番外編 野生の軍団長が現れた!

 わしの名前はアタナージウス・ハルドラ・ショーバレーヒナー。


 70の老いぼれ伯爵だ。

 今ではすっかりベッドが板についた老爺だが、わしにも輝かしい時代があった。


 わしは昔王国の軍団長だった。

 万の大軍を率い、何度も魔族の軍勢と対決し、打ち破ってきた。

 多くの勲章を賜り、3度国王より直接言葉を賜ったことがある。

 とても名誉な事だ。

 わしはもうそのまま死んでもいいとさえ思った。


 だが、わしの人生の岐路は意外と遅く訪れる。


 あれは7年前の話だ。

 魔族の重要拠点を攻略せよ、とわしに命令が下った。

 その時、陛下より下賜された兵数は10万。

 間違いなく大軍勢だった。

 しかも、その敵拠点を取ることができれば、今後の魔族との戦いを優位に進めることができるという、大事な任務だ。


 40年以上軍役に付き、初めて任された最重要任務と10万の兵。


 武人としての血が沸くよりも、気が引き締まる思いだった。


 いよいよわしは10万の兵を率いて、敵拠点へと向かった。


 その道中、わしは不覚にも腹を下してしまった。

 要職を任されたプレッシャーからか。

 それとも酒のあてに食べた猪肉が腐っておったか。

 わしは馬上で我慢し続けたが、さすがに限界だった。

 部下をなんとかなだめ、わしは1人隊列を離れて、森の奥で用を足した。


 すっきりして帰ってきた時、わしは恐ろしいものを目撃する。


「な、なんじゃこりゃああああああああ!!」


 死体だ。

 10万の兵が地面に倒れ伏していた。


 最初、何かの冗談だと思った。

 兵が緊張を紛らすためにやっているのではないか。

 あるいは緊張したわしを激励するためのパフォーマンスかと考えた。


 しかし、それは違った。

 皆、本当に事切れておったのだ。


 10万の兵が……。

 わしが用を足すわずかな間に……。

 何の抵抗もすることなく……。


「あれ? まだ1人残ってたのか?」


 ローブを着た男が、突如わしの前に現れた。

 人間のような容姿をしておるが、間違いなく魔族だとわしは確信した。

 そしてわしの直感は、それだけに留まらなかった。

 すぐに理解したのだ。


 この魔族が、10万の兵をわずかな間に殺したことを……。


「じいさんも、この兵隊たちの仲間か?」


 魔族はギロリとわしを睨む。


 殺される……。


 わしは思った。

 自分の顔から血の気が引いていくのがわかる。

 動悸が激しく、息が荒い。

 気が付けば、顎から汗が滴っていた。


「どうしたじいさん?」


「わ、わしは…………」


 ごくりと唾を飲む。

 だが、飲めるほど唾はなく、喉がカラカラになっていることに気付いただけだった。


「わしは…………」



 わ、悪い人類じゃないよ……。



 とにかく誤魔化すことにした。

 思いっきり咳をし、ピンと立っていた腰を曲げる。

 鞘のついた剣を杖代わりにし、とにかくわしは無害を演じた。


 これで誤魔化せるとは、自分でも思えない。

 逆の立場なら切り捨てたことだろう。

 だが、魔族は――。


「な~~んだ、そうか。じゃあ、まあいいか」


 なかなかイイ奴だった。


 こいつ、魔族じゃなくて馬鹿――――いやいやいやいや天使かと思った。

 わしの三パルク芝居をすっかり信じ込んだらしい。


「でも、その鎧はどうしたんだ?」


 す、鋭い――――ッ!!


 わしが来ていたのは、他の正規兵とは違う。

 特注のデザインが施されている。

 魔族がわしを他の兵と同一視していないのは、そのためだと思われる。


「こ、これは――――」


 さてどう言い訳していいやら。

 こんなことなら、全裸で用を足せば良かった。


「あー。もしかして、じいさん。略奪か?」


「へ?」


「高そうな鎧を売って、一儲けとか考えてるんだろう?」


「ほほ……。おほっほっほっほっ……。ばばばばばば、バレたか。実はそうなのじゃ。生活費の足しにしようと思っての」


「なるほどな。でも、無理は禁物だぞ。鎧が重すぎて、腰が折れてるじゃないか!」


 これは演技でやってんだよ!!


 思わずツッコみそうになったが、我慢! 我慢じゃ、わし。

 これを堪えることができれば、静かな老後が暮らせるのじゃ!!


