第14話 エースはつらいよ
「装備を調える?」
パフィミアが作ったパンを食べ終え、一服していると、シャロンが唐突に今日は武器屋に行こうと話を切り出した。
「はい。パフィミア様の装備をご用意しようと思って。今日は買い物の日にしようかと……。それでよろしければ、カプア様もご一緒にどうかと」
装備か。
俺はこのローブがあるからなあ。
そもそも不必要にこのローブを人前では脱ぎたくないのだ。
パフィミアたちにうっかり裸を見られてしまったが、魔族の身体を人前にさらすわけにはいかない。
だが、人間の武器屋というのは気になる。
どんな武器をどんな値段で売ってるかによって、人間の貨幣相場もわかってくる。
ここの生活に慣れるためにも勉強ぐらいにはなるだろう。
「師匠も一緒に行こうよ!!」
パフィミアは俺の腕を取り、引っ張った。
よく見ると、パフィミアが着ている旅人の服もボロボロだ。
紅狼族の身体が頑丈なのは知っているが、よくそんな装備で狂死のヴァザーグと戦おうと思ったものだ。
「買うかどうかはさておき興味はあるな。連れてってくれないか」
「やったー!!」
「はい。喜んで!」
パフィミアは両手を突き上げて喜ぶ。
横でシャロンも手を叩き、笑みを浮かべるのだった。
◆◇◆◇◆
俺たちがやってきたのは、ノイヴィルで1番大きな武器屋だ。
中に入ると、所狭しと武器や防具が並んでいる。
ほう……。こいつはなかなか壮観だ。
ここにある武器に呪いをかけて、魔獣化させたらちょっとした軍隊ができあがりそうだな。
「いらっしゃいませ」
店員たちが明らかに愛想笑いを浮かべて近づいてくる。
対してシャロンは丁寧に頭を下げた。
「ギルドの方から紹介されまして。わたしくはシャロンと申します」
「ボクはパフィミアだよ」
パフィミアは銅級冒険者のライセンス証を見せる。
それを見て、店員たちの態度がさらに変わった。
「ククク……。先ほどまでの愛想笑いは我らの中で最弱」とばかりに、さらに強く笑みを浮かべる。
後光が見えるほどにだ。
「存じております。こちらの方へ……」
シャロンとパフィミアは、この店の店長だという男に奥へと案内されていった。
「カプア様も一緒に」
「ああ。俺はいいよ。適当に見てるから」
「そうですか。それではお言葉に甘えて」
「パワーアップしたボクを楽しみにしていてね、師匠」
「あー……。はいはい」
奥へと続く扉がパタリと閉まる。
俺は武器屋に並んだ武器をしげしげと眺め始めた。
すると、横合いから女性店員がすり寄ってくる。
ギラリと目を光らせた。
「いらっしゃいませ、お客様。どのような武器をお探しでしょうか?」
「いや、お構いなく。付き添いに来ただけで、見てるだけだから」
俺は店員を追い払った。
◆◇◆◇◆
唐突だが、私の名前はフリーマ・ケットン。
従業員歴2年のまだまだ新人ながら、この店のエースを任されている。
元々服屋で働いていた経験もあり、その営業トークスキルを生かして、この店の売上に貢献してきた。
私にかかれば、「付き添いだけで」「見てるだけ」――
今回のターゲットは、この薄汚れたローブを着た男だ。
一見どころか、2度見したって貧乏人にしか見えないが、私の長年の勘が訴えている。
こいつはカモだと……。
理由は1つだ。
どうやら先ほどVIP室に通された2人の知り合いらしいこと。
そして、こういう装備に金をかけない冒険者こそ、懐にはたんまりと金を貯めていることがある。
私は決めた。
この男を
そして懐に温めたものをすってんてんになるまで、高額装備を買わせてやるよ。
ひひひ……。
うひひひひひひひひひひひ……。
◆◇◆◇◆
「うひひひひひひひ……」
やだ。ちょっと怖ぁい。
いきなり女性店員が笑い出したぞ。
断ったのがいけなかったのか?
