第16話 やっぱり静かなのが一番

「はい。確かに」


 カーラは俺が採集してきたルルイル草を受け取ると、達成報酬の7000パルクを渡した。

 冒険者としての初報酬だ。

 昔、魔王軍にいた時の初任給を思い出すぜ。

 確かあの時は、蛙の干物を1本貰っただけだったな。


 そう言えば、人間がパルクって単位で金を使って、物を売り買いしてるのは知っていたが、いまいち価値がわからんな。

 今泊まっている宿が、確か900パルクだから、今回の報酬が安いのかどうかわからない……。


 山で修行していたからと断り、俺はカーラからそれとなく尋ねた。


「そうですね。外食で安く手軽に済ませようとするなら、500パルクぐらいですね。7000パルクだと、そこそこいい宿の1泊分といったところでしょうか?」


 なるほど。

 そう聞くと安い感じがするが、1日の報酬としては高い方だろう。

 まだまだ駆け出しの冒険者だしな。

 宿代や飯代以外に、今のところ使い道はないし。

 当分は地道にクエストをこなしていくしかないだろう。


「ところでパフィミアたちは?」


「まだ帰って…………あ、今ちょうど帰ってきましたね」


 ギルドの扉を開き、見慣れた赤い耳の紅狼族の娘が入ってくる。

 後ろにはがっくりと肩を落とした紅狼族を、励ます聖女の姿もあった。

 噂をすれば、なんとやら。

 パフィミアとシャロンだった。


「お帰り、2人とも」


「師匠。ただいま」

「ただいま戻りました、カプア様」


「その様子だと、あんまりいい結果じゃなかったようだな」


「うん。討伐モンスターに逃げられちゃった。悔しい!!」


 パフィミアは吠える。


「明日、頑張ればいいのですよ、パフィミア様」


 その横でシャロンが肩を叩いて励ます。


「うん! カーラ、依頼期間内に討伐すればいいんだよね」


「はい。問題ありません。引き続きよろしくお願いします、勇者様」


「任せて! 今度こそ倒してやるんだから」


「その意気ですわ、パフィミア様」


 パフィミアはやる気を漲らせる。


「なあ……。その魔物ってどんなヤツだ」


「とってもすばしっこくて……。なかなかボクの攻撃が当たらないんだ」


「獰猛な大狼の魔物でしたわ」


「目の上に傷があって……」


「おい。……それって、まさかと思うがガーブウルフのことか?」


 パフィミアとシャロンがキョトンとした目で、俺の方を向く。


「なんで、師匠が知ってるの?」


「そいつなら、魔草を採集してる時に襲いかかってきたから、倒したぞ」


「本当ですか、カプア様」

「さすが、師匠!」


 なんか予感はしていたが、まさかパフィミアたちの討伐モンスターだったとはな。


 俺は魔法袋からガーブウルフを取り出す。

 ドサリと大きな狼の死体が、ギルドの床に転がった。


「――――――――ッッッッ!!」


 ガーブウルフを見たカーラの様子が一変する。

 顔から血の気が引き、さらに表情を強ばらせた。

 目を剥きだし、ギルドに床に横たわるガーブウルフを凝視する。


 あれ?

 い、嫌な予感。


 俺、なんかやっちゃいました?


 もしかして生け捕りじゃないと、クエスト達成にならないとか?


 何にしても、この沈黙で息が詰まりそう。

 いや、俺もう息してないんだけどさ。


「カプア……さん……」


「は、はひぃ!!」


 カーラの迫力に、俺は思わず直立した。

 ゆっくりとカーラは俺の方に顔を向ける。


「なんですか、この死体……」


「す、すまん」


 反射的に謝る。

 やはり生け捕りにしなければならなかったのか。

 でも、何もそんなに――――。




 ムチャクチャ綺麗じゃないですかっっっっ!!




「すみません………………へっ?」


「すごい! すごいですよ、カプアさん。こんなに綺麗な魔物の死体は初めて見ました。どこにも切り傷1つないし、血で汚れてない。毒でも使ったんですか?」


「い、いや……毒は使ってない」


「じゃあ、もしかして内臓まで綺麗なのでしょうか?」


「た、多分な……」


「しかし、これはすごい。すごい価値になりますよ、この死体は。かなり学術的に価値の高い物になるかと……」


 が、がががが学術的????


「おそらく近くの博物館や研究所が黙っていないでしょう。取り合いになるかもしれません。もしかしたら、100万パルクぐらいの値段が付くかも」


 ひゃ……。




 ひゃくまんぱるくぅぅぅぅうぅううううううう!!!!!!!




 え、えっと……ちょ…………何を言ってるのかわからねぇ。


 100万パルクって、えっと何パルクだ?

 今、俺の宿が900パルクだから、何回泊まることができるんだろうか。

 ヤバい。焦って、計算ができない。


 とりあえず、当面は何もせず暮らせるってことか。

 悪くないかもな。

 ゆっくりセカンドライフを楽しむ。

 俺が目指す生活の理想じゃないか。


「すごい! 師匠、一気にお金持ちだね」


 そのパフィミアの何気ない一言が、俺の思考を一変させた。


 ダメだ。

 金持ちになってはいけない。

 俺の存在が、人間たちに知られるではないか。

 理想は目立たず、ひっそりとなんだ。


 左うちわで過ごすのも悪くないが、それでは前提条件が覆ってしまう。


「早速、手続きをしましょう。すぐに学芸員に連絡を……」


「ああ。待ってくれ、カーラ」


 俺はカーラを引き留める。


「どうしましたか、カプアさん」


「そのガーブウルフな。そんなに学術的価値があるなら、俺は寄付するわ」


「え? でも……。100万パルクはくだらないですよ」


「そうだよ、師匠! 折角、お金持ちになれるチャンスなんだよ」


 パフィミアまで勧めてくる。

 だが、俺の意志は固い。


「パフィミア、お前はまだまだ修行が足りんようだな」


「え?」


「目先の自分の利益よりも、人類の勝利のために、この死体を学術の発展に役立てて貰う方が、よっぽど価値あることじゃないのか?」


 …………。


 しん、と静まり返る。

 だがそれは一瞬だ。

 津波のように称賛のウェーブがやってきた。


「素晴らしいですわ、カプア様!!」


 大きく手を叩いたのは、シャロンだった。

 目には涙を浮かべている。


「師匠! 今の言葉、ボクは生涯忘れないよ!!」


 パフィミアはその場で写経を始める。


「すげぇ! あんた、すげぇよ」

「100万パルクを蹴るなんて」

「なんて清い心の持ち主なんだ」

「人類の勝利か。オレたちは何か大切なものを忘れていたのかもしれない」

「アニキって呼ばせて下さい!!」


 聞いていた周りの冒険者たちまで泣き出す始末だ。


 自分でもうまくまとめたつもりだったが、予想以上に反響だった。

 言った俺の方が呆然としてしまう。


 まあ……うまく誤魔化せたので良しとしよう。



 結局、俺は金持ちにはなれなかった。

 だが、この時の俺は知らなかったのだ。

 金持ちにならなくとも、自分の名声が高まっていくのを……。

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