第4話 定番展開だけども……!
今週8月7日に『「ククク……。奴は四天王の中でも最弱」と解雇された俺、なぜか勇者と聖女の師匠になる』の単行本8巻が発売されます。
書店で見かけましたら、是非よろしくお願いします!
※次回更新は8月6日です!
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ザッパーン!
俺がぶっ叩いたところから景気よく温泉が湧き出ている。
正直逃げ出したいほど熱いのだが、キラキラと光る温泉から目を離せない。
俺はただただ呆然と立ちすくんでいた。
「ど、どうなって……」
「すごいわ、主人。見直したわ」
「まさか素手で温泉を掘り当てるとはな」
「いえ。今のは演出と見ました。温泉に湯が張ってないと見せかけて、主人自ら身体を張って、温泉を注ぐとは……。天晴れです!」
「適温にょろ」
さっきまで疑いの目を向けていた勇者パーティー一行は、高速で手の平を返す。
剣や魔法の腕も凄まじいが、処世術もお手の物らしい。
なんか段々と腹が立ってきた。
「よーし。じゃあ、パパッと入っちゃおう」
バーディーは男がいる前で鎧の下に着ていた服を脱ぎ出す。
おいおい。ここで脱ぐのかよ。
魔族も言えた義理じゃないが、人類の雌も性に奔放すぎるだろうが。
「何を見てるのよ。ほら、男どもは散った散った」
バーディーは手で追い払うのだった。
◆◇◆◇◆
「いやー、いい湯だったわ」
バーディーはまだ乾き切っていない髪をタオルで拭きながら、満足そうに声を上げる。よく温まったらしく、白い湯気が薄らと見えるほどだ。さらに寝間着を着て、早速ソファに座って寛いでいる。寝間着は館内にあったもので、魔法を使って洗い、乾燥させてある。
タオルや寝間着もそうだが、もう長い間使われていないのに『七転温泉』には一通りのものが揃っていた。若干かび臭くはあるのだが、魔法や温泉のお湯につけておけばある程度の異臭は取り除くことができる。使っているタオルも寝間着も、寝具も結構上等だ。元主人のこだわりが見える。一体、初期投資にどれぐらいお金をかかったのだろうか。その後の結果も考えると、想像するだけで胸焼けがしそうだ。
何はともあれ、温泉宿の主人としては上々の滑り出しだ。
これなら俺が偽主人だとバレることはあるまい。
まして、魔族なんてことは……。
「さーて。温泉の後といえば、やっぱり豪華な食事よね」
「へっ?」
「え? もしかしてないの?」
「いや、その…………」
ないに決まってんだろ。
説明した設定を忘れたのか、このポンコツ勇者は?
オープン前なの! そもそもお前らは招かれざる客なんだよ。
温泉に入れたぐらいで、客面するな!
「ん? 蛇ちゃん、どうしたの?」
今までスネークガールの首に巻き付いていた蛇が、唐突に地面に落ちる。
シーシーと音を鳴らしながら炊事場の方に向かうと、何やら袋を掴んで戻ってきた。
「あ! そ、それは!?」
「すごーい。山菜がいっぱい入ってる! 卵に、小麦粉、油まであるし。これなら山菜の天ぷらとかできるんじゃない? やだ! ご主人、やさしい! ちゃんと食事を用意してくれていたのね」
「いや、それは宿の食糧でして……」
「じゃあ、宿の食糧ってことはお客さんの食糧ってことでもありますよね」
バーディーの瞳が再びギランと光る。
獲物を狩るというより、そのまま石化させんばかりの鋭い眼光だ。
段々慣れてきたけど、それってある意味脅迫だからね。
同じ人類だったら、訴えるからな!
――と魔族である俺は怒ることもできず、頷くしかなかったのである。
◆◇◆◇◆
「おいしい!!」
バーディーは山菜の天ぷらを頬張りながら、悲鳴を上げる。
食堂には寝間着を着た勇者パーティーが並び、同じくカラッと上がった天ぷらに舌鼓を打っていた。食堂内は山菜の匂いと、香ばしい油の香りが充満している。サクッという小気味良い音は、聞いているだけでお腹が空きそうだった。
「うまい。うまいぞ」
「これも神のお導き……」
「蛇って、天ぷら食べるにょろ?」
外が猛吹雪だというのに、勇者パーティーはおくつろぎモードだ。
牙を失った虎みたいに天ぷらにしゃぶりついていた。
「主人さんって、料理もうまいのね」
「お、恐れ入ります」
バーディーも機嫌が戻ったらしい。
俺としてはとんだ迷惑だ。
久方ぶりの出張で、山菜の天ぷらはひそかな楽しみにしていたのに。
こいつら、俺が持ってきた天ぷら全部食べるつもりか?
