第二章

第12話 やはり俺のハーレム展開は間違っていたのだろうか?

 ギシギシギシギシギシギシギシギシ……。


 何かが軋むような音を聞いて、俺の意識は覚醒した。

 妙に全身が重い。

 断続的に胸の辺りを圧迫されていた。


 さらに言うと、お腹の辺りも温かい。

 同時に恐ろしく柔らかい感触が肌を伝わり、つい淫靡いんびな気持ちになってしまう。


 一体何が起こっているのかさっぱりわからない。

 昨日、ギルドから出た後、街の中にある宿を見つけ、狭い部屋だなとか文句を言いつつ、ベッドに寝っ転がったところまでは覚えているのだが……。


 ギシギシ……。


 軋む音が遠い夢のように響く。

 音と一緒に意識まで飛びそうだった。

 だが、俺はなんとか堪えて、瞼を持ち上げる。


「師匠! 師匠! 目を覚まして!!」


 まず飛び込んできたのは、必死の形相のパフィミアだ。

 目を覚ませ、と叫び続けている。

 師匠と敬いながら、何故かこいつは俺の胸をドンドンと叩き続けていた。


「な、何をしているのだ、パフィミア」


 返事をする。

 すると、パフィミアの目に涙が滲んだ。


「師匠っっっっっっっ!!」


「へっ!?」


 パフィミアは俺の首に巻き付く。

 まるで自分の匂いを擦り付けるように、俺を強く抱きしめた。


「な、ななななな何をしているんだよ、お前!?」


 夜這いにしては、大胆すぎる。

 そもそもカーテンから漏れる光は、間違いなく朝日だろう。

 小鳥の「チュンチュン」という音が、事後を思わせるように響いていた。


 しかし、パフィミアは恥ずかしげもなく、俺を抱きしめ続けている。

 まるで10年ぶりの再会を喜ぶかのように、感動した面持ちだった。


「良かった、師匠! 生き返ってよかった」


 はあ?

 なんだ、こいつ。

 錯乱でもしているのか。

 それともが俺がうっかり夜中に、【混乱】の魔法を放ってしまったのだろうか。


 だが、こいつの目は正気だ。

 いや、むしろ真剣な方が俺には困る。

 まさかパフィミア……。

 師匠師匠と懐いてくると思ったら、俺に対してこんな感情があるとはな。


 人間の街にやってきて、モテ期がやってくるとは思わなかった。


「ぱ、ぱぱぱぱパフィミア、落ち着け。一旦落ち着こう」


「……ご、ごめん。師匠。つい興奮してしまって」


 そうか。

 興奮していたのか。

 ま、まあ……アレヽヽの後だしな。

 仕方ないかもしれない。

 俺には全く記憶がないが……。


「とにかく離れろ。こんなところをシャロンに見られたら……」


「私ならここにいますよ」



 いた――――――――――――――――っっっっっ!!



 シャロンがいた。

 扉の向こうからでも、窓の向こうからでもない。

 ましてベッドの下からというわけでもなかった。


 何故か聖女が、俺の下腹部にしがみついていたのだ。


 しかも、HA・DA・KA・で!!


 カーテンから漏れる陽光を浴びながら、パフィミアとともに泣いて喜んでいた。

 ふくよかな胸と、その秘所を堂々と俺の前にさらしている。


「良かった! 本当に良かった……」


 良かないよ!

 いや、人間にとってはご褒美なのかもしれないけど。

 シャロン。君はまだ若い。

 嫁入り前なんだ――――って、魔族の俺が心配するのもおかしいが……。


 それをね。

 なんで行きずりの男のベッドに潜り込んだ上に、裸なんだ。

 いや、裸じゃないとできないことだけどさ!

 でも、その……手順って言うか、順序ってもんあるだろ。


 人間側の女ってみんなこうなのか?

 今日日のサキュバスもびっくりだよ。

 肉食すぎて、いっそ恐ろしいわ。


 モテ期到来は大歓迎だけどな。

 俺はもうちょっと青春系の甘酸っぱいヤツが希望なの!

