第3話 ないものは掘るしかない(物理)

8月7日に『ククク』第8巻が発売されます。

早期ご予約いただけると、ちょっと嬉しいことが起こるので、

ぜひよろしくお願いします。



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 シーン……。


 無事ハッタリという名の自己紹介を終えた俺だったが、『七転温泉』の居間の空気は最悪だった。俺の営業スマイルも虚しく、勇者パーティーからは冷たい視線が注がれる。こんなことなら極寒に飛び出した方がマシだったかもしれない。


 もう振り上げた拳はもう下ろせない。

 いや、まだこの時なら引き返すことはできただろう。

 だが、これでも俺は四天王。勇者の宿敵である。腹をくくった。

 今から七転温泉オープンだ。


「ふーん」


 バーディーは目を細める。

 周りをぐるりと眺めた後、テーブルに指先を押し付け、なぞる。

 小姑が嫁によくやる仕草だ。


「それにしては随分と汚れているようだけど。蜘蛛の巣とか張り巡らされてるし」


「い、いや……。じ、実は明後日からオープンしよう。今日から掃除を……」


「こんな雪の日に掃除をしようと?」


「いや、まったくその通りで。まさかこんなに吹雪くなんてねぇ、アハハハ」


 俺はあくまで白を切る。

 自分で言ってて、しんどいのはわかってるんだが、振り上げた拳は(ry


 バーディーは居間を1周する。

 1周といっても、この部屋はさほど広いわけではない。

 しばらくして、机に置いていた日記を見つけると、拾い上げようとした。

 その前に、俺が素早く取り上げる。


「どうしたの?」


「これはわたくしの日記でして、他人様に見せるわけには」


 日記を見られたら、ここの温泉が廃業していることがバレるからな。


「別にいいじゃない。減るもんじゃないし」


「バーディー、やめときなさい。さすがに失礼ですよ」


 咎めたのは、聖人リプトだ。

 さすが勇者を見出した聖人様である。

 勇者の操作術を心得ているらしい。


 その女勇者様はしばらく考えた後、俺にこう言った。


「じゃあ、私たちが手伝って上げるよ」


「はっ? 手伝う?」


「そうそう。雪の中、拾ってくれた恩もあるし。私、1度でいいから温泉宿に泊まりたかったのよ」


 そう言って、バーディーはどっかりとソファに座る。

 ふわりと埃が舞い、ケホケホと咳き込んだ。

 それでも女勇者様は何か楽しそうだった。


「バーディー、我々は遊びにきたわけでは」


「固いこというなよ、リプト。こんな吹雪じゃ。魔族も身動き取れないだろ。な! 主人!!」


 まったくその通りだよ。

 あと、いきなり大きな声で俺に振らないでくれる。

 さっきの勇者じゃないが、ちょっとおしっこ出そうになったじゃないか!


「うちの蛇もこの寒さが冬眠してしまうにょろ」


 最後にスネークガールが状況的にどうでもいい一言を加える。

 結局、反対しているのは、リプト1人だけだったらしい。

 そのリプトもやれやれと首を振り、渋々承諾した。


「じゃあ、みんなで頑張りましょ」


「え? あ、あの……」


「遠慮しないで。一宿一飯の恩ぐらい返さなきゃ、勇者の名前が廃るというものよ」


 いや、俺が認めてないんだけど。

 てか、魔族疑惑はどうなった?



 ◆◇◆◇◆



 結局、俺は勇者たちと一緒に寂れた温泉宿を掃除することになった。

 蜘蛛の巣を剣で払い、ソファやベッドにたまった埃を魔法で取り除く。床やテーブルを水拭きし、壊れた家具をありものの材料で修理した。5人の手と、それぞれの高いスキルのおかげで、2時間もしないうちに温泉宿は真っ新になる。


