第13話 勇者の意外な特技

「ところで、なんでシャロンは裸だったんだ?」


「そ、それは……。カプア様を温めるのは、人肌の方がいいかと」


 先ほどのことを思い出して、シャロンは顔を真っ赤にする。


 それって雪山とか、そういうシチュエーションの時だよな。


 ともかく俺も魔族の雄だ。

 あんまり淫らに乙女が自分の身体をさらすというのは、いかんと思うぞ。

 いや、人間の世界では奨励されている行為なのか?

 だとしたら、人類というのは意外と進んでいるのだな。


 とはいえ、鍵もついていないような安宿で、女の子2人が泊まっているのもどうなんだろうか。

 他の冒険者も泊まっているようだし。

 2人にはもっといいところに泊まってもらった方がいいんじゃないか。


 そもそも銅級冒険者のパフィミアには、その滞在費用の一部をギルドが補填してくれる冒険者補助制度というものがあるらしい。

 シャロンも王宮から旅費が出るそうだ。

 その気になれば、この2人はノイヴィルで1番宿屋に泊まることも可能なのだ。


 それなのに、こうして安宿に泊まっているのは、経費削減でもなんでもない。

 単純に俺がヽヽいるからだ。


 慕ってくれるパフィミアとシャロンには悪いが、やっぱり他の宿に泊まってもらった方がいいだろう。


「なあ、そう言えば聞いてなかったけど、なんでお前たち、俺の部屋に入ってきたんだ」


「あ! そうだ! 忘れてた!!」


 ピコン! という感じで、パフィミアは立ち上がり、尻尾と耳を立てた。


 慌ただしい様子で宿の階下へと駆け下っていく。

 すると開けっ放しのドアの向こうから、いい香りが漂ってきた。


「あいつ、何をしているんだ?」


「パンを焼いてるみたいですね」


「パン……? パフィミアって料理ができるのか?」


「はい。とてもお得意ですよ。何度か食べさせていただきました」


「へぇ~。意外だな。そういうのは、シャロンが得意だと思ってた」


「すみません。わたくしは王宮暮らしが長かったので、そういうのは疎くて」


「いや、別にそれが悪いなんて言ってないが……。俺の方こそすまん。勝手なイメージを押しつけてしまった」


 階下に降りて、食堂のテーブルで待っていると、パフィミアが焼けたばかりのパンを持ってきた。

 先ほどの良い香りが、一層濃く俺の鼻を刺激する。

 香ばしい中に、かすかに甘いバターの香りがした。


 焼き色もいい。

 つるりとした艶があって、濃すぎず薄すぎず。

 程良いバランスだ。


「どうぞ、師匠」


 パフィミアは手に取るように促す。

 見た目は普通においしそうなコッペパンだ。

 だが、食べ物というのは、最後は味で決まるものである。


 手に取り、俺は小さく千切ってみた。

 白い。しかも、モチモチしてかつしっとりとしている。

 断面は見たこともないほどきめが細かい。


 いよいよ実食に入る。

 ゆっくりと咀嚼し、舌を上で転がした。


「うっっっまっっっっ!!」


 思わず唸る。


「やった!」

「良かったですね、パフィミア様」


 パフィミアがガッツポーズを見せれば、シャロンは手を叩いて称賛する。


 悔しいがうまいと言わざる得ない。


 千切った時に感じたもっちりとした感触は、食べても健在だ。

 歯を柔らかく包み、押し返してくる。

 そのちょうどよい弾力は見事で、ついつい咀嚼の回数を増やして楽しんでしまうほどだった。


 食べていると、じんわりと甘みが滲んでくる。

 使っている少量の砂糖やバターの甘みではない。

 穀物の甘みだ。

 それが唾液に絡むことによって、絶妙な甘みが広がっていった。


 外側のカリッとした食感は、言わずもがな素晴らしく、中のもっちり感にプラスに働いている。


 何よりの焼きたてというのが、デカい。

 噛んだ瞬間に、ふわりと熱気が口の中に広がる。

 穀物の香りと、かすかなバターの匂いに俺は酔いしれる。

 春風が口の中で爽やかに舞い上がるかのようだ。


 クリーム、あるいはチーズが挟んでいるわけでもない。

 どこからどう見ても単なるコッペパン。

 なのに、思わず顔がほころんでしまうほど、うまかった。


 はあ……。

 こんなにおいしい物を食べたのは久しぶりな気がする。

 魔族領に住んでいた時は、仕事が急がしくて、栄養薬しか飲んでなかったからな。

 休みなんてほとんどなかったし。

 まして、四天王最弱と揶揄された俺に飯を作ってくれる甲斐甲斐しいヤツなんていなかったな。


 それに比べたら…………。ああ、なんだかまた泣けてきた。


「どう? ボクが作ったパンは……」


「うまい。お前にこんな特技があるとはな」


「気に入ったんだったら、毎日作ってあげようか」


「なに! 毎日だと!!」


 俺はつい目を血走らせて反応した。

 こんなおいしいパンが毎日食べられるだと……!!


 むむむ……。


「なあ、パフィミア、シャロン」


「何、師匠? 真剣な顔で」


「どうしましたか、カプア様」


「お前ら、明日もこの宿に泊まるんだな」


「う、うん。しばらくはここに泊まるつもりだよ」


「そうか。それは良かった」


 もう1つコッペパンを摘む。


 俺もしばらくこの宿で泊まることに決めた。

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