「しかし、待てよ。略奪してるってことは……。じいさん、もしかして悪い人類なのか?」


 す、鋭い――――ッッ!!!!(2回目)


「おほっほっほっ……。じょ、冗談じゃよ。略奪など考えておらんよ。よ、鎧を着てみたかったのじゃ。ほ、ほら……。わしも男の子じゃからの」


「はっは~ん。俺、わかっちゃったぞ」


 魔族は突然キラリと目を光らせる。

 わしは思わず肩を振るわせた。


 ま、まさか――わしの正体を…………!?」


「鎧を着て、脱げなくなったんだろ?」


「――――そ、そう!! ズバリそうなんじゃ!!」


「あ~。やっぱな~」


 あははははは……。


 何故、わしは戦場のヽヽヽど真ん中で魔族と一緒に笑っているのだろうか。


「仕方ねぇなあ。鎧を脱がすの手伝ってやるよ」


「か、かたじけない」


 そして魔族は鎧を脱がし始めた。

 鼻唄まじりに……。

 なんか超複雑だった。

 今から捕虜にさせられるのでは、とわしは内心ビクビクしながら、様子を見守る。


「じいさん、家族は?」


「む、息子が2人。娘が3人います。この前、8人目の孫が……」


「そりゃ大所帯だな」


「大変ですじゃ。出来れば、この鎧を売りたいぐらい」


 魔族と他愛もない会話をする。

 なんだか親近感が湧いてきた。

 同時に、このままわしは何事もなく助かるのでは、と考えるようになる。


 しかし、危機はその直後にやってきた。


「あ……」


 魔族が何かに気付く。

 顔を上げて、わしを見て言った。




「アタナージウス・ハルドラ・ショーバレーヒナー軍団長……」




 終わった!


 わしはそう思った。

 顔の筋肉が、意志とは反して引きつっていく。

 血の気が失せて、口から血でも吐きそうなぐらい、わしは動揺する。


 これで終わりだ。

 ついに魔族に正体がバレてしまったのだ。


「す――――」


 わしは素直に謝ろうと思った。

 すまん、嘘だったと……。

 わしが軍団長じゃと告白しようとした。


 しかし、その1歩踏み出す前に、魔族は言った。


「鎧のこんなところに名前が書いてる。じいさん、これ人類軍の軍団長の名前だぞ」


「は、はあ……」


「しっかし、なげぇ名前だな。なあ、じいさん」


「おほ……。おほっほっほっほっ……」


 わしはそれ以上まともに魔族と話すことができなかった。

 ただただ笑って、魔族を誤魔化し続けた。





「じゃあな、じいさん。どこから来たのか知らないけど、この辺りは魔物が多いから、気を付けて帰れよ」


 バ~イ、という感じで手を振り、魔族はあっさりとわしの前から姿を消した。


 名前を尋ねておくべきだったと気付いたのは、おめおめと王国に帰った後だった。


 だが、今なら確信できる。

 1つはわしを大将と知りながらおちょくっていたことだ。

 わしをアタナージウス・ハルドラ・ショーバレーヒナーと知った上で、見逃したのだろう。


 敵の大将を見逃すほどの度量の持ち主……。

 それはすなわちヤツは魔王だったからだろう。

 魔族の王――そうでなければ、あんな恐ろしい力を振るうことも、大将を見逃すような度量もあるはずがない。


 魔王にとって、人類の大将など塵芥ちりあくた以下の存在であったに違いない。


 わしはそのまま起こったことを報告した。

 だが、10万の兵を失った老将の戯言だと判断され、まともに取り合ってもらえなかった。

 わしすら信じられないのだ。

 他の者がどうして信じられようか……。


 大敗の将となったわしに世間は冷たかった。

 民からの称賛の声は止み、代わりに侮蔑の目を向けられるようになる。

 本来であれば、10万の兵を失ったわしは罪人も同然だ。

 軍法会議では極刑にせよ、という意見も上がったそうだが、過去の功績と陛下の温情もあって免れた。


 しかし毎年送られてくる陛下の手紙は、パタリと途絶えた。


 わしは依願退役することを決めた。


 あの日のことは、今でも夢に見ることがある。

 もし、わしがあの時用を足していなかったら……。

 魔族と戦い、勇敢に散っておれば、別の未来があったのか、と……。


 フフフ……。そんな訳があるまい。


 誰も勝てんよ、あやつには。

 いずれ人類は絶滅する。

 わしは一足先に地獄で待つとしよう……。

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