 最後に修理した魔法灯に魔力を注ぐと、温泉宿が鮮やかなに蘇った。


「おー」


 掃除した当バーディーが蘇った温泉宿を見て驚いている。

 俺もこっそり息を呑んだ。

 寂れた丸太小屋が、いっぱしの温泉宿という風情が取り戻していたのである。

 これで外が吹雪でもなければ、最高の休暇となっただろう。


「掃除をしたら、汗を掻いてきちゃった。温泉でも入ろうかな」


「先ほど浴室を見つけました。混浴のようなので、男女で時間を分けましょう」


「リプト、別に私は一緒に入ってもいいのよ」


「な、な、何を言ってるんですか。はしたない! おお。神よ」


 リプトは顔を真っ赤にしてアグリヤ教の意匠を握りしめた。

 照れるのはわかるが、随分とオーバーなリアクションだ。

 首を傾げていると、バーディーが俺に耳打ちする。


「リプトはね。小さい頃から神学校でずっと勉強ばかりしてたの。あそこは男しかいないから、女の子と手を繋いだこともないのよ」


「バーディー、人様に変なことを吹き込まないでください」


「ふーん。否定はしないんだ」


「なっ! しょ、しょしょしょ、小生はあなたのそういうところが嫌いです」


「だったら、私を勇者として選ばなければ良かったじゃん」


「なんですって!」


 リプトは瓶底眼鏡と眉尻を上げる。

 一触即発になりそうになると、2人の間にブレッドンが入った。


「おいおい。こんな時に仲間割れはやめろ。人前だぞ」


「ブレッドン、あなたはバーディーに甘すぎです。いくらあなたたちが恋仲にあるからって……はっ!」


「オレ様とバーディーが恋仲であることと、オレ様がバーディーに甘いのは関係ないだろ」


 いや、絶対あるだろ。そりゃ。


 それにしても、バーディーの奴、戦士のブレッドンと付き合ってんのか。

 まあ、四六時中一緒にいるんだ。恋心が目覚めても仕方ないわな。

 しかもパーティー公認か。個人的にはリプトに感情移入するわ。

 四六時中ヽヽヽヽイチャイチャするところを見せつけられるんだからな。

 俺なら発狂してるかもしれない。


 勇者パーティーにも穴があることはわかったが、そんなことよりも俺には大問題があった。


(それにしても、ここって本当に温泉出るのか?)



 ◆◇◆◇◆



 勇者たちと一緒に、俺は温泉の方へと向かう。

 脱衣所を通り、扉を開く。すると、大量の雪があっという間に俺の顔を浸食した。

 ブボボボボと訳のわからない叫び声を上げながら、慌ててドアを閉める。

 どうやらこの温泉宿の温泉は、露天風呂らしい。

 吹雪もそうだが、どか雪のおかげで湯船はおろかその痕跡すら発見できない。


「こう吹雪では、温泉も入れませんね」


 ふー。助かった助かった。

 吹雪に大助かりだぜ。

 温泉宿を掃除するだけでしんどかったのに、この後に及んで露天風呂までやりたくないぞ。


「大丈夫よ」


 そう言って、バーディーは軽装のまま外に出て行く。

 早速吹雪の洗礼を浴びた女勇者だったが、剣を掲げた瞬間、雪は彼女に当たる前に蒸発した。さらに剣に炎が伸びると、そのまま水平に払う。見事、露天風呂を覆う雪が取り払われ、露天風呂らしい姿が蘇った。


 しかし、吹雪が止んだわけじゃない。

 雪は再び露天風呂に降り積もっていく。


「リプト! 防壁魔法を……」


「本来、そういう風に使うものではないのですが……」


 ため息を吐きながら、リプトはイヤイヤ防壁魔法を作動させる。

 ちょうど露天風呂を覆う魔法で作られた壁は、雪を防いだ。

 こうして『七転温泉』の露天風呂は一時的に復活する。


 力技にも程があるだろ。

 頼むから俺のうすぺら~い嘘に手加減してくれ。


「2時間……といったところでしょうか?」


「十分よ。さて入りましょうか」


 早速バーディーが脱ごうとすると、ブレッドンが止めた。


「待て。湯船に温泉がないぞ」


「ホントだ。ねぇ、ご主人。温泉ってどうやって引いてくるの」


 そんなの知らんって言いたいが、口が裂けてもそんなこと言えねぇ。

 どっかに温泉を引く方法が書かれたマニュアルとか探すか。

 いやいや、ダメだろ。今、俺は温泉宿の主人だぞ。

 軽々しくそんなことが言えるかよ。


 こうなったら誤魔化すしかねぇ。


「えっと……。どうだったかな。わ、わたくしも久しぶりに……」


「え? ここまでやってお風呂に入れないの?」


「そ、それは……」


「温泉宿なのに? それでもあなた、ここの主人なの? いや、そもそもあなた本物の主人なのかしら?」


 こ、ここここえぇぇぇぇぇええええええ!!


 なにこの勇者。めっちゃガン見してくるんですけど!

 下ろした前髪から見える目が血走ってるんですけど、マジで同一人物ですか?

 ちょっとしたホラーなんだが……。


 …………(ブーン)。


 くっそ! 完全に油断した。

 こいつら、きっとこのチャンスを待っていたに違いない。

 温泉を引けるか引けないかで、俺が主人かどうか査定しているのだ。

 まさかこんな罠があったとは。

 ボケッと勇者パーティーの三角か四角かわからねぇ、アオハル的な展開を見てる場合じゃなかったぜ。


 ……(ブーン)。


 やばい。マジで温泉どうにかせんと殺される(物理的に)。

 な、なんか都合良くスイッチとかない。

 ドバドバ温泉が出るスイッチとかないの~~~~!


 ブーン……。



「てか、お前! さっきからうるせぇんだよ!!!!」



 俺は渾身の力を込めて、露天風呂の床にいた宿敵ハエに拳を突き刺す。

 すると、床は大きく裂け、ヒビが広がっていく。

 やがて俺の拳の先から現れたのは、熱湯だった。


「おっちゃああああああああああああ!!」


 真っ赤になった手を抜く。

 瞬間、大量の湯が白い湯柱となって噴き上がった。

 俺は慌てて退避したが、湯はそのまま湯船に流れ、満たしていく。

 一瞬にして、露天風呂に熱々の湯が注がれたのだった。

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