第11話 屍蠍のいない魔王軍

 魔王軍四天王――。


 それは火属性、水属性、風属性、そして死属性の専門家スペシャリストからなる魔王軍屈指の実力と、魔力を兼ね備えた幹部集団である。

 その力はまさに圧倒的であり、万を超える人類軍、名のある冒険者、あるいは予言者たちが選定した勇者すらはね除けてきた。


 だが、彼らの功績は戦功だけに留まらない。


 そもそも魔王軍には序列というものが存在しなかった。

 魔族の上に魔王という存在しかなく、魔王の下には魔族しかいなかったのだ。

 故に個々でバラバラに戦うことが多く、足並みが乱れることが多かった。

 それでも、なんとか人間たちと戦えていたのは、個々人の能力が人間より優れていたからだろう。


 だが、最初は問題なくとも、戦争が長引けばいつか弱点というのは露呈されるものである。


 人間たちは魔族に組織だった行動がないと知ると、種族ごとの集落を見つけて、そこに大量の兵や実力者を投入し、完膚なきまで叩きつぶした。


 この作戦は効果覿面だった。


 それまでの魔族に異種族同士の繋がりはなかった。

 他の種族が人類軍に攻め立てられ、負けることがあれば鼻で笑うほど、その関係性は希薄だったのだ。

 逆に人間側は、その種族に対して戦力を集中させることができる。

 敵の援軍を考えずに済み、さらに1種族に限定した戦い方ができるため、対策が立てやすかったのだ。


 魔族はたちまち劣勢に立たされた。

 しかもちょうどこの頃、先代の魔王が崩御するという不運が重なる。

 代わりに玉座に座った幼い魔王に当然ながら求心力はなく、軍全体の士気を下げる結果となった。


 だが、それは必ずしも不幸な出来事ではなかったのだ。

 幼い魔王の下、魔王軍の再編は急務である中、降って湧いたように出てきたのが、「四天王」という幹部構想であった。


 まだ幼い魔王を支えるという名目で発案された「四天王」というシステムは、その発案者の予想とは大きくかけ離れ、魔族たちに浸透していく。

 どうやら、幼い魔王に一時の間だけ、誰かが魔王の代わりをしなければならないという危機感は、魔族共通のものであったらしい。そして、それは魔王をお助けしなければならない絶対的な忠誠心によるところも大きかった。