 いきなりハーレム展開なんて、心臓に悪すぎる。


 まあ、俺の人間側の心臓はとっくに止まってるけどな。


「とにかく落ち着こう。い、一応聞くが、2人は一体何をやっていたんだ?」


「師匠……。心臓が止まってたんだよ」


 ん?


「身体もすごく冷たかったので……。温めようと」


 んん??


 い、一応今俺に起こったことを説明しておくぜ。

 俺は亜屍族デミリッチで、魔族だ。

 姿形は人間そのものと遜色はないが、心臓は動いていない。

 血ではなく、魔力そのもので動いているので、身体が冷たいのも当然なのだ。


 つまり、パフィミアとシャロンが、なんらかの理由で俺の宿の部屋に入り、そこで心臓が止まり、体温の低い俺を見つけた、と……。




 やっっっっっっっべ――――――――――っっっっっ!!




 その事実に気付いた時、俺は本当に心停止しそうになった。

 いや、元々止まってるんだけどさ。


 幸い2人が気付いた様子はない。

 まだ俺が魔族とも亜屍族デミリッチとも思っていないようだ。

 俺が心停止し、生き返ったと考えているらしい。


 とりあえずはだ。


「シャロン……」


「は、はい。なんでしょうか、カプア様」


「とりあえず、服を着てくれないか?」


「あ! きゃっ!!」


 可愛い悲鳴を上げる。

 シャロンは慌てて身体を隠すが、もう遅い。

 俺の目に完全に焼き付いてしまった。

 おそらくこれは1000年経っても、俺の瞼の裏に刻まれるだろう。


 『予言の聖女』シャロンは、隠れ巨乳だった、と……。


 シャロンはあたふたと着替え、元の司祭服に戻る。

 だが、その顔の赤さだけは隠せていなかった。


「2人とも心配をかけてすまなかったな」


「ううん。でも、びっくりしたよ」

「もう大丈夫なのですか、カプア様」


 パフィミアにはいつもの笑顔が戻り、まだ若干顔が赤いシャロンは心配げに俺を見つめた。


「ああ。大丈夫だ。いや、元々大丈夫なんだ」


「どういうこと、師匠」


「シャロン、俺が元々山で修行をしていたことは話しただろう」


 俺はつい20秒前ぐらいまで忘れていた過去設定を持ち出した。


 パフィミアは大きく首を縦に振る。


「実はこれも修行の一環なのだ」


「し、心臓を止めることが、修行なの」

「な――なんと苛烈な……」


「魔族の中には、死属性魔法を使うものがいる。死属性魔法は厄介だ。『即死』を使われれば、どんな強者とて死んでしまう。恐ろしい魔法なのだ」


 ごくり、と2人は息を呑む。


「『即死』魔法は回避不可と聞く。だから俺は『即死』の魔法を受けて心臓が止まっても、その状態から蘇生する術を身に着けているのだ。これはその修行の一環だ。どうだ? 理解したか?」


 俺はチラリと盗み見る。


 すると、突然パフィミアの身体が震えた。

 部屋の椅子を蹴って立ち上がると、遠吠えのように叫んだ。



 すっっっっげえええええええええええぇぇぇぇぇぇええ!!



「すごい! すごいよ、師匠!! そんなすごい修行を自分に課しているなんて。やっぱボクの師匠は、すごいよ!!」


「さすがカプア様。そこまで自分を追い込み、鍛えているとは……。わたくしも様々な勇者様をお見送りしてきましたが、ここまでストイックな方は初めてです」


 パフィミアとシャロンは手を叩き称賛する。


 よしよし! 思い込んだな。

 うまくいって良かった。

 2人がチョロ――じゃなくて、純粋な紅狼族と人族で助かった。


 だが、段々嘘がうまくなっていく自分が情けないぜ。


 早いところ、静かに暮らせる環境を作らないとな……。

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