第18話 四天王閣下は自分の知名度についてお怒りのようです

「カプア博士ディア様、おはようございます」

「カプア博士ディア様、今日は天気がいいですね」

「カプア博士ディア様、今日はいい猪肉が手に入ったんだ。寄ってってくれよ」


 博物館の件があって以降、俺はちょっとした有名人になっていた。


 宿からギルドへ向かう道すがら。

 計20回以上見ず知らずの人間に声をかけられた。

 たかだか小さな博物館の名前になっただけなのに……。

 広まるのが早すぎだろう。


 あと、“博士ディア”付きで呼ぶのは止めて。

 配属された新人が、先輩の名前を間違って覚えてるみたいでイライラするから。

 俺の名前は、カプディアだからな。


 というか……。

 1人ぐらい俺の姿を見て、ピンと来るヤツはいないのだろうか。

 ローブで身を包み、フードで顔を隠し、怪しさMAXなのに、誰も俺が屍蠍のカプソディアだと思っていない。

 魔王四天王を知らないというほど、田舎でもあるまい。


「カプア博士ディア様、いらっしゃいませ」


 ギルドのカウンターから威勢のいい声が聞こえる。

 カーラがスマイルを浮かべた。


「…………」


「どうしました? 浮かない顔ですね、カプア博士ディア様」


「いや、なんでもねぇよ。ところでパフィミアとシャロンは?」


「朝早く出かけられました。依頼の場所は少し遠い場所にあるので」


 なるほどな。

 だから、食堂にパンだけ残して出て行ったのか。

 あいつらも頑張ってるみたいだな。


「薬草採取のクエストはあるか?」


「はい。ございます。こちらはいかがでしょうか?」


 カーラは依頼書を提示する。


 うん。条件とか諸々悪くないな。

 俺は即決でクエストを決めた。

 すると、カーラは俺に耳打ちする。


 ちょっといい匂いがしてドキドキしてしまった。


「カプア博士ディア様、気を付けてくださいね」


「何がだ?」


「カプア博士ディア様はとても有名になられました。まだ駆け出しの鉄級冒険者にもかかわらずです。それをよく思わない冒険者がいるんですよ」


 なるほど。

 新人つぶしってヤツか。

 魔族でもあったことだけど、人間も同じなんだな。


「忠告ありがたく受け取っておくよ。うまく対処するから、心配しないでくれ」


「わかりました。それではお気を付けて、カプア博士ディア様」


「……あの~、カーラ。悪いがその言い方を控えてくれないか。これまで通り、カプアでいい」


「え? は、はあ……。わかりました、カプア博士ディア様――あっ!」


 どうやら、ちょっと時間がかかりそうだ。


 カーラに見送られ、俺は街の外の森を目指した。

 依頼内容は、前の薬草採集と変わらない。

 以前来た時に、目星は付けていた薬草だからクエスト自体は簡単だった。


「こんなもんか?」


 魔法袋に薬草を詰め、俺は街に帰ろうとした時だった。


「よう。カプア博士ディア様」


 振り返ると、数人の男達が立っていた。

 おそらく冒険者だろう。

 装備がよく戦った国の正規兵とは違う。

 その口元には、嫌らしい笑みを浮かべていた。


 中でも1番ごつい男が1歩進み出て、威嚇する。


「オレ様の名前はドッバル。知ってるか?」


「知らん……」


「な、なんだと! ドッバル様を知らないだと!!」


 他の仲間が大げさに驚く。


 すると、ドッバルはふんと鼻で笑った。


「よせよせ。新人をそういじめる者じゃない」


「す、すみません、ドッバル様。でも、信じられません。こいつ【四天王殺し】のドッバル様を知らないなんて」



 はっ?? 【四天王殺し】!?



 こいつ、四天王を殺したのか?

 いや、待て待て。

 四天王は俺を含めて4人だが、まだまだ健在のはず。

 俺が抜けてからは知らないが、魔王四天王が殺されたなら、いくらこんな田舎でも大騒ぎになっているはずだ。


「1つ教えてくれないか、ドッルさんよ」


「ドッバルだ。いいぜ。何で聞いてくれ」


「四天王の誰を殺したんだ?」


「はっ! 名前なんて覚えちゃいねぇよ」


 はあああああああ????


