低い野草が広がる野原を疾走し、ミステルタムに対して直線上に迫った。


「突撃かよ!」


 フェイントも何もない。

 ミステルタムに対して真っ向勝負するパフィミアを見て、ヴェルダムは思わず声を上げた。


 だが、パフィミアの表情に迷いはない。

 あまりに素直すぎる突撃……。

 対するミステルタムは容易にパフィミアを捉える。

 向かってくるパフィミアに拳打を当てるだけなのだから、当然でだろう。


 ゴッ!


 凄い音が鳴るが、パフィミアの姿勢は揺るがない。

 ただ前に出ようとする。

 ミステルタムはさらに連打を打ち込んだ。

 その拳は、いずれも重い音を立てていた。

 ミステルタムは、パフィミアの防御の上から容赦なく拳打を叩き込んでいく。


 ミステルタムの野郎……。

 容赦がねぇなあ。

 女の子に嫌われるぞ、そういう男は。

 とはいえ、パフィミアには通じてないけどな。


 ミステルタムの重い一撃でも、パフィミアは徐々にだが前に出てきた。


「すげぇ……。ミステルタムの拳打を受けて、前に出れるのかよ。あいつ、本職でもないのに王国主催の拳闘大会で2位になったこともあるんだぞ」


 ヴェルダムは感嘆の息を漏らす。

 やがてハッと何かに気付いた。


「先生、俺わかったぜ。あれだろ? パフィミアを盾騎士にしようっていうんだろ? いいアイディアだと思う。紅狼族の身体の頑丈さは、亜人族の中でもトップクラスだしな。あいつは、いい盾騎士になれるぜ」


 悪くない考え方だな。

 ヴェルダムの言う通り、パフィミアなら盾騎士としても大成できるだろう。

 けど、盾騎士じゃ駄目だ。

 あいつは勇者だ。

 世界の救世主になることを宿命づけられている。


 誰かを守る力は必要だが、それだけじゃ物足りない。


「あいつは、『予言の聖女』シャロンが選んだ勇者だからな」


 そのシャロンは指を組み、瞼をギュッと閉じて勝利を願っている。

 小さな肩は幾分震えていた。


 いよいよパフィミアとミステルタムの距離が詰まる。

 いや、その距離はほぼない。

 ゼロ距離となった時、ミステルタムは何かパフィミアが呟いていることに気付いた。


「マッスグイッテ、ダキツク! マッスグイッテ、ダキツク! マッスグイッテ、ダキツク! マッスグイッテ、ダキツク! マッスグイッテ、ダキツク! マッスグイッテ、ダキツク! マッスグイッテ、ダキツク! マッスグイッテ、ダキツク!」



 真っ直ぐ行って、抱きつくっっっっっっ!!!!



 パフィミアは思いっきりミステルタムに抱きついた。


 いつも俺にやヽヽヽヽヽヽっているようヽヽヽヽヽヽにだヽヽ


「何を――」


 抱きつかれたミステルタムはただ戸惑う。

 対するパフィミアの目が光った。



 掴んだらぁぁぁぁぁああ……。投げる!!



 背を反り、ミステルタムをあっさり抱え上げた。

 そのまま投げを放つ。

 決して軽くないミステルタムを、思いっきり地面に叩きつけた。



 ゴオォン!!



 痛そうな音が響く。

 受け身もできず、諸に地面に刺さったミステルタムは、そのまま意識を失った。


 その意外な決着に、シャロンもヴェルダムも絶句する。


「勝負ありだな」


 という俺の勝敗を告げる台詞だけが、静かに響いた。


 ミステルタムを裏投げしたパフィミアも、信じられないと目を剥く。

 望外の勝利に、ただ息を荒く吐き出すだけだった。

 だが、ようやく理解したパフィミアは、拳を突き上げる。


「ダアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 雄叫びを上げる。

 な、なんだ、その雄叫びは……。

 まあいいか。喜んでるみたいだし。


 俺はクスリと笑いながら、パフィミアの肩を叩いた。


「やったな!」


 親指を立てる。

 俺の顔を見て、パフィミアは涙を浮かべた。


「し~~~~しょ~~~~!!」


 パフィミアはいつも通り俺に抱きついた。

 予想はしていたが、まあこんな時ぐらいは好きにさせてやるか。


「ししょー……」


「な! 俺が言った通りだったろ。しょっちゅう俺のことを抱きつきに来てるんだ。拳が当たらなくても、組み付くことぐらいはでき――」



 掴んだら……。投げる!



「へっ!!」


 その瞬間、俺の首はそのまま地面に埋まった。


「ダアアアアアアアアアアア! ――じゃなかった! 師匠、ごめん! 反射的に投げちゃった!!」


 慌てたパフィミアの声を遠くで聞こえる。

 半分意識が白くなる中、俺は心に誓った。


 もう2度こいつには、アドバイスはしねぇ……(がくっ)

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