はっ! もしかして人間の社会ルールでは、こういう時断ってはいけないとか?
今の笑いも、断った者を制裁する悪魔の笑いなのかもしれない。
ゴクリ……。人類、恐ろしい子……。
「え、えええっと……。じゃあ、試着ぐらいならしてみようかなあ」
「カカッタ」
「え? 今、なんか言った?」
「いいえ。何も言っておりませんよ」
おかしいなあ。
今、悪魔が囁いたような声が聞こえたんだが。
「武器と防具……。どちらをお探しでしょうか?」
やっぱ武器かな。
防具だと今着ているローブを脱ぐことになるし。
「じゃあ、武器を――」
「こちらの魔法の鎧とかいかがですか?」
店員が嘘くさい笑みを浮かべてオススメしてきたのは、ゴリゴリの防具だった。
……おい。人の話を聞けよ。
「いや、俺は武器をだな」
「こちらの魔法の鎧は(コンコンと鎧を叩く)なんとミスリル製でして」
あー。見ればわかるよ。
一応俺も研究素材としてよく使ってたしな。
てか、この店員……何気に俺を馬鹿にしてないか?
「物理防御力が、なんと驚きのプラス40!」
「へぇ……。驚きの低さだな」
「え、ええ……。そ、そうですか? プラス40って結構高いと思いますけど」
女性店員はピクピクと眉を動かした。
俺、なんか変なことを言ったっけ?
プラス40ってかなり低い方だがな。
こほん、女性店員は咳払いをする。
気を取り直して、営業トークを再開した。
「ふふふ……。お客さん、なかなか手強いですね。ですが、こちらの魔法の鎧は決して物理防御力だけではありません。なんと魔――――」
「魔法耐性も強いんだろ」
「何故、それを知って!?」
いや、魔法の鎧っていうんだから、そりゃ魔法耐性も凄いだろうよ。
やっぱこの店員、俺のこと馬鹿にしてるだろ。
「そ、その通りです。こちらの魔法の鎧は魔法耐性に優れてまして。なんとプラス――――」
「ほう……。じゃあ、プラス300ぐらいはあるんだろうな」
「さ、さんじゅ……」
「ん?」
「い、いいえ。そ、そそそそうです! プラス300ありますよ。余裕です! 余裕のよっちゃんです!」
余裕のよっちゃんって誰だよ……。
「いやあ、お客様お目が高い! 魔法耐性を当ててしまうなんて」
「まあ、それ以下はゴミ屑だからな」
今日日、俺の部下だった暗黒騎士でも物理防御プラス500。魔法防御プラス400の鎧を着ていたからな。
それぐらいじゃないと、勇者クラスには太刀打ちできないし。
最低プラス300ぐらいの装備じゃないと、魔王様が稟議書を通してくれないんだよ。
「え……。ええ……で、でででででですよね~。わかります~」
「ん? どうした? なんか顔色が悪いぞ」
「べべべべべべ、別になんでもないですぞ。拙者、べ、べべべべ別に動揺なんかしてないでござる」
いやいや、自分で動揺とか言っているし。
口調もなんか変だしさ。
拙者ってどこの言葉だ?
「ともかく1度試着してみてはいかがでしょうか? た、確かにお客様がお求めになる性能よりも、ちょ~~っと落ちるかと思いますが、今の恰好よりは断然見栄え良くみえますよ」
やたらと店員は魔法の鎧を勧めてくる。
しつこいなあ……。
何でそこまで俺に勧めてくるんだ。
しかも、防具を……。
まるで俺にローブを脱が――――ハッ! まさか!?