くそ。やっぱり腹が立ってきた。ここはビシッというか。ビシッと!
「こんな風に食糧を用意してくれていたなんて。実は私たち勇者パーティーが来ることがわかってたんじゃないの?」
再びバーディーの目が光る。
あの冷たい蛇のような目だ。さしずめ俺は蛇に睨まれた蛙だろう。
最強とも謳われる女勇者の威嚇……。
いくら俺が四天王でもさすがにビビるわ。
だが、これ以上ビビっていたら、四天王がすたるってもんだ。
俺を送り出した魔王様に申し訳がない。
何よりそれを聞いたら、ブレイゼルとヴォガニスが俺を絶対馬鹿にするはず。
なんかあいつらの笑い顔を思い出したら、腹が立ってきたわ。
見てろよ。これが屍蠍のカプソディア。
200年口八丁で生きてきたんだ。
20年そこそこしか生きてないお前らとは年季が違うんだよ。
「ば、バレちゃいましたか」
「え? 何?」
「実は、勇者様の上司に言われて、日頃の激務にお疲れであろう勇者様を極秘にもてなせと」
「ご、極秘?」
「勇者様は大変ストイックな方と窺いました。こうでもしないと、もてなしをうけないのではないか、と……」
「ぎゃはははは! バーディーがストイック……げはっ!」
ブレッドンの鳩尾に、バーディーのボディブローが突き刺さる。
痛そう……。
「なるほどね。そういうことだったね!!」
バーディーは目をキラキラさせながら、俺の言葉を鵜呑みにした。
ちょれぇ~~!
「いや~。なんかそんなんじゃないかと思ってたのよ。ところでどこの上司かな?」
「わたくしは使いの方に言われただけなので」
「な・る・ほ・ど。でも、なんか変だと思ったのよ。こんな吹雪いている雪山に行って、魔族が暗躍してるわけないわよねぇ」
すまねぇな。いるんだわ、ここに。
「まあ、そうと決まればもてなしは受けないとね」
「は、はい。どうぞ心ゆくまでお召し上がりください」
俺の非常食をな(泣)
◆◇◆◇◆
「じゃあ、おやすみなさい!」
バーディーは自分で決めた個室の中に消えていく。
他のパーティーも同じく個室に入っていった。
しばらくして豪快な寝息が聞こえてくる。
おそらくブレッドンだろう。
俺はというと、一旦居間に戻る。
ソファにどっかりと座り、天を仰いだ。
「はあぁぁぁぁあああ……。疲れた」
ドッと疲れた。
これなら魔王城で3日間ぐらい寝ずに死者蘇生をやってる方がまだマシだったぜ。まったく……、とんでもないことになったものだ。
それにしても、あの勇者一行……。
既視感があると思ったら、昔の俺たちに似てるんだよなあ。
ブレッドンとかまんまヴォガニスと雰囲気が似てるし。
そうだよなあ。昔はああいう風にワイワイガヤガヤ言いながらやってたんだよなあ。毎日がお祭り騒ぎみたいで……。
「いつからだろう。今のような関係に……なっ…………た、…………の」
緊張と疲れからか。
重い瞼に抗えず、俺はいつの間にか眠ってしまった。
◆◇◆◇◆
「キャアアアアアアアアアアア!!」
それはまさしく絹を裂くような悲鳴だった。
俺はハッと目を覚ます。外に目を向けると、相変わらずの猛吹雪だ。雪雲が分厚すぎて、朝なの夜なのかわからない。
(一体、どれぐらい寝ていた?)
いや、今はそんなことどうでもいい。
俺は寝落ちしていたソファから身体を起こす。
廊下に出ると、すでに勇者一行の姿があった。
ただし、1人だけがいない。
みんな、その
その顔は真っ青になっていた。
「失礼」
トラブルの予感を感じつつも、俺は立ちすくむ勇者パーティーの間を縫い、部屋の中を覗く。
そこに大男が倒れていた。
心臓を一突きに刺されて……。
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