「よく聞かれるんだがな。あまりの激闘で記憶が飛んでしまって、わからんのだ。向こうが名乗ったかどうかもわからん」


「記憶が飛ぶぐらい激闘、くぅぅう! 痺れる!!」

「それなのに生き残るって……。やっぱドッバル様はすげぇ!!」

「おれもドッバルのアニキぐらい強くなりたいッス!」


 仲間は盛り上げる。

 それを静めたのはドッバル自身だった。


「まあまあ……。落ち着け、お前ら」


「…………」


「納得がいかないって顔だな、カプア博士ディア様。だが、証拠はあるぜ」


「証拠?」


閃嵐せんらんのルヴィアナ、魑海ちかいのヴォガニス、灼却かっきゃくのブレイゼル。今、戦場で荒らし回っている四天王は、3匹。おやおや? 四天王は4匹のはずだ。――な? わかるだろう。あとは簡単な算数の問題だ。1匹はどこへ行った? それはつまり――――オレがやったってことだ」


 ドッバルは自分の胸を叩く。

 隆々とした筋肉が震えた。


「まあ、そういうわけだ。どうだ、新人? オレの実力がわかったか? だったら、大人しくしてろ。ちょっとおだてられたぐらいで調子に乗るな……!」


 ドッパルはいきなり殴りかかってきた。



 ドゴオオオオオオオオオンンンン!!



 次の瞬間、ドッバルは土の中に埋まって、気絶していた。

 俺はドッバルを殴った拳をプラプラと動かす。


「あ、アニキが!」

「一撃で……」

「こいつ、つ、つえぇ……」


 ドッバルの仲間の方を見ると、今にも目玉が転げ落ちそうなぐらい目を剥きだして驚いていた。


「お前ら、閃嵐せんらんのルヴィアナ、魑海ちかいのヴォガニス、灼却かっきゃくのブレイゼル、最後の四天王の名前は誰だ?」


「え、えっと……確か――」

「あれだけ、あれ! メロディ的な感じの……」

「確かし、し、しから始まったんだよ」

「そもそも本当に4匹目っているのか?」


 ドゴォン!!

 ドゴォン!!

 ドゴォン!!

 ドゴォン!!


 俺は残りの人間たちも地中に埋めた。

 そのまま俺は無言のままギルドへ戻る。

 指定された薬草をカーラに渡した。


「はい。確かに。こちらが報酬になりま――カプア様。どうされましたか? 随分と怖い顔をされていますが」


「あの、カーラ……。1つクイズをしていいか?」


「はあ……。どうぞ」


閃嵐せんらんのルヴィアナ、魑海ちかいのヴォガニス、灼却かっきゃくのブレイゼル、残り1匹の四天王ってだ~~れだ?」


「えっと…………………………」


「…………」


「え? そ、そんなさらに怖い顔しないでくださいよ、カプア様。ちょっと今、思い出しますから。えっと…………そうなんかメロディ的な名前だったんですよ。綽名が…………あって………………し、し、し……………………。あの……気になるのであれば、お調べしましょうか?」


「いや、いいです。さようなら」


 俺はそのままギルドを後にする。

 宿に戻ると、すでに夜になっていた。

 俺は部屋に戻り、目の前のベッドに飛び込む前に、ドアの前でへたり込む。




 ちくしょおぉめえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!




 なんでみんな、俺の名前知らないの?

 これでも10年以上、四天王やってきたんだぞ! ばかぁ!


 確かに後方勤務が多かったからさ。

 露出は少なかったよ。

 でも、ゼロってわけじゃないんだ!

 時々、ヴォガニスが寝坊した時に、ピンチヒッターとして俺が戦場に出向いたこともあるんだよ。


 なんで! どうして!!


 俺の名前を知らないんだよおおおおおおおおおお!!


 そして俺は月に向かって吠えた。



 俺の名前は屍蠍のカプソディア……。



 カプア博士ディア様じゃないから、そこんとこよろしく……(ぐすっ)。

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