 そして四天王が各種族の有力者から選ばれ、さらに四天王の下にも幹部や組織が編成される。


 こうして今までバラバラに戦ってきた魔王軍に組織的な作戦が可能となった。

 一時、魔王軍劣勢だった戦局を、ついに五分にまで戻したのである。


 この戦果は、人間はおろか魔族たちにも衝撃的だった。


 結果を出したことにより、最初は四天王に懐疑的だった種族たちも、その下に集い、魔王とはまた別に忠誠を誓うに値する象徴となる。

 そして四天王は、魔王軍の中でとても巨大な地位になっていった。


 そうした中、その四天王にも綻びが出始める。


 屍蠍のカプソディアの追放は、その1つであった。


 だが、この時まだ彼らは知らなかったのだ。

 カプソディアが、四天王にとってどれほど重要な存在であったのかを……。



 ◆◇◆◇◆



終曲ネヴィラ真嵐必閃ストーム!!」


 まさにそれは、戦場に響く絶望の調べであった。

 多くの魔族がときの声を上げて、人間とぶつかり合う戦場。

 その中に出現したのは、巨大な竜巻である。


 竜巻は地上にいる人間を吸い込み、その四肢をバラバラに切り刻んでいく。

 強大な風属性の魔法は、まるで人間という土を掘削するかのように穿孔せんこうし、戦場にくさびを打ち込んだ。


「ふう……」


 息を吐いたのは、閃嵐せんらんルヴィアナだ。

 だが、すぐに表情を引き締める。

 空から戦場の様子を確認すると、魔族たちの出足が遅い。

 このままではルヴィアナが打ち込んだ楔が埋まってしまう恐れがあった。


「ヴォガニス! 何をしているの! 早く軍を動かして!!」


 普段はクールなルヴィアナが、珍しく声を荒らげる。

 地上で軍を指揮する同僚を叱咤した。


 だが、魑海ちかいヴォガニスがやったことは全く別のことだ。


深海穿孔す暗闇の腕ダイタルウェーブ!!」


 地上でありながら、巨大な大津波を起こす。

 戦場に黒い海が走り、人類軍を飲み込んでいく。

 その制圧力は凄まじく、戦場に人類軍の水死体を並べた。


「へへ……」


 ヴォガニスが得意げに笑う。

 だが、その彼の頭上から降ってきたのは、やはり叱責であった。


「ヴォガニス、何をやっているのよ!!」


「は? 人間どもをぶち殺しているに決まってんだろう?」


「馬鹿! ちゃんと作戦通りにやって」


「作戦? んなもんこだわる必要ねぇだろ? 要は人間共をぶち殺せばいいんだ」


「ヴォガニス!!」


 いつにない剣幕で、ルヴィアナは同僚を睨んだ。

 四天王の中でも屈指のやんちゃ坊主であるヴォガニスも、ルヴィアナの怒り顔を見て、さすがにまずいと思ったらしい。

 元々青い肌が、さらに青くなり、ついには顔を背けた。


「そ――そんな顔で睨むなよ」


「ヴォガニス! 忘れたの? ずっと前、私たちが人間相手に劣勢だった頃のことを……。あの時、魔族はバラバラだった。けれど、私たちが苦労して四天王という存在を認めさせ、魔族をまとめたから今があるのよ。それをまた繰り返すつもりなの?」


