第17話 魔物をタダであげただけなのに……

「それではロープカットをお願いします!」


 威勢の良い司会者の声が響き渡る。

 俺は目の前の縄に指示されるまま鋏を入れた。

 花火が上がり、それに呼応して白い鳩が空を舞う。

 周りの民衆から拍手が送られ、俺は一緒にロープカットをした街のお偉いさんと握手をした。


 皆、ニコニコと笑顔を浮かべながら、俺一人だけが空虚な気持ちを抱えていた



 どうしてこうなった……。



 俺は魔物の遺体を無料で提供しただけなのに……。

 何故か俺は、街に急遽建設された博物館のロープカットをしていた。

 街のお偉いさんが取っ替え引っ替え、俺の前に現れては賛辞を送り、改めて謝意を示していく。


「いや~、カプア殿。改めてありがとうございます。この剥製はおそらく今後街のシンボルになるでしょう。何もないこのノイヴィルに観光という産業を生み出すことができるかもしれません」


 ノイヴィルの市長はホクホク顔だ。

 その後ろには、猛々しく口を開けて固まったガーブウルフの剥製があった。


 まさかこいつも、人間の観光資源になるとは思うまい。

 人間に荷担しているという意味では、俺と同罪。

 俺を裏切り者と罵っていたが、これで同じ穴のむじなだな。


 ウルフじゃなくて、アナグマだったわけだ。


「カプアさん、わしからもお礼を言わせて下さい」


 進み出てきたのは、この博物館の館長だ。

 昔から魔物の研究をしていた研究員らしい。

 魔物の献体の話をしたら、大層喜んでくれた。


 ちなみに小さいながら博物館を、急ピッチで作る事ができたのは、市長の鶴の一声だったという。


「カプアさん、わしは1つ決めたことがあるんですよ」


「は、はあ……。なんでしょうか?」


「この博物館の名前です」


「名前?」


「カプア博物館というのはどうでしょうか?」



 カ~~プ~~ア~~は~~く~~ぶ~~つ~~か~~ん~~??



 やめろ!

 それだけはやめてくれ!

 カプア博物館なんて恥ずかしいにも程がある。

 ここは無難にノイヴィル博物館って名前でいいだろうが!

 カプアより語呂もいいし、それっぽい名前でいいじゃないか。


 そもそも俺の名前が付いた博物館なんて、魔族に見つかったらどうなんだ?

 こんなの王様が戦場で「わしはここじゃあ!」って旗を振ってるようなもんだぞ。


 いや、待て待て。

 俺、なんか忘れてるぞ。

 そうだ。

 俺の本名はカプソディアだった。

 最近「カプア」って名前で呼ばれてばかりいたから、てっきりカプアが本名とばかり思ってたぜ。


「お気に召しませんか、カプアさん」


「い、いや……。そのぉ……」


「お待ち下さい」


 意外なところから異議申し立てがやってくる。


 会話を聞いていたシャロンだ。

 『予言の聖女』ということで、俺と一緒に博物館の開館式に出席していた。


「どういうことですか、聖女殿?」


 市長も首を捻る。

 どうやら市長も、カプア博物館には賛成のようだ。

 他のお偉いさんたちも同意見らしい。

 反対なのは、シャロンだけだった。


 シャロン……。

 もしかして、君は俺のことを思って反対してくれているんだろうか。

 さすがは『予言の聖女』……。

 どうやら聖女という人間は、魔族に対しても慈悲深いらしい。


「市長様、館長様。よくお考え下さい」


 うんうん。いいぞ、シャロン。


「これでは足りません」


 ん? んん?(雲行きが怪しくなってきたぞ)


「何が足りないのですか、シャロン殿」

「ご教授下さい、『予言の聖女』様」


 市長と館長は、救いを求める迷い子のように答えを求める。


 かすかに後光が差すシャロンは、両手を胸の前で握り、目をカッと開いた。


「ディアが足りません」


「でぃ、ディア?」

「それは――」


 ごくりと市長館長コンビは息を呑む。

 俺にはさっぱりだ。

 ただ今からシャロンが、何かとんでもない事をしようとしていることだけはわかる。


「そうです、ディア。つまり――博士ディアです」


「「博士ディア!!」」


 ノイヴィルに急遽結成されたコンビは、仲良く声を揃える。


 すると、シャロンは大きく頷いた。


「カプア様はとても偉大なお方……。そのお方が冠する博物館なのに、何故敬称もなしに名前を付けられるでしょうか!?」


「な、なるほど!!」

「言われてみれば……。盲点だった!!」


 いや、そこ感心しなくてよくね?

 普通にあるでしょ?

 むしろ敬称付けている博物館を探す方が難しくないですか?


「いや、聖女様。お待ち下さい!」


 市長は急に神妙な顔で暴走するシャロンを引き留めた。


「確か……。博士ディアは、学術的に何らかの功績を収められた方だけに送られる学位であるはず。確かにカプア殿の功績は、学術界に一石を投じたと言ってもいいでしょう。しかし、勝手に名誉ある学位を付けていいものだろうか」


 お! いいぞ、市長!

 もっと言ってやってくれ。

 いつもならシャロンの味方だが、今日ばかりはこの屍蠍のカプソディアが仲間になってやるぞ。


 だが、これぐらいで動じるシャロンではない。

 いつものように澄ました笑みを見せると、銀髪を横に揺らした。


「ご心配には及びませんわ。こんな事もあろうかと……。王都に早馬を送り、事情を説明しております。そして、つい今し方王都の魔物学会は、カプア様に『博士ディア』の学位を授与することをお決めになりました」


「おお! なんとめでたい!!」

「王都の学会が正式に!!」


「これで自他共に認める魔物博士になりましたわ、カプア博士ディア様」


 シャロン、用意よすぎ!!


 いつの間にそんなことしてたの?

 てか、もうシャロンが俺の正体を知って楽しんでいるとしか思えないよ。

 あの天女みたいな笑顔の裏で、ほくそ笑んでいる姿しか思い浮かばんわ!


 だいたいカプア博士博物館って、地雷臭がバンバンするんですけど!!(『博』が被ってるし!)



 んんん???



 ちょっと待て……。



 カプア博士博物館。



 カプア博士ディア博物館……。



 カプアディア博物館!!




「うわああああああああああああ!!」




 なんか本名にかすってる。つーかこすってる!

 いや、もう致命傷だろ!

 薄目でみたら、カプソディアに見えるよ、間違いなく!!


「カプア博士ディア様はどうされたのでしょうか?」

「突然、のたうち回り始めましたけど」


「おそらく市長様と館長様のご厚意に、身体を張って喜びを表現してくれているのでしょう!」


「「なるほど!」」


 その後、俺の全力の説得によって、カプア博物館という名前で落ち着いた。


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