俺は改めて店員を見た。
相変わらず鬱陶しいぐらいの営業スマイルを浮かべている。
「貴様……まさか俺の正体に気付いたのか?」
「へっ? お客様、一体何を言って?」
「しらばっくれるな!! 武器屋の店員と侮っていたが、もしかしてかなりの出来るヤツなのでは?」
「え? い、い、いや、わ、わかっちゃいました? 実はこの店ではエースと呼ばれていまして」
店員はくねくねと身を捻りながら、白状した。
エースという意味はわからないが、それなりの実力者ということだろう。
なるほど。まさか俺の正体を見破るようなヤツが、こんな田舎街の武器屋に潜んでいようとは……。
人類、侮りがたし!
「ともかく脱いで下さい!」
「いやだ! 絶対に断る!!」
「この店のエースである私の助言が信じられないのですか?!」
「ああ! 俺の正体を見破ったお前の洞察眼は大したものだ! だからといって、このローブは絶対脱がん!」
「むきぃいいいいいいい!! この店のエースになんて態度。この貧乏人が!!」
うるさい! なんの騒ぎだ!!
奥の方から店長がやってくる。
眉間に皺が寄り、顔を真っ赤にしてすでに怒っていた。
「てててて、店長聞いて下さい!! この方がなかなか試着をしてくれなくて。この店のエースである私の言うことを聞いてくれないんですよ!」
「こいつが無理矢理俺のローブをはぎ取ろうとしてくるんだ。あんた、上司だろう。注意してくれよ」
「無理矢理なんてしてません! 私はこの店のエースですよ。お客様が困るようなことは何も――――」
すると、店長は大きくため息を付いた。
こちらに向かってくると、俺の前で頭を下げる。
「お客様、申し訳ございません。こちらからよく言って聞かせますので」
「何を謝ってるんですか、店長。この人が――――」
「フリーマくん……」
店長の目が、血に飢えた狼みたいに閃く。
漂ってくる殺気を敏感に感じたのか、先ほどまでヒートアップしていたフリーマは、氷像のように凍り付いた。
「君はクビだ」
「え? ええ? ちょちょちょ、ちょっと待って下さい!! いきなりクビなんて」
お、おう。いきなり超展開が来たな。
「これで何回客と揉めてると思ってるんだね。さすがにもうかばいきれないよ」
「い、いいんですか? エースの私が抜けたら、この店が潰れてしまいますよ」
「そんなことはない。そもそも君はエースじゃない」
「はあああああああ???? 私がエースじゃない? 何を根拠に言ってるんですか!! そもそも店長がエースって言ったんですよ! 初出勤の時に『君はエースだから頑張ってくれ』って、さりげなく私の肩を叩いたじゃないですか!! 私、はっきりと覚えてるんですからね。あと私の肩をその毛深い手で触ったこと」
「はあ……。あのな、フリーマくん。そもそも……」
その瞬間、フリーマはフリーズした。
「私は店長だし。現場兼監督役だから、君が唯一の従業員で『エース』だと言っただけだ。そもそも君は、この店に来てから、店でふんぞり返るだけで、1着もまともに商品を売ったことがないじゃないか……」
その時、俺には見えた。
フリーマの背後に、稲妻が落ちるのを……。
「知り合いの頼みだから2年我慢したけど、もうダメだ。……ああ。知り合いには私から言っておく。今日の分までの給料は出すから、勇者様の装備が調うまで大人しくしててくれないか?」
店長は俺に後ほどお詫びの品を贈らせてもらうと言って、もう1度頭を下げる。
そして崩れ落ちたフリーマに背を向け、店の奥へと戻っていった。
再び俺とフリーマが売り場に取り残される。
すっっっっっげぇえ気まずい空気が流れた。
「えっと……。ど、どんまい! つい最近、俺もクビになったから気持ちはわかるが、まあ武器屋だけが人生じゃないと思うぞ」
「ぐす……。うぇぇぇぇええええええええんんんんんん!!」
そしてフリーマは、自分が売ろうとしていた魔法の鎧に顔を埋めて、泣くのであった。
~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~
ここまでお読みいただきありがとうございます。
続きは明日更新させていただきます。
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