「わ、わかったよ」


「そう。なら作戦通りにしてちょうだい」


「つってもよ! 戦力が少なすぎねぇか?」


 ヴォガニスが自分が率いる兵たちを睨む。

 敵軍が5万の大軍に対して、こちらは2万。

 半分以下だ。


「仕方ないわよ。蘇生業務が追いついていないんだから。そこを私たちがカバーするしかないわ」


「わかったよ」


 ヴォガニスは珍しくため息を漏らした。


 ルヴィアナは振り返る。

 そして小さく歯がみした。


 叱責しておいてなんだが、ヴォガニスに地上の魔族を率いる才覚はない。

 どちらかと言えば、最前線に立って暴れてもらい、敵の陣形を崩すことに重きを置くポジションの方が光るはずである。


 だが、今のポジションは全く逆だ。

 何度も言うが、後方で指揮を執るような参謀タイプではない。


「カプソディアが立てた作戦なら……」


 ルヴィアナは小さく呟いた。


 カプソディアは仲間の蘇生業務のため、滅多に戦場に出てくることはなかった。

 だが、大きな戦争の前日には、どんなに自分の業務が忙しくても、献策を携えて、ルヴィアナたちの前に現れた。

 その作戦はどれも見事で、ほぼ完封に近い戦果を上げることもあった。


 言わばカプソディアは、人間でいうところの軍師的なポジションだったのだ。


 そもそも四天王という幹部を組織しようと言い出したのも、カプソディアだった。

 魔族の多くは一括りにして、現四天王たちが作ったと考えているだろうが、正確に言うとそれは全くの間違いだ。

 草案から人員の配置、さらに種族間の交渉や折衝、魔族をまとめるために必要なすべての作業を、カプソディア1人で行っていた。


 ルヴィアナたちはただ見ていただけ。

 カプソディアの幼馴染みで、少し他の魔族たちと違って、膂力や魔力に秀でていたというだけで、たまたま四天王に担ぎ出されたに過ぎない。


 他の四天王がどう思っているかは知らない。

 だが、ルヴィアナ自身、カプソディアのおまけで付いて来たという思いが強かった。


 それ故に、カプソディアを頼もしいと思う一方で、恐ろしくも感じていた。

 カプソディア自身の実力や、彼が立てた作戦、自分たちでは考えられないような発想力にではない。


 彼が心のどこかで、自分たち他の四天王をさげすんでいるのではないか、という恐怖であった。


 だから、ルヴィアナはカプソディアが追放されるのを、強く引き留めることが出来なかったのだ。


「おい! ルヴィアナ!!」


 ヴォガニスの声に、ルヴィアナは我に返る。

 その声の意味に、ルヴィアナは早々に気付く。

 四天王2人の最大火力を受けたにもかかわらず、人類軍はすぐに軍を立て直して、魔族に反撃を加えようとしていたのだ。


「やはり――」


 ルヴィアナは唇を噛む。


 ヴォガニスの「深海穿孔す暗闇の腕ダイタルウェーブ」が余計だった。

 ルヴィアナの最初の攻撃で警戒した人類が、1度後方に下がったため、ヴォガニスの攻撃による被害が少なかったのだ。


「まずい!」


 彼女が使う「終曲ネヴィラ真嵐必閃ストーム」は、必殺の技だ。

 それ故に、かなりの魔力を使う。

 次弾を放つには、魔力を練る時間が必要だ。

 同じことは、ヴォガニスにも言えた。


 こちらの準備が整うまで、なんとか地上の魔族に頑張ってもらうしかない。


 だが、ヴォガニスが率いる魔族は士気こそ高いが、組織力は皆無だった。

 今も隊列を無視して、皆が好き勝手に戦場に立っている。

 加えて兵数が少ないことは致命的だった。


「このままでは突破される!!」


 ルヴィアナの悲鳴じみた声が、戦場に響く。


 その直後であった――――。



 ジュドオオオオオオオオオオオオオオオンンンンンン!!



 突如、紅蓮の火柱が戦場に立ち上る。

 まるで火山が噴火したような迫力があった。

 ちょうど攻勢に出ようとした人類のど真ん中に突き刺さる。

 その身が一瞬に溶解する炎の熱に、悲鳴すら上げられずに人類が死んでいく。

 たった1発の魔法が、勝敗を決することとなった。


 地上に突然現れた地獄に、ルヴィアナ以下魔族たちは、息を呑んだ。


「何を手こずっている……」


 暗く、そして冷たい声が背筋をなぞる。

 ハッとなって振り返ると、紅の外套を翻した魔族が宙に浮いていた。


 灼却かっきゃくのブレイゼルだ。


 赤い髪をなびかせ、金色の瞳は戦場の王者であるかのように輝かせている。


「助かったぜ、ブレイゼル」


 ふぅ、とヴォガニスは顎に滴る汗を拭う。

 礼を言う同僚に、ブレイゼルは厳しかった。


「ヴォガニス、貴様何をしている?」


「な、何って……。人間たちをぶっ殺していたんだよ」


「お前の使命は地上部隊の指揮だったはずだ」


「そ、それはよ。やっぱオレ様の柄じゃないっていうか」


「確か……お前自身が、軍を指揮してみたいと申し出たはずだが……」


「そうだっけか?」


「…………」


「おいおい。そんなに怖い顔をするなよ、ブレイゼル。悪かった。次はちゃんとやるよ」


「次はない。ポジションを前に戻す」


「え、ええ……。そんな……」


「柄じゃないといったのは、お前だ」


 ブレイゼルは手厳しい。


「じゃあ、誰が指揮をするの? あなたかしら、ブレイゼル」


「我はあくまで魔王軍の総大将だ。指揮はお前に任せるさ、ルヴィアナ」


「それはいいけど……。総大将は、ブレイゼル――あなたじゃないわ。あくまで私たちの総大将は、魔王様よ」


「……ふん」


「何よ、その態度……。魔王様を軽んじるつもり?」


「そんなことは言っていない。ただ――そう言えばヽヽヽヽヽそうだったなヽヽヽヽヽヽと思っただけだ」


 ブレイゼルは翻る。

 ルヴィアナとヴォガニスに背を向けた。


「どこへ行くの、ブレイゼル。まだ残敵掃討が残っているのよ」


「我は魔王城に帰参する。やることがあるのでな」


「敵の追撃より大事なことって……。もしかして、あなたが研究所に閉じこもって、いじっている玩具のことかしら」


「玩具か……。お前はその玩具の価値を知らないのだ、ルヴィアナ」


「玩具の価値?」


「いずれわかる。あれが完成すれば、戦争そのものの形が変わるぞ」


 ブレイゼルは首を捻り、歪に笑う。


 その雰囲気は、屍蠍のカプソディアを追放して以降変わった。

 本人は気付いていないようだが、明らかに凄みが増している。

 しかし、ルヴィアナには幼馴染みが、何か破滅へ向かっているような気がしてならなかった。

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